流量調査
なろうイベント「春チャレンジ2026」のお題「仕事」ということで書いてみた話。
本項のタグ:「春チャレンジ2026」「仕事」「流量調査」「カウント1」
駅前から大通りを越える陸橋の上に、座り込んで下を眺めている人がいた。いつもの通勤路でその異装は目についた。真っ黒なビニール革製のコートは同じ素材のフードが付いており、一見したときはゴミ袋が落ちているのかと思った。
周囲の人々は一様に携帯片手にチラ見して、避けるようにして通り過ぎる。たまたまペットボトル飲料を口にするために足を止めたのが、それが人であると気づいた理由だ。飲み終えたら捨てようとしていたわけではないが、すぐにゴミになる物とゴミとして放置されている物がなんとなく結びついたのだ。
まぁ片方はゴミではないとすぐに気づいたのだが、だとしても拾い上げるわけにもいかない。なんとなく止まってしまった足はペットボトルが傾くようには進みもせず、なんとなくその異装を眺めていた。
よく見ると陸橋の欄干の隙間から手を出している。欄干それ自体を掴んではおらず、しかし何かを抱えているように欄干の一部が隠れているのが見えた。
どうやらそれはディスプレイのようだった。タブレットにしては随分と大きい。デスクトップパソコンのモニターほどもあるそれを、液晶画面を外に向けて支えているらしい。なんとも奇妙な振る舞いだ。
欄干越しに大通りへと視線を向けて見れば特にいつもと変わりのない、まばらな車列が進んだり止まったりを繰り返している。運転席から見上げればディスプレイの映像がわかるのではと考えたが、視線の先には朝日が眩く輝いている。ディスプレイのガラス面だけ朝日が避けているわけもない。遮光フィルターをつけていたとしても果たして見えるのだろうか。そんな疑問を抱いた頃にはペットボトルが空になった。
ではいつものように通勤路を歩いて行けば良いのだが放置されたゴミ袋よりも動かない姿に一点、見慣れたものを見つけてしまい足は動くのをやめた。
QRコードがディスプレイを支えている腕に貼ってあった。常識的に考えれば見知らぬ他人にカメラを向けて撮影するのは非常に失礼な行為である。しかしまた常識的に考えてQRコードを読み解くためにはカメラを向けて撮影するしかないのはわかりきっている。
若干の後ろめたさと背徳感。同時に開き直りにも似た奇妙な自己肯定感に促されて、携帯のカメラを向けて読み込ませる。ビニール革製のフードがわずかにこちらを向いた気もしたが、諌める素振りはなく読み解りやすく向きを整えることもなかった。職場で受けたリテラシー研修を全く無意味なものにしながらリンク先を開く。
表示されたのはセキュリティチェックでよく見るような画面構成。
私はロボットではありません。ロボットのように規則的な足取りで通勤のスーツが無数に通り過ぎていく。
トラックを選んでください。足の下では陸橋を震わせながらトラックが走り抜けていく。チェックを入れながら、すぐに閉じて立ち去るべきだと理性が声をあげているが、同じ声がリンクを開けた時点で今更だから先に進めと促してくる。
開いたのは登録画面でよく見るような項目の並びだった。性別、年齢、結婚歴、同居人数。名前やメアドを入れる気にはならず、ほとんど全ての項目を空白のままにして次へのボタンを押してみる。必須項目のエラーもなく、画面が切り替わった。表示されたのはそれもよく見るもの。
ご協力に感謝します。
何に協力したのかもわからず、しかしリロードもバックも機能しない。諦めて動かないビニール革製のフードへ、いったいこれはなんなのかと尋ねてみると思ったよりも若い声が返ってきた。
流れていくトラックの立てる雑音が、流量調査という言葉の意味を惑わせる。走り抜けていく車の分類をするためにカウンターをカチカチとやっている姿を思い浮かべて、ディスプレイはカメラを利用するためのものなのだろうかと考えを伝えてみる。しかしフード越しの若い声が答えた。
こんな変なことをやっている人に興味を持って、ヤバそうな気配を感じながらも足を止められない、一線を越えてしまいそうな人の流量の調査なのだと。わかりやすくわかりたくない説明をされて、納得をできなかったフリをして通勤路に足を戻した。
最近では私はロボットではないとロボットが嘘をつくらしい。
コンプラ研修とかリテラシー研修とか人権学習会とか雑多な名前のレクチャーが昔に比べると増えた気がします。
『目指す』が身体的な差別感を与えるというレクチャーが揚げ足取りみたいだと感想を言うか迷ってやめた記憶があります。
皆さんはちゃんとレクチャー受けてますか?




