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暇潰市 次話街 おむにバス  作者: 誘唄
仕事【春チャレンジ2026】
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彼女は仕事を果たした

なろうイベント「春チャレンジ2026」のお題「仕事」ということで書いてみた話。



本項のタグ:「春チャレンジ2026」「仕事」「悪役令嬢」「教義」「追放」「報い」

 王太子妃として招聘されたのは、まだデビュッタントも迎えていない幼い娘だった。しかしながらその落ち着いた佇まいに国王は深く感心し、彼女を一人前の淑女として扱った。

 バークランド伯爵家令嬢カーミラが初めて登壇した日の記録はそのように綴られており、国王が彼女と二人きりで対話をしたことは公式の記録には残っていない。

 そのためそれから十年の月日が経ったいま、彼女が厭悪の眼差しを向けられている理由を正確に知るものはほとんどいなかった。

 だがその振る舞いに関する話ならば枚挙にいとまがない。王太子に諫言と称して貴族家の集う場で貶めたことは数えきれない。男爵家令嬢のドレスにワインをかけて夜会の場から追い出したことも一度や二度ではない。父である伯爵に暴言を吐く姿さえ何度となく目撃されている。また他の貴族家令嬢の宝飾品を借りるという名目で奪い取り、端金を押し付けて黙らせたという話はそこかしこで上がっている。

 そうした逸話の中でも、最も苛烈なものがカーミラのデビュッタントである。

 もちろん婚約者である王太子ドンガラのエスコートにより現れると思われた彼女だったが、既に彼からは厭悪の象徴として認識されており、あろうことか迎えの馬車に乗っていたのは彼女ひとり。御者にすら手を差し伸べられず、半ば飛び降りるようにして足を下ろした姿は、とてもではないが貴族家令嬢の振る舞いとして適切なものとは言えなかった。

 それだけではない。通常であればたしかに会場入りするための参加証はエスコートする側、つまり王太子ドンガラが提示するのだが、柔軟な応対ができない門衛により彼女は自らを証明することを求められた。当然、そのような手段はない。

 そもそも参加者の顔は事前に姿絵で門衛にも通達されており、多少の見目の誤差は黙認するのが慣わしだ。だがそこにも王太子ドンガラによる影響があった。普通ならばドレスや装飾具は婚約者の髪や目の色に合わせたものを贈るのだが、彼はあえて違う色を送りつけていた。隣に当人がいたならば、色が違っていても問題はなかっただろう。参加証の提示さえあれば服装の細かな点など些事でしかない。しかしカーミラひとりではそうもいかなかった。

 貴族令嬢のフリをして会場へと忍び込む不埒者がいないとも限らない。そう告げられて会場入りできずにいるカーミラの横を通り過ぎ、会場入りする人々が多くその様子を見ている。およそ十組ほどが過ぎた頃に、王太子ドンガラが男爵家令嬢を伴って現れ、カーミラ本人であると証言するまでの間、彼女はただ証言してくれる誰かを待ち続けていたのだ。

 そうした彼女の振る舞いとは裏腹に、既に会場ではカーミラの醜聞が花開いていた。連れもなく挨拶すらされない彼女を尻目に、華やいだ社交場には笑いが溢れていた。それが最高潮に達したのが、王太子ドンガラの婚約破棄宣言だった。男爵令嬢へ婚約者をすげ替えることも告げ、彼は満面の笑みを浮かべてカーミラへと言葉を求めた。果たして穏やかに祝辞を述べて見事なカーテシーを見せた彼女の心中は、誰ひとりとして伺い知れない。嘲弄に満ちた会場からひとり去り行く彼女が、これで役目は終わったのだと小さく呟いたことを知るのは先の形式ばった門衛のみであり、彼はだからこそ誰にもそれを告げることがなかった。

 だから、全てが明らかになったとき、誰もが自らの振る舞いを振り返り恐怖した。


 そもそもの話、何故カーミラが悪辣かつ苛烈に振る舞っていたのか、それが諌められることもなく厭悪の視線を向けられる程度で受け入れられていたのかといえば、この国の教義に基づいている。教義ではひとにはそれぞれに生まれついて担っている宿業があり、それは決して違えることも逃れることもできず、生涯をかけて向き合うものだとされている。それを知るために国民全てが幼少期に洗礼を受けて、どのような生涯に立ち向かうのかを予め知るのだ。それが秘匿されるものではないのは、他者との繋がりこそがそれに立ち向かうための一助であるという教えもまた、教義には記されているためだ。

 そうして婚約破棄されて追放されることが洗礼により知れ渡ったことは、しかしカーミラへの侮りと嘲りを助長したに過ぎない。洗礼により王太子妃に名指されたカーミラの立ち居振る舞いが、王太子妃らしからぬものであったわけではない。むしろ余裕で熟せているかのように見えたことが、かえってカーミラへの悪意を燃え上がらせた。破滅することが確定している彼女と比べれば貴族家当主ですら自らの至らなさに気づいてしまう。

