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暇潰市 次話街 おむにバス  作者: 誘唄
「単話11」
297/302

花が咲くように笑う彼女は、かつて聖女と呼ばれていました

笑うと背後に花が咲くエフェクトって少女漫画ではよく見かけますが、何かの漫画で実際に花を用意する従者がいたのを見た覚えがある(作品名は忘れた)


本項のタグ:「聖女」「偽物」「国外追放のその後」「偽物(自覚)」「笑うと背後に花が咲くエフェクト(物理)」

 

「聖女の力の源がなんなのか考えたことはありますか?」



 働いている書店のカウンター越しに問われて、あまり深く考えたことがないと気づいた。

 歩くだけで清涼な空気が満ちて、微笑めば花が咲く。

 私が思っていた聖女とはそういうものだったが、実在する聖女として思い出すのは桃色混じりの金髪と桃色の瞳が、いつも金髪碧眼の御尊顔が近くにあった事実だけ。聖女を迫害した罪を捏造し、私を国外へと追放した王太子の顔だ。

 その隣で微笑む聖女が常と変わらない穏やかな笑みで私の断罪を願ったのは、もう七年ほど前のことだ。



 私は偽物の聖女だった。

 公爵家の娘として何不自由ない生活を送る中で、私はそう錯覚した。しかしその錯覚を裏付けるように、怪我が癒えたと宣う者や実りが増えたと宣う者たちが後を絶たなかった。

 おそらくは公爵家に阿る意図があったのだろう。あるいは公爵閣下がそう騙るように促したのかもしれない。ともかく私は自らを聖女であると疑いもせずに育ち、王太子妃の座を得た。

 それが陰ったのは、学園へと入学してすぐの事。徐々に私の聖女としての力を裏付ける証言は少なくなった。

 学園内では怪我をする者は稀だったし、作物を育てたりしていなかったから、そうした証言を作る事は難しかったのだろう。如何に公爵閣下と言えど、王国の監視が行き届いた学園内で貴族家の子息令嬢に詐称させることはできなかったのも理由だろう。

 かくして私は名ばかりの聖女となった。

 そんな折に現れたのが、桃色の瞳を持つ彼女だ。王太子殿下の袖から千切れ落ちたボタンを彼女が拾い上げたのは偶然だったが、針や糸を持っていれば直せたと嘯いて殿下の袖に触れたのは偶然ではないだろう。

 私はそれを不敬と嗜めたが、袖についたボタンが全てを裏返した。王族へとみだりに触れる浅ましさは直すための善意へと代わり、嗜めた言葉は嫉妬に満ちたものになった。それが本当の聖女が目覚めたきっかけとなり、みるみるうちに立場が入れ替わった。

 聖女は学園内で壊れた物をなんでも直すことができたし、ごく稀に生じた怪我を癒すこともできた。

 当時の私はおそらく、生涯で最も焦っていた。どうにかして聖女として返り咲こうと癒す力を振るおうとしたが、そうそう怪我人など居るはずもない。愚かにも傍付きのメイドの指先に針を突かせることすら考えたが、強いることはできず自らに針を突いた。癒すことはできなかった。

 当然にできていたはずのことができなくなったとき、何をどうすればいいのかなど考える余裕もなく、ただただいたずらに結果だけを求めて過程を理解しようとはしなかった。最初の初恋をそうして拗らせたことも原因かもしれないが、当時の私は王太子殿下に好かれなくなることに怯えていたのだ。

 そうして私は自らが偽物の聖女であると自覚をしたが、それで全てが無かったことにはならない。王族を欺いたことで私は公爵家から縁を切られることになり、併せて王太子から婚約破棄を告げられ、家名も籍も失った。監視を兼ねた馬車で国外に追い払われてからは、一人の平民として多くの方々に助けてもらった。もちろん公爵家令嬢の生活に比べれば質素なものだったが、むしろ笑顔の絶えない平民の生活は私の性分に合っていたようだ。

