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暇潰市 次話街 おむにバス  作者: 誘唄
3月3日の夜の夢
17/279

『はこ、ぬぅて 、しゃ』

夢見が悪かったので吐き出す気分で書きつけたメモを、小話にした1つ目のお話です。


本文内の【】で閉じられている箇所は実際に夢で認知した情報です。

【】が若干邪魔かもしれません。


本話のタグ:「夢見が悪いので書いた。今は公開している」「でたらめな方言」「【】内は夢見の内容」「【】以外に記載の箇所はフィクション」

 


 【R県P市】にある、倉庫街。特定班の尽力により判明した建物の場所へと、僕たちは訪れていた。

 ことの発端はよくある投稿動画だ。

 人気というほどでもないが、それなりに視聴者がいる投稿者『みょに』の最新投稿の【動画】、『クレメンスるすれを踊ってみた』が削除されて、二週間になる。

 再生数が普段ほどに伸びる前に怪奇現象動画と言われて削除された。上がっていたのは三日ほどだから、知らない人も多いだろう。

 ざっくりと説明すれば、『踊ってみた』の最後に、【背後にある建物の窓にいる老婆が何か喋っていた】、というだけの怪奇現象だ。



【『はこ、ぬぅて 、しゃ、かな?』


『R県の方言だな。箱に詰めて捨てる、とかそんな感じ』


『箱に入れてしまう、じゃないかな? ちな俺P市在住。いるー? ノ』


『あ、コケたw w w』



 そんなコメントが流れた】程度の、小ネタである。『みょに』本人が意図していなかったネタのために削除したらしい。

 勝手に動画を家の前で撮ったために怒られたとか、断りなく老婆を映してしまったので気を遣ってとか、そんな理由もあったのかもしれない。




 僕は彼女のことを投稿動画でしか知らない。

 自称女子高生。年齢不詳。推定身長は148±3センチ。揺れないC(多重装甲疑惑あり)。ラクロス部所属の設定でよくマイク代わりに使う。バック等にプリントされた校章の学校および周辺地域には該当人物の不在を確認済み。肩甲骨と鎖骨まである黒い長髪はややくすんでいて、たまに赤とか金とか色を変える。【目はアーモンド型で少しタレ目、左の目尻に並んだホクロがある】。通常はマスクを着用、お面や被り物の場合もあり。お面越しでも通るハスキーボイス。しゃべる時は作ったロリ声。過去の投稿作品の言動から母親と3歳差の姉と同居と思われる。父親に関しては情報不足。他には足のホクロの位置とか、愛用しているリップクリームだとか、それほどファンでもない僕が知っていることはごく僅かで何も知らないに等しい。

 特定班はより詳細な情報を集めて精密な調査をしている。例えば、履いているスニーカーとかラケットとかの購入者情報を照合するとか。

 様々な手法を駆使しているらしいが、なかなか特定は難しいようだ。



 かねてから撮影場所の特定を進めていた僕たちだが、『みょに』はあちこちの県にまたがりゲリラ的に動画を撮っている。現地人をみると逃げるという行為を繰り返していたため目撃情報も集まりにくく、本拠地の特定に至っていなかった。

 最初の作品も世界的イベントのポスターだけを背景にしていたため、地元情報としては根拠が弱かったこともある。


 だが今回、普段と違う場所が選ばれた。

 【背景に映る薄緑色に染まった壁。アーチ型の窓の上部に『土』の形の木型が組まれた、はめ殺しになっている窓。若干ファニーテイストの建物は一階だけが映像に映されており】、ラブホテルではないかという説も出た。

 だが地元に住んでいるファン仲間の情報で、いまは閉鎖された倉庫街であると判明した。県をまたいでいる旧道に面した山中にある、地元民でもあまり知られていない場所だという。

 なぜそんな場所を知っているのかを尋ねたところ、彼は廃墟マニアでもあり、何度か侵入して内部の建物を撮影したこともあったという。その中の一枚に類似する建物を見つけたらしい。

