といしゃさん(2END)
『といしゃさん』の2話目ですが、基本的に各話完結しているので、前の話を読んでいなくても問題ないかと。
気になる方は、前の話もお読みください。
本話のタグ:「ホラー(?)」「フリーゲームっぽいネタ」「百合風味(小匙)」
多分、夢を見ていたのだと思う。猫がいたような気もする。
蝉の声に負けないくらいの大声は、野球部の掛け声だろう。今日も元気に走り込みをしているらしい。
目を開けると窓の外に浮かんだ入道雲。太陽は今日も全力で夏を披露している。
冷房の弱い教室では、袖もスカート丈も短くした夏服でも日差しに負けてだるくなる。授業中の誘眠効果もあり、いつのまにか寝ていたことは仕方ないと思う。
汗で少しベタつく腕枕は、額が当たっていた箇所が赤い。多分、額も同じくらい赤いだろう。
気怠くて二度寝しようか迷っていると、聞こえてきたのは教室扉が開く音。
「カナっち〜、まだ寝てんの〜?」
バタバタと走ってくる音が近づいてくる。
由奈は先に部活に行くって言っていたけど、呼びに戻ってきたのかな。
頭をあげてそちらへと向けると、体育着姿の由奈が肩で息をしていた。階段を駆け上がってきたのだろう。膝に手をついてうなだれて、息を整えている。
逆さまになったポニーテールが振れるのが、犬の尻尾に見える。
あー、犬。飼いたいな。
目の前で尻尾を振っているサモエドを、連れて帰ってモフモフしたい。
呼吸を落ち着つかせつつ前の席に座るのを、目で追う。
その犬の嬉しそうな笑顔を見ながら、ぼんやりと寝ぼけた頭で考える。さっき由奈がいたような気がしたけど、どこに行ったのかな。
眠気に負けそうになって目を閉じようとしたら、腕枕に顎を乗せられた。
「カナっちの枕はいただいたっ!」
何このドヤ犬、可愛い。
嬉しそうに笑顔を見せる顔を見つめていると、だんだん犬じゃなくて由奈に見えてきた。
「…………由奈?」
「お? 起きた? カナっちおはよう。もう放課後だよ。部活行こうよ」
「由奈……ちかぃ……」
組んだ腕枕が由奈の頭で抑えられて、離れようとしても物凄く近い。
首を頑張って後ろに引っ張っていないと、顔が触れてしまいそうで、何故か私の顔が熱くなっていくのがわかる。
「……へぁっ!?」
変な声をあげて、由奈が立ち上がる。
つられて立ち上がって、カバンを掴む。
「ぶ、部活行こうかっ!」
「そ、そうだねっ! 部活行こうっ!」
廊下へと出て、部室へと向かって並んで歩く。すれ違っていく他の生徒を目で追うと、由奈の真っ赤な顔が見えた。
顔だけでなく首まで赤くなっていくのは、きっと夏のせいだ。熱くて仕方ない。
強い日差しが差し込んでいる渡り廊下を、部室棟へと歩く。グラウンドから野球部がノック練習をしている音が響いている。
グラウンドから伸びる、裏門への通用路の方から声が聞こえて、四辻で足が止まった。
そのまま歩いて部室棟へと入った由奈が振り返る。日陰は涼しそうに見えたけれど、そちらへと向かう前に目の前を後輩が走り過ぎていく。
外回りを終えて戻ってきた陸上部の後輩たちだ。裏門から戻ってグラウンドへと走っていくコース上にあるこの場所では、たまにぶつかることもある。
由奈は部室棟の入り口で、私は四辻の校舎側に立って、後輩たちが通り過ぎるのを待つ。
ここは日差しを遮るものがないから、とても暑いし眩しい。
待っている私たちに挨拶していく子もいれば、そんな元気がない子もいる。そんな後輩たちとすれ違い、去年初めて見た由奈の姿を思いだした。
金髪テールを揺らして走っていた由奈が、とても綺麗だなと思って一緒に走ってみたくなったのが、入部したきっかけだ。
まぁ、未だに一緒のペースでは走れなくて、後ろから見てるんだけれど。
前の子を見つめて一心不乱に追いかけていく姿に、自分の姿が重なって見える。
更に暑さが増したように感じて、なにかを誤魔化すように髪を撫でると、ふと甘い匂いがした。
苺のように甘い、良い匂い。
なんだろうと思って匂いを辿ると、それは私の腕からしているようだった。
後輩たちが通り過ぎて部室棟へと目を向けると、日陰にいるのに首まで赤くなった由奈がいた。
「…………カナっちのエッチワンコ」
犬は由奈のほうだと言い返そうとして、気づいてしまった。
さっき由奈が首を乗せた腕枕。そこの匂いを嗅いでいる自分の姿。
苺のような少しすっぱくて甘い、良い匂いのもと。
これ、由奈の匂い?
「エッ……違うから! なんか良い匂いがして、何かなってなっただけだから!」
「カナっちのエッチ! エッチワンコ!」
「ワンコは由奈のほうでしょ! いっつも尻尾振って飛んでくるじゃん!」
「尻尾なんてないよ!」
「きゃんきゃん吠えてんなよ、ガキども?」
睨みあって言い合っていたら、横から冷たい声がした。
二人で固まって、視線だけでそちらをみると、陸上部顧問の不機嫌な顔があった。
多分、後輩たちのランニングに伴走していたのだろう。ジャージの胸元を少し開けて、胸元の熱を逃がしている。長い髪が綺麗に編み込まれて後ろにまとめられている分、鋭い目が釣りあがっているようにも見える。
足を慣らすように足踏みし、時折地面を蹴りつける。
「おまえらあれか? 別れた私への当てつけか? キャンキャンイチャイチャしやがって、デキてんだろ? 結婚式には呼べよ?」
「デキ……」
「結婚……」
苛立ち混じりに言われた言葉に、私と由奈がお互いを見る。
その真っ赤な顔が、そうなることを考えているように見えて、無意識にそうなった光景が思い浮かんでしまう。
身体中が暑くて火が出そうになりながら、見つめ合う視線が外せずにいると、隣から物凄く冷たい声がした。
「おまえら、続きは家帰ってヤれよ? おら! とっとと着替えて後輩どものストレッチ手伝ってこい!」
睨まれて怒鳴られて、私は由奈へと追い払われた。そのまま彼女の腕を掴んで走りだす。
あつい。
先生から逃げるように走りながら、二人で顔を見合わせる。部活前に汗だくになった気がして、なんだか笑えてきた。
「……由奈、大好き」
「私も、カナっち大好き」
きっと、いつか本当にそんなことになるのだろう。
そんなことを思いながら、私たちは笑いながら走った。
エンディング2.いつか二人で(ハッピーエンド)
ドヤ犬は可愛い(確信)。
実際に腕枕を奪う機会があったら、ぜひお試しのうえでドヤってください。