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暇潰市 次話街 おむにバス  作者: 誘唄
「単話11」
296/302

今日も王城育ちのネズミに枕にされている

サァカスの漫画を一気読みして寝たら湧いてきた話。いつもよりちょっと長めかも。



本項のタグ:「お嬢様」「異形」「異能」「魔術あり」「魔術以外の異能力あり」「外見的特徴に基づく差別的文化あり」「その文化に囚われていないお嬢様もあり」「だいたい一騎当千」「サァカスの芸人」

 

 芸人仲間の懇願となによりお嬢様のお願いにより、私は第一王子主催の夜会に紛れ込んでいる。

 本来なら伯爵家令嬢であるアトレお嬢様と第一王子の婚約披露の場でもあるはずだが、あろうことか第一王子はお嬢様を迎えにこなかった。それどころか迎えの馬車さえ寄越していない。

 この扱いには芸人仲間はブチギレし伯爵閣下も王家を滅ぼそうかと王国地図を広げたのをお嬢様がとりなしたのだ。

 健気にも家の馬車で会場入りすることにしたアトレお嬢様にも、やはりこの事態に不安があったのだろう。潜入に適した私に自らお声がけくださり、万一の場合には助けてほしいとお気持ちを吐露された。


 お嬢様がいなければ生きていなかった身の上だ。

 命をかけて応えよう。


 そんなわけで私はお嬢様の予備のドレスで貴族令嬢に扮している。多くの令嬢たちとは異なり肩の露出がないドレスと顔半分を覆っているマスクは全く注目を集めていない。

 それどころではない事件が起こってしまったため、誰もがそちらに注目しているのだ。



「アトレ、お前の悪辣な振る舞いに彼女がどれほど傷ついたか。しかも聞いたぞ。お前は異形の者たちを領内で集めているらしいじゃないか。なんと悍ましいことだ。姿形は整っていても、お前の心根はその異形たち同様に醜く歪んでいる! そんなお前すら許そうと彼女は言っているが、僕は王子として聖女に害を為す悪を捨て置くことはできない。よってこの場でお前との婚約を破棄し、彼女を妻として迎えると宣言する!」



 よくもまぁつらつらと言葉が出てくるものだ。お嬢様に向けられた指先をへし折ってやろうかと思いつつ、そんな関心を覚える。

 御者に扮していたのが獣使いのファミリアだったのは、まだマシだろう。この事態を詳らかにネズミの目や耳を通じて把握しているだろうから、私が報告するよりも早く伝わる程度の違いで済む。

 しかし投げナイフ名人のアポート姉に伝わった瞬間に、王子は穴だらけになるだろう。そうなればお嬢様の私兵、サァカスの仲間たちは王家の敵として扱われ、お嬢様にも責が及ぶ。それは避けなければならない。



「グロウさまぁ、あたし嬉しいですぅ」



 さっきからずっと王子にへばりついている女が甘ったるい声をあげて更に擦り寄る。サァカスのダンスパフォーマンスよりも際どい露出のドレスは会場全体の目を惹いているが、大部分が引いているのは気づいていないようだ。周囲の視線を気に留めることもなく聖女と見つめあった王子の目が蕩けたものになる。

 マスクの下で、私の脳幹にしがみついたネズミが叩く。そのリズムは、何かの力が行使されたことをネズミの肌が感じ取ったというファミリアからのメッセージだ。


 私たちサァカスの仲間たちは魔術が使えない。それが王国や教会からすると正しい肉体を授かっていない呪われた異形のためだということらしいが、それを補うように異能に目覚めることがあるらしい。

 ほとんどの場合は目覚める前に虐待や迫害で死んでしまうが、お嬢様に拾われて生き延びた私たちは誰もが異能を持っている。

 まぁ、中には私のように異能に目覚めなければ生きることさえできなかった者もいるが。



「アトレ、本当はお前のドレスの下は醜く歪な姿なだろう。どうだ皆の者! この場でその罪を明らかにして処断するべきだと思うだろう!」



 声高らかに頭のおかしなことを言う王子に、ネズミが私の脳幹に爪を立てた。ファミリアがキレているのを感じながら、その痛みで少しだけ理性的になった。

 会場の窓横に飾り付けられているカーテン、貴族たちの胸元に添えられたハンカチーフ、溢れるほど飾り付けられたテーブルの花、そして空っぽの私のドレスの中に隠していた物をそっと動かして、帽子とマスクで顔を隠した貴族男性の姿を作り上げる。もちろん夜会に参加するような格好ではないが、顔も中身もないことに気づかれないようにするにはこれしかない。そっと窓のいくつかも開けておき、そこから忍び込んだように工作もしておく。