 実地検分を兼ねて再確認に向かうと報告があったのが十日前。それ以来、彼は音信不通になってしまった。




 場所情報を共有していた僕たちは、休みの日に合わせて集合して、分班した。彼の家を訪ねるグループが2人、撮影場所を探すグループが3人、残りは『みょに』搜索のグループだ。不公平が無いようにクジで決まったが、本当なら僕も『みょに』搜索に加わりたかった。

 僕たちは互いに面識がなく、ネット上での関わりしかなかったので、相手の素性どころか容姿さえ知らずに集まっていた。

 お宅訪問部隊がスキンヘッドと金髪のコンビになったのは、あらぬ勘違いを招く気がしたが、同道するのも怖かったので目を合わせなかった。

 一番多い捜索隊は年齢も性別も人柄も様々で、以前から集まっていたグループもあり、それぞれに別れて活動するらしい。

 現場探索班はモブ一般人な僕と、無愛想な髭面のおじさんと、挙動不審で独り言をよく喋る青年だ。仮に彼らのことは『おじさん』と『独り言』としておこう。正直、名前を知りたいのは彼らではないし。僕も『モブ』と呼ばれたのだから、お互い様だろう。

 おじさんは何も言わずに車を走らせ、件の倉庫街へと僕たちを運んでくれた。建築工事現場にあるような仕切壁はとても乗り越えられる高さではなく、塗装が剥がれて傷んでいる。それが囲む区画を地図情報で確認したのを思い出す。結構な広さがあり、縮尺からしても周囲を歩くだけで二時間はかかりそうだった。これからそこを探索するのかと面倒くさくなっているが、だからといってサボるわけにもいかない。

 車が止まった先には車両用の通行口があり、アコーディオン状の壁が閉ざされていた。当たり前の話だが入り口は閉鎖されていて、ドアは鍵がかかっている。呼鈴など無いし、あったとしても人気が無く、なんだかわからない鳥の声がしている。待っていても開かれないだろうから、周囲を確認して侵入口を探すしかない。

 独り言が勝手に仕切壁に沿って草むらを歩き出し、おじさんも黙って着いて行くので僕もそれに続いた。こんなことになるなら、家でゆっくり動画を見て過ごしたかったが、今更帰る手段もない。

 移動中、倉庫街が閉鎖した経緯や廃墟の良さについて語られたが、おじさんはあまり興味がないようだった。あるいは既に知っている話だったから、スルーしていたのかもしれない。僕は得体の知れない虫が舞う中で、よくそんなに喋れるものだと呆れつつ、聞き流していた。



 この地域は物流の中継地点にあり、昔の発展時に価値が上がり、住人の多くが土地を手放している。

 真っ当ではない企業もあり、元々の所有者から土地を買い取るため、かなりえげつない行為もあったという。

 周辺をゴミだらけにする、動物の死骸を投げ込む、子供を浚うと脅す、火をつける……。いわゆる地上げ行為というやつだ。

 今よりも法律が整っていなかったこともあり、やりたい放題をやって追い出し、奪った土地を倉庫街にした。

 しかし好景気が終わり、法律が変わり、今度は国に奪われる側になった。

 その時に所有権は国に移っているはずだが、今は放置されている。貨物運搬の高速化や高速道路の完備など、改善された流通ルートから漏れたせいだ。

 使う用途もなく、使い道を設けるにも税金を使うため、ただ蓋をしている。

 この倉庫街はそんな場所だと、独り言は延々と一人で語り続けていた。



 仕切壁が割れて潜れるようになっている場所は、山に面した側の草の陰にあった。どうやら独り言はこの場所を知っていて、真っ直ぐに向かっていたようだ。なんで知っているのか尋ねてみたが、まともな返事は返ってこなかった。質問されるとは思っていなかったようだ。

