お嬢様だけが知らない
最近はあまりなろう小説を読めていないので、ちょっとなろう小説っぽいものを書くくらいはしてみようか、と思いついた話。
本項のタグ:「お嬢様」「従者」「悪霊」「おそらくゲーム世界への転生系」「お嬢様だけが知っている」
お嬢様が騒霊になった。
元々、公爵家令嬢としては感情を露わにする人だった。婚約者である王子の不貞に憤るときは涙目で大声をあげ、彼のおざなりな贈り物にも満面の笑顔で喜び踊るような人だったが、しかしそれがかえって王子には不評だった。
王国の治世は安定していて、だからこそ国内派閥がお互いの利権争いで取り入るための暗躍が透けて見えるような状況。その中で当たり障りのない家柄としてお嬢様が婚約者に据えられた。
そんな背景があるため、王子のお嬢様に対する扱いは軽い。ぞんざいに扱っても影響が小さい、替えのきく存在として扱われ続けていたのは三ヶ月前まで。不安に揺れる瞳も不満に膨らむ頬も、まるで作り物のように動かなくなった。それでもお嬢様は社交場に赴いていた。
まるで何も異変など起きていないような公爵家令嬢としての振る舞いに最も驚いたのは、お嬢様だろう。見本のようなカーテシーを見せるお嬢様の周囲をぐるぐると回る気配に、戸惑いの声を漏らす口を押さえようとしている姿が思い浮かぶ。本来ならパートナーとして送り迎えするはずの王子は他の女性に夢中で、お嬢様の変化に気づきもせずにその場は終わった。
帰路の馬車内でもお嬢様の振る舞いは明らかだった。決して同乗する私にもメイドにも視線を向けず精緻な人形のように身動ぎしない。一方で私の隣の空席にある気配が馬車内の不満気な空気で満たしていくのがわかる。頬を膨らませた涙目が見える気がしたが、やはり隣には誰もいない。お嬢様の隣に座した側付きメイドが空席を見つめたまま固まっているのは、いつも通りで見えているのか判別がつかない。
当然、公爵様に報告をあげた。
公爵家の家族が揃って食事することは珍しいことではないが、毎食揃っているわけでもない。跡取りである長兄は基本的に領内の巡視で不在だし、公爵婦人は奥地で羽根を伸ばしている。公爵は王家との関わりがあるため生活リズムも所在も頻繁に変わる。
このためお嬢様の家族が直接変化を確認したのは、お嬢様が騒霊となってから二ヶ月ほど経ってからだった。
悪霊に憑かれた際には教会の退魔神官に依頼して祓うのが通例で、上位貴族だけでも年に数例はあったが、乗っ取られた事例はほとんどないという。退魔神官を冷ややかに見つめているお嬢様の横にある、崩れ落ちて自失した気配に目が向く。悪霊は公爵家令嬢という立場に適した振る舞いをしており誰かを害する素振りを見せていないとはいえ、公爵家の人間からすればお嬢様本人ではないのは明らかだ。目敏い者ならば社交の場を重ねるほどに不審に思うことだろう。そう思っていた。
だがあろうことか、婚約者である王子は全くお嬢様の変化を目にする機会がないまま、更に二ヶ月が過ぎた。悪霊祓いの相談をしたことは緩やかに噂となり、見知った貴族たちは本人を目の当たりにして得心したが、幸いにも公爵家令嬢らしい振る舞いしか取ることがなく事なきを得た。
一部、以前よりも淑女らしくなったという口さがない者もいたが、そのような言葉は決してお嬢様に届かないように腐心した。本来なら悪霊憑きと判明した時点で社交場への参加は控えるべきなのだろう。
しかし具体的な傷病もなく、王子の婚約者という肩書きも残ったままのお嬢様が不参加となれば、王子の不貞を公爵家が受け入れたことにもなる。いっそのこと何か騒乱でも引き起こすことになればという半ば投げやりな公爵夫妻の意向もあり、パートナーとして伴われる夜を重ねた。もちろん、お嬢様の身体に危害をくわえさせる隙など与える気は全くなく、同時に騒霊となっているお嬢様を極力ひとりにしないよう心がけた。ときにお嬢様がささやかな癇癪を起こす程度の事態はあったものの、貴族令嬢としての腕力を超えることはなくカトラリーが落ちたりワインが溢れたりという程度で済んだ。
問題なのは不安や不満に空気を染めていくお嬢様に私の声が届かず、そのお心を慰めることができないこと。その不甲斐なさを解消すべく様々な文献を漁ったが、悪霊憑きを祓う話は数あれど悪霊となった者と意思疎通を図ろうとする話は見つけることはできなかった。
