といしゃさん(1END)
フリーゲームにありそうな感じのネタです。全5話くらい。
基本、各話1プレイの感じで終わっているので、途中だけ見ても問題ないかと。
本話のタグ:「ホラー」「フリーゲームっぽいネタ」「百合風味(微小)」
多分、夢を見ていたのだと思う。猫がいたような気もする。
聞こえてくる掛け声は野球部だろう。今日も元気に走り込みをしているらしい。
目を開けると窓の外に浮かんだ入道雲。太陽は今日も全力で夏を披露している。
夏服は冷房の効いた教室だと、袖もスカート丈も短くて少し寒い。だからブランケットと枕は授業中の必需品だと思う。
猫の顔が描かれた枕を抱き寄せて顔を埋める。
実際の猫とは違って柔らかな布地に包まれ、私は夢で猫と戯れようと目を閉じた。
聞こえてきたのは教室扉が開く音。
「カナっち〜、まだ寝てんの〜?」
由奈の声がして、バタバタと走ってくる音。
顔を逸らすように首を回すと、まぶた越しでもわかる日差しに視界が明るくなる。
授業中はカーテンを閉まっていたのに、帰りに誰か開けていったのか。
そう思っていると、ガリガリという音がして眩しさが遮られた。
由奈が椅子を動かして座り、私の顔を覗き込んできたらしい。
「……寝てる? 起きないと怖い話するよ〜?」
苺のような甘い香りがして、じっと見つめられているのがわかる。
少し薄眼を開けると、金色の髪がキラキラとしているのが見えた。
由奈は怖い話が好きで、あちこちから仕入れては教えてくれる。でも話が下手なので怖いと思った事がない。
「えっとねー。『といしゃさん』ってんだけどね。四辻で待ってると、質問されるんだって。んでね、答えちゃいけない質問に答えると、悪い事が起きるんだってさ。怖くない?」
怖い話って要約すると台無しだなぁ。
怖さを説明しようとする由奈の声が心地よくて、額に触れる吐息が快くて、微睡みが深くなる。
あぁ、ずっとこうして眠っていたいなぁ。
「……狸寝入りかな? カナっち〜、起きないとキスしちゃうよ〜?」
由奈は本当にするから困る。目を開けると、笑顔で見つめている由奈の顔が真近にあった。柔らかいパープルピンクの薄い唇も。
その感触を思い出して、顔をそらしながら起き上がった。
「お、カナっち起きたね。そんじゃ、アイス食べに行こうよ。バイト代入ったから奢るよ〜?」
「よし由奈。行こう」
邪魔なブランケットと枕をバックに詰めながら、私は教室の扉へと向かう。
もう由奈、なんでまだ座ってるの。早くしないとアイスが溶けちゃうよ?
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
田舎の夜道は明るくてうるさい。
夏真っ盛りの今はカエルと蝉が大合唱だ。
街まで出かけると、つい時間を忘れてしまう。遅くなった帰り道には人影もない。あったらあったで怖いんだけど。
駅から歩いて15分。田舎にしては近い家は、駅前のロータリーを超えて、国道を超えて、まばらな家の脇を抜けて、田んぼを超えてたどり着く。
由奈の家はもう少し近くて、たまにバイクで畦道を歌いながら走っているのを見かける。
畦道を歩くと視界は開けて、星明かりで周りも良く見える。やっぱり人影はないけれど、猫さんと目があった。この近辺に住んでいる三毛猫さんだ。
「にゃー? お散歩ー?」
猫撫で声で話しかけると、猫さんはそこに座った。「みゃーん」と返事をしてくれたので、しゃがみこんで頭を撫でる。グルグル、ゴロゴロと喉を鳴らすので、もっと撫でてあげるとお腹を見せてくれる。
でも彼はお腹を撫でられるのは嫌いらしい。
揉むようにお腹を撫でていたら「うにゃっ」と一言残して去っていった。
さて、私も帰らなきゃね。今何時だろうかと携帯を取り出しながら立ち上がる。
べしゃり、と何かが落ちたような音がした。
振り返っても何も落ちていない。近くには実が落ちるような木もない。カエルが田んぼに飛び込んだのかな。
「質問をしてもいいかい?」
「ひぅっ!?」
突然、声が聞こえた。変な声が出て、驚いて振り返る。
でも、誰もいない。
暗い田舎の畦道の四辻。道の先まで星明かりで照らされているから、隠れる所なんてない。
ぐるりと見回して見ても、どこにも誰もいない。
由奈の怖い話のせいで、変な幻聴でも聞こえたのかもしれない。
だから、聞こえないのは気のせいだ。
そう思いながら畦道を歩いた右膝が、何かにぶつかった。バランスを崩して支えようと上げた右手が、上がりきらずに何かにぶつかる。
そのまま倒れそうになり、頭が何かにぶつかった。
右膝と、右手首と、額。
不自然な体勢で支えられている。
「……! いやっ!」
まるで誰かの手が掴んでいるような感触に、離れようとして左手を伸ばすと、その手首が掴まれた。
恐ろしさに身体をよじると、私の身体はあっさりと畦道へと倒れた。
交差する畦道の四辻、その真ん中に。
明らかにおかしいとわかっていたけれど、認めたくない。
カエルも蝉も、居なくなったように静かな四辻。
その真ん中に倒れた私の手足が、再び見えない手に掴まれる。
恐ろしくて声も出ない。
「君の名前を教えてくれるかい?」
かけられた声に、びくりと身体が震える。逃げたくても、立ち上がることさえ出来ない。
畦道の轍を避けて伸びた草が目の前にあるけれど、見えない手に抑えられた身体はビクともしない。