 3人で中へと侵入すると、思っていたよりも綺麗な街並みがそこにはあった。

 建物それぞれが区画一つを使っている、まるでオフィス街を思わせる街並みだ。違うのはどの建物にも大きなシャッターを擁した搬入口が設けられていることか。

 だがその建物はどれも同じように薄汚れていて、多分白だった壁はベージュとネズミ色の混ざったまだら模様になっていた。屋上にあるローンらしい看板が半ばで途切れている。窓ガラスは割れているものはあまり無いようだったが、汚れていて中の様子は見えにくい。指で軽く触れると砂埃がついた。ざらざらする指先を払って、周りを見渡してみる。

 見える範囲には撮影場所はないらしい。

 携帯を取り出してみると、圏外だった。



「廃墟は圏外が多いから、撮影は出来る」



 独り言が呟いて、ふらふらと歩き出す。廃墟の撮影をするつもりでいるのだろう、カメラを片手にしている。おじさんもため息をついて、別の方向へと歩き出した。



「二時間後、戻れ」



 僕たちが聞いているのか確認する素振りもなく、おじさんは背を向けて歩いていく。たしかにこの範囲ではまとまっているよりも、個別行動の方が効率的だ。

 携帯に保存していた動画画面を再確認して、二人とは違う方向へと向かう。

 誰もいない閉鎖された空間。こんなところにわざわざ来て、『踊ってみた』を撮っていた『みょに』を想う。

 彼女は何故、こんな場所に来たのだろうか。






 大通りがいくつも噛み合わせてある碁盤の目のような通りではなく、変形した多角形の隙間に通りを詰めたような街並み。三叉路や行き止まりもあり、位置感覚がおかしくなった頃に、その建物は見つかった。

 西日を避けるように背を向けて、東へ北へと歩き続けて一時間弱。途中行き止まりを戻ったり7回くらい角を曲がったりして辿り着いた、片側車線の両側に無機質なシャッターが並ぶ道の突き当たりの左。

 周りにあるのは普通の倉庫ビルなのに、その建物だけが奇妙にファンシーで浮いていた。

 緑色の壁は風雨と日光に晒されて、まだらに色褪せて濃淡ができている。はめ殺しの窓は一階だけではなく全部が同じ作りになっており、縦に5列、横に8列並んでいるが、どれも汚れて見える。二階部分に庇のような突き出した屋根があり、これは動画には映っていなかった。

 それがあったために色褪せが少なく済んだのだろう。二階から上と比べるとだいぶ色がマシに見えた。

 撮影していたと思われる場所へと歩き、携帯を取り出して見比べる。

 それが確かに同じ風景であることを確認して、なんだか自分が『みょに』を撮影しているような気分を味わう。実際に撮影できたらどれだけ楽しいだろうかと思い、捜索班の成果を願う。

 圏外になっている携帯から視線を外し、『みょに』が踊っていた様子を実際の風景に重ねると、ふと違和感を覚えた。

 多分、時間帯が違うのだろう。日差しの差し方が違うために光源の位置、印影のつき方が違うように思う。そもそも『みょに』本人がいないという最大の違いがある。

 違和感がそれだろうと思い、携帯をしまってどうやって戻ろうかと考えながら、ぼんやりとその風景を眺める。



「え?」



 そして、気がついた。

 吸い寄せられるように建物へと歩き、はめ殺しになっている窓に近づく。

『土』の木枠が上部に組まれた窓は、長年でへばりついた砂埃で埋められて、中の様子などほとんど見えなかった。

 動画が撮られたのは、古くても1ヶ月前だ。その前になると元ネタである『クレメンスるすれ』が存在しない。

 窓を指でなぞると、摘めるほどに砂が取れた。その跡から見えるのは、メモ書きされた紙が貼られた段ボール。どうやらそれが窓一面を埋めているらしいと気づいた僕は、携帯を取り出した。