 伯爵閣下がサイコと名付けた、頭部の上半分しか無い私が胎児の頃から生きるために目覚めた力だ。

 それでも出産直後に異形として叩き潰されかけた私を、その身を投げ打って守ってくださったお嬢様があったからこそ、いまの私がある。

 その恩義に報いるためならば私は命さえ投げ捨てる覚悟で、中身のないヒトガタをお嬢様の前に踊り出させた。その胸には聖女の親元である公爵家のハンカチーフを覗かせておいたためか、お嬢様に近寄ろうとしていた王子の足が止まり戸惑ったように聖女へと視線を送る。

 名乗りもせずに一礼する不審人物と聖女の繋がりが計りかねたのだろう。婚約破棄という珍事も相まって、会場の端々に控えた警備兵も行動に移ったのはその不審人物が声を発したあと。



『聖女と王子の妨げとなるものに相応しい裁きを』



 マスク越しのはずなのによく通る、しかし人物像を明瞭にはしない声とともに、振り上げられた一振りのナイフ。

 凶刃の輝きを目にした人々が悲鳴をあげる。

 その視界に焼きついた赤い輝きは、しかしお嬢様の流した血ではない。

 凶刃を持つ手が燃え上がり狼狽えてナイフを取り落とした不審人物が、観客に徹していた人々へと走り迫る。

 パートナーを盾にする若い貴族、腰を抜かした中年貴族、固まって動けない男性や目を閉じて息を呑んだ女性の頭上を軽々と飛び越えて、窓を押し開けて夜の闇へ姿が溶ける。同時に慌ただしく数名の警備兵がそれを追い、いっときの騒乱が場を支配した。

 全く自覚もなく火炎魔術を放って伯爵家令嬢を守ったように見えた警備兵が同僚に肩を叩かれて讃えられているのを尻目に、王城の警備も大したことないな、と呆れてしまう。

 袖口で一瞬大きな炎を上げさせる小道具も、警備兵の腕を上げさせたのも私だ。魔術を行使していないため痕跡や感覚を辿れば気付きそうなものだが、非常事態に浮き足だった人々の狂乱に呑まれて警備兵もマトモな判断ができずにいる。そのため私自身の移動も容易だった。

 婚約破棄という渦中からいっとき逸れた注目は王子も聖女もなく、自身の安全と責任の所在へと向けられている。その隙に私自身はお嬢様のドレスの裾から忍び込んでいる。先ほどまで纏っていた予備ドレスも畳んでしまえば余裕をもって入り込めた。

 いまだ脳幹にしがみついたネズミの尻尾がファミリアのメッセージをお嬢様にも伝えているのがわかる。そのお嬢様は床に落ちたままの凶刃を拾い上げ、王子と聖女に向き直っていた。婚約破棄、不審人物ののちに訪れた、凶刃を手にした令嬢という三度目の事態に騒乱から抜けきらない人々が再び悲鳴をあげた。

 その声にはところどころおかしなものが混ざっている。



「聖女様を逆恨みするなんて!」

「元から王子妃には相応しくなかったんだ!」

「見ろあの恨みに満ちた醜い顔を! まるで異形のようだ!」



 脳幹を叩く爪はその人々が陶酔しているような表情をしていると伝えてくる。その表情を更に蕩けさせたような顔をしているのだろう、王子が発した声は聖女を抱きしめて耳元で囁いているのが感じ取れた。



「大丈夫。何も心配はいらない。君を傷つけようとする悪い魔女はいますぐこの場で処断するから。君は僕を信じて、愛を信じてくれればいい」



 演技とはいえ殺されかけたのはお嬢様なのに、婚約者はお嬢様なのに、全く心を向けている様子がない。まるで魔術ではないなんらかの力で操られているように、王子は高笑いをしながらお嬢様へと歩み寄ってくる。

