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暇潰市 次話街 おむにバス  作者: 誘唄
「単話2」
21/279

丘の上から消えたうた

たまには、ちょっと毛色のちがうものも書いてみたりします。



本項のタグ:「うたはひらがなです」「叙述トリック(多分違う)」

 小高い丘の上から視線をあげれば遠くに尾根が見える。秋の終わりの山は紅葉も消えて常緑樹の緑に覆われており、山頂でもまだ雪の色はない。


 でも秋の空は高くて木枯らしもだいぶ冷えて鼻に刺さる感覚がする。雲がかかれば今夜にも雪になるだろうか。


 少し視線をおろすと盆地を占領したような街が見える。常緑樹が少ないせいか周辺は秋めいた乾草色で染まっているのが、なんだか侘しい。稜線にそうようにして広がっていく平野部にある家は、ほとんどが一軒家でマンションのような高層建築物は見当たらない。おそらくは学校らしき物が3、4階らしき窓を木陰に覗かせている程度。家並みも密集しているようにも見えるが、所々で区切るように開かれている。それを為している乾草色は休耕中の畑であろうか。しかしこの丘の上からではその名残も遠い。


 秋の空は稜線へと飛んでいくトンビの声も飲み込んでしまう。雲のない薄青色の空がゆっくりと夕焼けに染まっていくのを、少し肌寒くなってきた空気の中で見つめ続ける。



 街の変化を見守ってきたこの場所を訪れるものは少ない。


 デートスポットでもあった物見台も、住民の減少に伴って訪れるものもなくなった。転落防止の柵が朽ちても直すものさえないほどに。

 それに寄り添うように置かれた、誰も腰掛けることのなくなったベンチには雑草が根付いている。春が来れば咲くだろうか。


 そこに座っていたあの人の姿を思いだして、私の口が無意識に開いた。




「あかがねはゆっくり溶けて藍になり浮かぶ泡沫絵を描く」




 そんな風にここから見える景色を表現したひとは、今はもうこの丘にはいない。見下ろせる町並みを探しても、遠すぎて見つけることは出来ない。そもそもそんなところにはいないのだけれど。


 うたを作るのだと子供みたいな笑顔で語るひと。

 今でもうたっているのだろうか。

 その頃に耳になじんだ声を思い出すと、色々なものが繋がっているのがわかる。



 あのひとの笑顔。


 あのひとの声。


 あのひとのにおい。


 その熱も、感触も、汗の味も。





 すっかり色の変わった空は星が一面に散らばって、少しだけ流れてきた雲が月にかかっていた。


 町並みに目を向ければ街灯のない道ばかりで、湿原に沈んだように暗い道は目を凝らしても見えない。


 星明かりに晒された学校らしき建物は、灯りがなくて影絵のように輪郭だけを残している。


 寄り添うような家並みの輪郭がおぼろげなのは、そこにある灯りが滲んで見えるせいだろうか。




 あのひとのうたを呟いても、全然違う音に聞こえてしまう。


 少し吹いてきた風に揺れるのを感じて、それに逆らうようにふるって見ても、風は起こせない。


 ゆっくり立ち上がって月を見上げて、いつのまにか潤んでいた瞳を閉じると、声が聞こえた。




「またそこにいたの? もう帰るよ?」




 あのひとの子供が、あのひとに似た笑顔で笑いかけてくる。


 でもあのひととは声が違う。


 においも、汗の味も。




 私は木の上から飛び降りて、伸びてくる手をすり抜けて、身体を擦り付けるようにしてその足元を超えていく。




「あのひと以外には、抱かれたりしない」



 振り返りながら声をかけても、あのひとの子供は微笑むだけ。

 あのひとに似た笑顔でも、私の言葉はあのひとしか伝わらない。








 だって私はあのひとのネコだもの。











うた、は俳句や短歌などのほうです。

「うたっていたあのひと」が消えた理由は皆さんの想像におまかせします。

ねこです。

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