 画面を拡大すると、違いが明白になる。

 動画の最後に窓越しの老婆がいた窓。それと同じ場所であるはずなのに、顔を近づけて見ないと中の様子など確認できない。

 動画では中に段ボールなどないが、それは後から積まれたのだろうか。閉鎖された倉庫街の奥にある、使われているとは思えない場所なのに。



 【はこ、ぬぅて 、しゃ】



 動画には老婆の声は入っていなかった。その言葉もコメント上で推測されただけで、本当は何を言っていたのかもわからない。



 【箱に詰めてしまう】



 でも僕にはその言葉が、そこに箱が積まれていることと無関係とは思えなかった。見えないはずの窓越しの老婆が、何かを箱に詰めて積み上げていく様子を想像して、首を振る。バカバカしい妄想だ。

 たまたま似た建物があって、外れを引いただけに決まっている。きっと同じ系列会社とかが、同じデザインのビルを建てているのだ。

 さっさと合流地点に戻って、二人の話を聞けばはっきりする筈だ。どちらかが当たりを引いているだろう。

 そう思って振り返ろうとした。




 肩が、掴まれた。






 目を覚ました時、【僕はコンクリート床の上に転がされていた。

 錆び混じりの埃とカビ、腐った水のような、淀んだ空気の臭い】にむせ返り、ほとんど動けないことに気づく。

 後ろ手に縛られた手は動かすと擦れて痛い。両足は膝と足首でそれぞれ結ばれ、手首にも繋げられているようで、身動ぎすると全身が苦しい。

 辛うじて動かせる首を動かすと、窓が見えた。

 アーチ型のはめ殺しの窓。上部に『土』型の木枠がはまったその窓。

 差し込んでいる日差しは部屋の中にいる僕の顔に影を落としていた。汚れた窓越しの人の形をした影が本当に人なのか、僕は確証が持てない。

 部屋の中には窓を避けるように段ボール箱が積み重ねられ、見える範囲に出口はない。

 苦しさを堪えながら体を反転させ逆を向くと、空いたままのドアの向こうに暗い廊下が見えた。




 誰もいなかった。




 僕を縛り付けて建物に運んだ誰かが戻る前に、逃げ出したかった。紐なのかロープなのかわからないが、なんとかして切らないと。

 人影が窓を割って助けてくれないだろうかと、そちらを向こうとして再び身をよじると、積まれた段ボール箱にぶつかってしまった。

 崩れてきたそれが身体を打ち、その重さと痛みに息が詰まる。呻きをこぼしながら目を開けると、目の前に箱があった。封が弱っていたらしいそれは、落ちた際に蓋が開いて中身が少し溢れていた。



 はみ出して乱れた長くて黒い髪。



 箱の中身が女性の頭部だと認識した途端に、充満した臭いが死体のそれだと気付いて、息を止める。しかしすぐに限界が来て息を吸って、むせた。

 吐き気と息苦しさに目を閉じて、逃げ出そうとして身をよじる。身体に乗っかった箱から逃れて、逃げ道を確認しようとした僕と、彼女の目があった。

 少しくすんだ長い黒髪の彼女が浮かべた、予想外のものを見つけたようなキョトンとした表情。

 声をかけようにも、この状況でなんと言えばいいのかわからない僕に、彼女が微笑みを浮かべる。

 それを見て、ああこれは夢だったんだと、僕は気を失った。



 首だけの『みょに』が笑っていた。








 探索当日のことは、途中で気絶をしたこともあって、あまりはっきりしていない。

 僕は警備員に見つかった時に気を失って、おじさんと独り言によって家に送られたらしい。

 僕が見た夢はなんだったのかと悩んだりもしたけれど、まぁ夢に意味を求めてもね。

 普段の生活に戻り、動画を漁っても『みょに』は消えたままだった。

 徐々に彼女への熱が冷めてきた僕は、動画をザッピングして新しい推しを探すうちに全部忘れるだろうと思った。

 でも今、僕はそれさえ出来ない問題を抱えている。




 R県P市から届いた郵便小包。



 差し出し人のないこの箱を、どうすればいいかわからず、もう一時間は見つめている。







どんな踊りなのか&曲なのか、は夢では見られませんでした。

もし『はこ、ぬぅて、しゃ』の夢を見た方がいらっしゃいましたら、動画が見られるかお試しください。

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