 しかしその手にナイフがあることに気づいたのだろう、僅かに間合いの外で足を止めた。



「聖女を守らんとした者を追い払って勝ち誇っているのか? 次はナイフを振り回して聖女を襲うつもりか。だがそんなことはさせない。僕がお前という悪の手から聖女を守る。お前という異形から守るんだ。そのドレスの下に隠した醜い姿を晒してやる。そしてその醜く歪んだ姿を焼き尽くし、跡形もなく消し去ってやる」



 脳幹にネズミがまた爪を立てる。

 私が動かせるのはお嬢様が片手で持てる程度が限界で、王子を投げ飛ばしたりはできないが、一歩でも近寄ってきたら転ばせてやる。できることなら俯いているふりをしてニヤニヤした笑いを隠している聖女にぶつけてやりたい。



「殿下のように放埒な殿方には淑女の肌がどれほど大事なものかお分かりいただけないかもしれませんが、そのような辱めを受けるくらいならば私は伯爵家令嬢として、自ら心臓を切り裂きます」



 お嬢様が手にしたナイフを自身の胸へと向けつつ発した言葉に、幾つもの息を呑むような声が漏れる。同時に幾つかの身につまされるような呻きも聞こえたが、果たしてどちらがどんな気持ちでいるのか、晒すような肌をほとんど持っていない私にはよくわからない。

 だから、それがわかるように少しだけ促してみることにした。私がサァカスで得意としているのは先ほどのようなヒトガタを用いた空中消失だけではない。



『そうよねぇ、グロウ王子の肌を知っているあたしとは違って、婚約者なのに王子に肌を見せる機会もなかったなんてかわいそうだわぁ。あたしだったら喜んで見せちゃうのにぃ』



 腹話術。声として伝わる空気の震えは、当人の声という実例があれば簡単に真似できる。ただ当人にとっては少し違う声に聞こえるらしく、真似されても気づくのが遅れるのはよくあることだ。

 だから俯いてニヤニヤ笑いを隠している聖女が自分の声を使われたと気づいたのは、もう一声上げてからだった。



『あたしだったら異形の疑いを晴らすことができるなら、いますぐここで肌を晒すわぁ。グロウ王子だってそうよぉ。そうだわぁ、グロウ王子がお求めなんだから、ここにいる全員がいますぐ全裸になって異形じゃないことを証明するべきだと思うのぉ』



 会場全体に通る甘ったるい声に真っ先に反応したのは聖女だった。誰にも聞こえないくらい小さな声で、どこの誰がこんなバカなことを、と呟いて視線を少しだけあげた。

 それが王子が振り向くのと同じくらいで次いで王子が、なにをバカなことを言い出すんだ、と小さく呟く。

 たぶんそれはお互いにも届かないほど小さな声で、そこからは次々と漏れる「何をバカなことを」「ありえない」「これが聖女か?」という囁きが溢れて、怯えの方向が違ったものに変わっていく。理解できないものへ向ける忌避の感情が、厭悪になって会場を満たしていく。それを向けられている王子と聖女が口を開こうとした瞬間、会場の入り口扉が開かれた。


 門衛らしい者の声が高らかに国王の来訪を告げる。

 行き場をなくした空気が吹き抜ける風に攫われて霧散していく。会場にいる面々を一瞥し、落ち着いた声がゆっくりと響いた。



「皆、楽に。いささか興が乗ったか、酒が進んだか。明日には忘れる酒の席での些事であろうが、華やかな場にあてられた者たちのために別室を用意した。そちらにて休むと良い」



 なるほど貴族言語というやつか。ネズミが脳幹に伝えてくるリズムが言葉の意味を教えてくれる。

 楽しかったという記憶以外は全部忘れないとやらかした奴らのように特別扱いしてやるぞ、ということらしい。入場前に指示を出してあったのだろう。警備兵に左右を挟まれて王子と聖女が連れていかれる。

 お嬢様の持っていたナイフは床に落ちる前に私が操ってドレスの裾から潜り込ませた。刃の引っ込む切れないナイフだが国王の前でナイフを見せては切り捨てられかねない。

 できればドレスから抜け出して予備ドレスを纏って隠したかったが、近寄ってきた警備兵が目を光らせている。鼻も口もないがネズミと一緒に息を殺していると、お嬢様がカーテシーをした。