 いつしか私は聖女であるという妄想を忘れ去り、しかし公爵家令嬢として身につけた教養を活かすだけの知恵をつけて、三年ほど前からここに住み込みで勤めている。庶民と貴族の垣根が曖昧な国にある書物店で、書籍の販売だけでなく写本作成と手紙の代筆も行なっている。

 カウンターで問いかけてきたのは毎週一冊の本を買っていく男性で、就職した頃からの常連だ。地元貴族家の三男坊で雑多な研究のヒントを得たいと言われたのがきっかけだ。興が乗ると知見論評が止まらなくなる愉快な方で、来客の少ないときを見計らっては私に問いかけをしてくる。



 先ほどの問いかけもその一環だったのだろうが、私の心には僅かに過去の愚かさが羞恥となって滲んでいる。

 口説き落とそうと長居する客とは違い、論評談義ばかりの彼に対しては同僚も警戒していないのか、彼と入れ違いに昼休憩へと出ていった。店内には私と彼だけが残り、同僚が戻るまでカウンター越しに会話するのが週に一度の習慣になっている。



「一般的には信仰あふれる女性の慈愛の心に対して顕れる恩寵とされていますね」



 つまり過去の私は自身をそう認識していたのだという事実に、羞恥心が色濃くなる。大きく頷いた彼の顔が少し紅く見えるのは、自分の染まった頬の色が移ったのだろうか。しかし、そうではないと前置きして彼は続けた。



「遠方のある国で聖女として謳われた王妃が力を失い、何故その力が失われたのか、そもそも聖女の力の源とはなんなのか、という話が出ています。昔から研究テーマとしてよく見かけるものですが、聖女自身もあまりわかっていないという調査結果ばかり。聖女個々人で発露の仕方にも差があるようで謎だらけの力なのですが、だからこそ研究者の興味を惹いてやみません」



 購入された本に栞を挟み、この国では馴染みのない遠い国の名に桃色の瞳をした聖女の笑みを思い出す。

 力が無いことに気づいた私などよりも、あった力が失われた彼女の絶望を思うと心が痛んだ。

 私とは違い、既に王妃となった彼女が国を追われることはないだろうが、求められる力を失ったものへと向けられる視線や声がどれほど心を苛むのかを私はよく知っている。せめて王となった彼がその心に寄り添っていることを願うばかりだ。



「聖女の力が聖女本人を調べてもわからないということは、聖女自身はきっかけなのではないでしょうか?」



 購入された本を運ぶためのリボン紐を結びながら返した答えが、ふと自分の中で腑に落ちた。

 カウンター越しに興味深そうな視線が続きを促してくる。



「聖女の力に個々人で差があるのは周囲の人々や環境の違いがあるためかと。誰しも僅かなりとも聖女ような力を持っていて、なんらかのきっかけで注目された人物が集約された力を発することで聖女として扱われるのではないか、と」


「なるほど。面白い。聖女が持つ力は癒しではなく、集約する力や発する力という観点はこれまでの研究では見ない視点です」



 関心しながら本を受け取る彼に、さすがに実体験に基づいた思いつきだとは言えず、曖昧な笑みを返した。



「……わたしにもあなたを癒す力が少しでもあるなら、研究のし甲斐があるというものです」



 小さな呟きは聞こえなかったふりをして、いつものように購入のお礼を述べて彼を店外まで見送る。入れ違いに戻ってきた同僚が意味ありげな笑みを私へと向けながらカウンター内へと戻ると、いつものように声を上げた。



「また花が咲いてる。なんで何回採っても生えてくるのかしらね」



 ごめんなさい偽物の聖女のせいです、とは言えず、私は笑みを返して摘まれた花を受け取る。


 来週の一冊分、栞に使う押花を作る私だけの作業。いまはそれが私の一番好きな時間だとわかっているから、何も言わない彼の気持ちにまた花が咲いた。





「文字が集り文となり、文が集り本となる。聖女の力とは製本することにちかしいのかもしれません」などと後日研究テーマが発表されるとかなんとか。

呪詛とか呪言とかの思想に近いのかもしれません。


私はここで雑多な文字を並べていますが、皆さんはどこへどんな文字を投げていますか?



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