 いつしか彼女は存在を思われるだけで後ろ暗さに振り向かされるようになっていた。それが目に見えて感じられたのが、王太子ドンガラが諌められている姿だ。それを見た衆目は矛先が自らに向いているような恐怖を覚え、緩やかに排斥を図る。しかしカーミラはそれに堪えた様子もなく超然としているのだ。

 のちのちに追放されることが確定しているのだから、実害の伴わない針の筵など薔薇の棘に劣る。唯一、実害の実践を図った男爵令嬢が何度となく返り討ちにあい、社交場で転倒してドレスをワインで濡らす姿は、生半可なことでは揺るがないのだと知らしめた。

 侮りと嘲り、恐怖と厭悪に囚われずにカーミラの言葉に耳を傾けていたならば、正しくあるように正しく諌めていたことがわかっただろう。だが残念なことに家族ですらまともに彼女と会話をしようとはしなかった。国王から洗礼の通りに彼女の追放を告げたのは、婚約破棄が宣言されておよそひと月ほどの場だった。

 国王陛下は告げられた。



「彼女は最も優れた女性であり、優れた人物であり、優れた知者であった」



 場にいる誰もが、それが前振りでありこれから貶める言葉が続くのだろうと期待しつつ傾聴する中、国王陛下は更に言葉を続ける。



「彼女は立派に役割を果たした。耐えきれぬ重積に嘆くことなく、恐ろしさに震えることもなく、ただひとり孤独に耐えてやり遂げた。悲しきかな、成し遂げようとしたことは何ひとつとして実を結ぶことはなかったが」



 傾聴する人々の顔に浮かぶ薄笑みがカーミラへと向けられた侮蔑であることは誰もが自覚していた。

 そして同時に、誰ひとりとして国王の声が鎮痛のものであることには気づいていなかった。



「困難にあって、なお正しい道を選べ。教義に記された言葉を誰よりも懸命に成し遂げようとした彼女のことを、おそらくはこれ以降の誰もが知ることなく忘れ去られていくだろう。のちの世に残るのは、ただそこにそのような国があったという潰えた歴史だけとなるだろう。そしてその終幕を引いた暗愚として私の名が永遠に語り継がれていくことは、それだけの責をたったひとりに負わせるしかできなかった事実をもって潔く受け止めよう」



 期待していたカーミラへの貶めではない、何か違った告白じみた言葉だと気づいた聴衆たちの間に、少しずつ戸惑いが強くなっていく。



「他者との繋がりが生涯という困難を乗り越えるための一助であると教義は謳っている。それはこの国のものであれば誰もが知ることであるはず。だというのに、ついに我々はその教義自体をおろそかにした。もし仮に彼女の言葉に耳を傾け、自らを省みて、歩むべき道を正すものがいたならば、決してこの結末には至らなかっただろうが、もはやそれを語ったところで抗えるものではない。皆の者、自らが選んだ結果だと、潔く受け入れるのだ」



 そう続けた国王が咳をした。


 赤。


 血の混じった咳であると気づいた者が声を上げるが、ときすでに遅く、聴衆たちの中にも血の混じった咳をしている者が多数いた。

 毒を吐いた者は毒を吐き続けて生きなければならなくなると、教義には記されている。国王のその言葉は声にならず、誰にも届かない。

 自らの発する毒に苛まれながら、寿命が来るまで決して死ぬことのない生涯。全ての国民がそうなるという未来への兆しとして、カーミラの洗礼は次のように告げられた。



「あなたは王太子妃として多くの民へと声を届けるでしょう。そして同時に、多くの妬み嫉み、呪いの言葉があなたへと向けられることでしょう。その果てにあなたは王太子妃の座を失い、この国とは遠く離れた地へと去ることになります。この国の誰ひとりとしてあなたのことを知るものはなく、この国の誰ひとりとしてあなたに感謝をすることはなく、この国の全ての呪いを浴びて追われるようにして去ることでしょう。そのときこの国の誰もが微笑み、二度と呪いの言葉を口にすることもなくなり、自らの正しさを知ることでしょう」



 こうして、ひとつの国が数十年のときをかけてゆっくりと滅んでいく姿を近隣の国々は目にすることとなる。しかしその危難を回避するべく言葉を尽くした女性がいたことも、彼女が無事にはるか遠い国で長い生涯を送ることも、決して語られることはないのである。






生まれついて背負う宿業を果たす、というある意味では仕事を終える話。

そうした教義や文化があるなら悪役令嬢も周知、認知されている場合もあるのかな、とか思って書いた話。

皆さんはどんな宿業を背負い、向かいあっていますか?




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