 当たり障りのない挨拶を交わして、王子の様子が心配だから退席すると告げるお嬢様に、どれだけ心が広いのだろうかと感動する。国王としても騒動の一端であるお嬢様を会場に留め置くことはできないと判断したのだろう、あっさりとした挨拶だけで退席が許された。


 私がドレスに隠れている分、少し歩きにくそうなお嬢様はそれでも淑女らしい振る舞いを崩すことなく会場を後にした。

 通りがかったメイドに王子の様子を見ることができるか尋ねると、今日はもう休まれたとの回答。なので影で私もドレス姿へと戻り、お嬢様に付き添ってファミリアが御者を勤める馬車へと乗り込んだ。



「開戦準備を始めているお父様を宥めないといけないわね」



 面白そうに笑うお嬢様の足元で、王城からついてきたネズミが同意するように小さく鳴いた。






 後日、伯爵閣下が国王に呼び出されて正式にお嬢様の婚約が白紙撤回された。

 酒の席での出来事についてなかったことにしようとする国王に、伯爵閣下はこう返したらしい。



「陛下の御厚情には感謝申し上げる。しかし、ややもすれば他国にて同じ事態を引き起こしかねない不出来な娘は王家に連ねることなく、我が領内で婿を取り行末を看取りたく思います。なにせ酒に酔って自らの立場を忘れ自刃を計ろうとした愚か者。されどそのような愚かな子であるからこそ、穏やかに余生を送れるように見守ってやりたい親心を、何卒御容赦賜りたく」



 もちろん私には意味がわからなかった。

 お嬢様を愚か者というなんて、伯爵閣下は頭がおかしくなったのかとさえ思ったが、ファミリアがこれも貴族言語だと意味を教えてくれた。



 曰く、

「国王の情として顔を立ててやる。だがうちの娘を舐めるなよ? 次は他国を巻き込んで開戦の火種になるくらいは当然やるからな? 二度とうちの娘にはちょっかい出させねえ。あの夜会でバカやったのが本当は誰がわかっているよな? そのバカ息子をぶち殺されたくなけりゃ黙って頷いてろ」

 ということらしい。



 たぶん、伯爵閣下もお嬢様もよく似ていて、結構血の気が多い。そんな人たちに拾われたからだろうか、サァカスの仲間たちも血気盛んに今日も領内を廻る予定を組んでいる。

 公的援助から漏れた奴なら拾い上げ、犯罪に手を染めた奴なら人道に引きずり戻す興行だ。


 毎夜ネズミを操って王子の足裏に齧り付かせているファミリアや、毎夜ナイフを転移させて聖女の枕元に突き立てているアポート姉だけでなく、その気になれば一人で王国を滅ぼせるんじゃないかという奴がサァカスにはごろごろしているし、きっとまだ目覚めていないだけの奴らが領内にもたくさんいるだろう。

 そんな奴らが暴れ出してお嬢様を悲しませる事態を引き起こさないようにするのが、私たちサァカスが領内を廻る理由だ。

 そして、お嬢様が楽しそうに私たちの演目を紹介してくださるの日々を続けられることが、とても幸せだと思う。



 ところで脳幹にしがみついているネズミはそろそろ離れてくれないかな。







ギロチンを弾いた団長とかアポートでナイフ投げするお姉さんとかネズミだけでなく魔物のスタンピートも自在な猛獣使いとか死霊を使役する占術士の老婆とか猫草みたいな念動力者とかがいるらしい。

領内巡回して捕縛した荒くれ者を一般業復帰支援又は滅殺と、異形として虐待や殺処分される者の救助と就労支援又は安楽死という、領内の正規治安維持から漏れたところの救済と撲滅をするサァカス。

それを組織立てたお嬢様と受け入れて支援な環境等を整えた伯爵。

そんなキャラクター設定までは自動的に湧いた。

広げればもっと長編にもなりそうだなぁ、と思いつつざっくりとまとめてみた。

皆さんはサァカスだとどんな芸が好みですか?



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