何が起きているのかわからずに、頭は混乱していく。
その私の腰のあたりで、何かが動いた。
まるで蛇が這っているような不快感。
右の脇腹あたり、踏みしめられた土の下で何かが動いているような感触。
それはゆっくりと私の下から這い出して、少しの間をおいて目の前に落ちてきた。
電車の定期を入れた、パープルピンクのパスケース。
目をそらすこともできずに、パスケースを見つめる。色が気にいり買ったそれが、とても不気味に見えた。
でも、パスケースは動かない。
抑えつけて問いかけてくる誰かが、何かが取り出したのだとわかり、叫び声が溢れる。
「いやだっ! 離して! 離してよっ!」
「君に家族はいるかい?」
暴れても、抑えつける力には勝てない。土を引っ掻いて、いも虫のように身悶えている私は、狂ったように叫んでいる。
父さんや母さんを呼んでも、声は届かない。誰もいない。
田んぼの中にある畦道を星明りが照らしている、いつも通りの景色。
その中で私の叫びは虚しく消えていく。
「この中身はなんだい?」
ファスナーが開く音がして、漫画や化粧品、制汗スプレーなど、カバンの中身が浮かんでは落ちる。
まるで見えない誰かがいて、中身を確かめているように思えてくる。取り出しては「これはなんだい?」と問われる度に、だんだんと声が大きくなり、増えているように感じる。
助けを求めて視線を巡らせると、いつのまにか落としていたらしい携帯が見えた。
必死になって手を伸ばそうとしても、腕が軋んで折れそうなほどに抑えられる。
ずぶり、と。
腕が畦道に沈む。
まるで田んぼの泥に飲まれるように。
全身が沈められて殺される。
いや、もしかしたら、どこだかわからない場所へと攫われるのかもしれない。
「助けて! 助けてください! 誰か助けて!」
腕も脚も、腰も背中も。
無数の手で掴まれて、抑えつけられて、ずぶずぶと沈んでいく。
それなのに、私の目に見えている景色はいつもと同じ。
何も変わっていない景色が、私が消えても気にするものが何もないと言われているようで、恐ろしい。
「信頼できる友人はいるかい?」
耳元で問う声は、混ざりあっている。
冷たい声。楽しげな声。怯えた声も。
私は、その声を聞いて理解してしまった。
きっと私も、その一つになってしまうのだろうと。
「由奈! 助けて! ゆなぁぁぁっっ!」
大好きな由奈の顔が思い浮かんで、私は必死になって呼んだ。
近所に住んでいる由奈になら、聞こえるかもしれない。助けてくれるかもしれない。
お願いだから、助けて。由奈。
「■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■?」
それはなんと言ったのだろう。
叫び続ける私には、問いかけは聞き取れなかった。
とても小さな声で、耳元に囁かれた問いかけ。
それが由奈の声だったように思いながら、私は完全に沈んだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
目を開けると、星空が見えた。
自分がどこにいるのかわからず、立っているのか倒れているのかさえわからない。
「…………生きてる……?」
手足を動かすと、僅かに抵抗があって息をのむ。
手を伸ばすと、泥だらけの腕が星空へと伸びた。
力を込めて上体を起こし、まとわりつく泥から剥がれる。
周りを見て、自分がどこにいるのかを確かめて、吹き出した。
どうやら私はマヌケにも田んぼに落ちて、気を失ったらしい。
泥だらけで座っている自分がおかしくて、でも同時に安堵した。
定期も携帯も、ポケットの中にちゃんとあった。
少し離れたところに落ちていたカバンを見つけて、泥に掴まれながら立ち上がる。
沈み込む脚は一歩進む度に泥に埋まり、掴まれたように重い。
でも私はなんだかおかしくて、笑いながらカバンを拾って、畦道へと向かった。
カバンの中身も、制服も携帯も泥だらけ。
買い換えないとダメだろう。
帰り道で田んぼに落ちたなんて、由奈が聞いたらどんな顔をするだろうか。
そんなことを想像しながら、星明りに照らされた畦道を歩く私の笑い声は、きっと遠くまで聞こえたことだろう。
だって、カエルも蝉も鳴いていないのだから。
笑いが止まらない私は、足を止めた。
田んぼの中に落ちているバイクが、泥に塗れながらライトでそれを照らしているのを見て、笑い声が引きつった。
泥に浸かった金髪。その下にある歪んだ顔が、私には誰だかわからず、笑う。
さっきの私と同じように、星空を見上げている彼女。
その首だけを空へと向けて、うつ伏せで田んぼに沈んでいる彼女。
「……ガ…………ナ………」
それがカエルのように濁った声を漏らして、まるで私の名前を呼んだように思えて、笑う。
まるで止まることのない笑い声が誘ったのだろう。
田んぼから笑い声が聞こえてくる。遠くからも、聞こえる。
カエルも蝉も、壊れたように笑っているのに、目の前にある由奈の声だけが、濁っている。
まるで田んぼの泥のような声で、彼女は私を呼び続け。
その隣の畦道で、私はいつまでも笑い続けた。
エンディング1.星下狂笑(初回固定バッドエンド)
基本的にはハッピーエンドを書きたいのだけど、なぜバッドエンドばっかり思いつくのか……不思議です。