公爵家自体も当然、何もしなかったわけではない。教会内の事例調査を依頼し、また国王陛下にも王子妃のための協力を願い出ている。それでも得られた事例は芳しくない。悪霊譚の中には異界の魂に乗っ取られた話や、その魂が混ざり合い別人となった話もあったが、入れ替わった者の振る舞いや言動からは異界の魂とも過去の魂ともつかなかった。ただ、どちらの場合であっても元の人柄を損なったまま生涯を終えている話が大部分だったことは公爵家に大きく陰を落とした。
それを聞いてなおお嬢様に入り込んだ存在は僅かに口元を歪めるように薄く笑むだけ。明確な悪意こそないものの、身体から出ていくつもりもないことが伺えた。
公爵家の書架だけでなく城内の雑多な資料や市井の創作小説にすら解決策を求めて読み漁ったものの眉唾物の降霊術程度しか見つけられず、しかしその創作小説と同じ物がお嬢様の私室から見つかったと側付きメイドが無表情な顔で告げた。目録を辿ると、どうやらお嬢様との茶会をすっぽかした王子が詫び品として送りつけてきた物らしい。
しかし内容を比較すると、挿絵に描かれていた降霊術の図案が不似合いに精緻で古めかしい物へと差し替えられていたことがわかった。
もしかしたら今のこの状況は王子に仕組まれたのかもしれない。
そんな疑念が邸内に渦巻いた直後、お嬢様と夜会で出会った王子が婚約破棄を叩きつけた。悪霊憑きなど王家に招くわけにはいかないという。パートナーとして迎えにも来ず、不貞相手の腰に手を回した状態から発せられた言葉に、居合わせた者達も言葉もない。嘆きと怒りの空気に浮かび上がるカトラリーをテーブルへと戻しながら、その侮蔑的な言葉を浴びせられた顔に視線を向けた。
公爵家令嬢らしい穏やかな薄笑みを貼り付けた、怒気を微塵も隠す気のない女性がそこにいた。
その瞬間、全てが瓦解した。テーブルの足は崩れて料理が散らばりワインは宙を舞った。窓ガラスは全て割れて木枠ごと弾け、壁にはヒビが走る。いくつもの灯りが吹き消され、代わりにいくつもの悲鳴が上がった。
それを貫く王子の声がお嬢様を悪霊憑きとしてひとり朽ちていけと聞くに耐えない暴言を紡ぐのと、私がお嬢様を抱きしめてその耳を塞いだのはどちらが早かっただろうか。
腕の中から伝わる微かな震えと、彷徨うように見上げる視線を感じ取り、二度と手離すものかと強く心に想う。王子の罵声が止んだ隙間に、ならばお嬢様は私が貰い受けると宣言し、そっと抱き上げる。狂乱状態となった夜会の場に溢れる悲鳴と混乱を背に退出する背後で雷が天井を撃ち抜いた音がした。
後日、公爵夫妻に正式に婿としてお嬢様の側にありたいと伝えると、お二人は快く受け入れてくれた。お嬢様は騒霊となっていたときのことは何も覚えていないようで、突然抱きしめられて告白をして王子から奪い取ろうとした私と共に出奔する準備を側付きメイドに邪魔されたと憤っていたが。
記憶の空白を埋めるため、また王子からの不興を受け流すため、お嬢様は領内で穏やかなときを過ごすことになった。その間に見つかったのはお嬢様の日記に綴られた、取り憑いた人物が書いたであろう文面だ。
お嬢様自身の日記帳でもあるため文面そのものは見せてもらえないが、字体からして異界古語と呼ばれる言葉で書かれているようだという。自らの身にいったい何が起こったのかを知るためにもお嬢様は解読に勤しんでおり、古い文献から『ゲーム』なる単語を見つけて以降、詳細については口をつぐんでいる。何故か私が王子の不貞相手に言い寄られていたのではないかという不可解な疑問を向けられたのは、その残された文面が原因かもしれない。
お嬢様が騒霊になろうと悪霊になろうと側にあるつもりだと答えを返すと、創作小説に準えた口説き文句のようだと笑われた。
それが本音であり既に実践したことを、お嬢様だけが知らない。
ゲーム世界への転生系では、元の人格との乖離もひとつの見せ場。
その上で悪役令嬢系だと割と転生者が立派な淑女をしている気がする。
だいぶパターンが網羅されてきて、イレギュラー案件を考えるマッドサイエンティストみたいな魂込めも増えたのかな?
ランキングとか少しずつでも眺めてみようかな、とか思っています。




