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海賊王の料理人

「彼は厳密に言えば亜人だった。それは巧妙に隠匿されていたが、彼の中には凶暴な獣の血が流れていた。それは、彼の生い立ちの中で暗く深い根として刻まれていた」



『海賊王の料理人』



 ワシは蒼林国出身の料理人ジョンじゃ。本名はジョンシュー=ランウォン。蒼林の文字は難義やろうけど、柊樹蘭王と書くんや。難しいやろ。

 国には両親と爺さんと、上には姉さん、下には双子の弟がおった。蒼林国の北にある小さな集落の生まれじゃ。

 蒼林国っちゅうのは、ちぃっちゃな領土のくせして国内でずーっと戦が続いとる国でな。皇様と、それに反発するお偉い方の権力争いがずーっと続いとったんや。農村、漁村で獲れる食いモンのほっとんどを、戦争の食料としてお偉方がみぃんな持ってってしもうたんや。

 ワシら下々の者は食う物に日々頭を悩ましとってな、毒のある食材でも工夫すれば食えるっちゅうて、先人の知恵やったり自分たちで研究したりと、とにかく貪欲やった。せやから何でも食った。動物も魚介も、肉の付いてるもんは何でも食うたわ。そうやってやっとこさ拵らえたもんすらも、しょっちゅうお偉い方に取り上げられたもんや。

 まあそんなやから、末の弟は生まれてそう長い事は保たんかった。双子っちゅうても、強い弱いははっきり出るもんでなぁ。

 せやから、食い扶持を減らす為にワシは十の頃には家を出た。爺さんが獣人でな、ワシはその血を割りかし濃く引いとるから頑丈やったんや。上の姉さんを奉公に出すワケにもいかんからな。下の弟も一人おったし、体力があるワシが奉公に行った方が稼げるじゃろうっちゅう事じゃ。

 集落から海沿いの街の干物屋に奉公に行ってな、そこで包丁の使い方を習った。ところが爺さんの血が濃過ぎで、体内魔力が結構多かったんやな。闇の力、物を腐らす力がある日突然覚醒してな、食材をまともに触れんくなってしもうたんや。どうしたらええんやろと悩んどったらな、先輩の料理人が魔力の制御の方法や、腐らす力を発酵させる力に制御して使う事を教えてくれたんや。

 なんせ干物屋やからな!乾燥発酵は日常業務や。酒盗(しゅとう)っちゅうてな、魚の内臓を使こう塩辛……発酵させた加工品やとか、鰹節とか、そりゃ色んなもんを拵えたわ。そうしてワシは魔力の有効活用を覚えた後、武者修行の旅に出る事に決めたんや。

 いやあ、実を言うとな、下宿先に置いてあった絵本を読んで、世界中を旅してみたいと思うようになったんよ。

 知っとるか?『五獣の料理人』って話や。うんまいもんを探して世界中を旅した料理人が、聖獣から肉を分けてもろうて最期の晩餐を作る話や。供物信仰の亜種やろうけど、ワシはあの話が好きでな。ワシも世界中旅して色んな食材を食い尽くしたいと思うようになってな。家に送る仕送りの他で金を貯めてな。十八の頃には干物屋から送り出されて船に乗ったんや。

 ワシが海賊王ラースタチカと出会ったのは、旅を始めて六年くらいしてからかのぅ。当時からなんつゅうかなぁ、あんお人は人を惹き付けるモンを持っとる人やったなぁ。



 蒼林国から南東周りでバルツァサーラに回って、そんで商船だの海賊船だの、海を越えて乗してくれる船なら何でも乗った。蒼林を出立して、バルツァサーラ、コスタペンニーネ、そんでようやっとゴーンブールに渡ったのが旅立って六年くらいしてからじゃ。乗してくれる船を探す間は、港の食い物屋で仕事しとった。旅の料理人を乗してくれる船ってのも中々おらんくてな。

 バルツァサーラ辺りじゃあ銀狼海賊団っちゅう結構デカイ海賊団の船に世話んなっとったんや。そうそう、ピエール船長の海賊団や。あそこは獣人ばっかりの船やったから、飯の作り甲斐があったもんや。

 んで色々あって、やっとこゴーンブールに辿り着いた頃の話や。ゴーンブールはフレイスブレイユとも陸続きで、色んな食い物があるんやろなーって楽しみにしとったん。陸路も海路もようさん開発されとるって聞いとったし、足の確保は簡単やろと思っとったん。

 けんどな、次の移動はどうしようかと悩んでる間、港街の食い物屋で働かして欲しいっちゅうて当たったんやけど、何処の店でも断られてな。何や景気の悪い街やなぁっちゅうてさっさと移動する事を決めたんよ。んで酒場行って船の船長だ水夫だのに片っ端から乗してくれへんかって聞いて回ったんやけど、ナシのつぶてでなぁ。食い物屋だけじゃのうて、船乗りもなっかなか話を聞いてくれへんのや。

 後から知ったら、なるほどなぁって理由があってな。ゴーンブールの港街界隈は下手に海からの旅人を雇ったり同行させたりすんと、海賊行為幇助の罪に問われるんやと。当時そんな事も知らんかったから、やれこの国の住民は不親切やっちゅうてキレまくっとったわ。


 自棄酒するにもその街の酒場は湿気とってなぁ。麦酒も温ければ地酒もあんまし置いとらんで、ホンマどないしてくれようかと腹の虫が収まらんかった時や。

「何だよこの不味いエールは!ふざけてんのか!」

 カウンター越しに店主に食って掛かった男がおって、酒場中の視線を集めとった。淡い緑色の髪の男でな。派手な顔をしとるもんだから、余計に注目の的じゃ。

「コッチは金払ってんだぞ!こんなシケたもんしか出さねぇのか?天下のゴーンブールの酒場も高が知れてんなぁ、オイ!」

 かく言うワシも虫の居所が悪ぅてな。その男の言い分はよぉく分かったもんじゃから、一緒になって酒場の主人に絡んでしもうたんや。

「おう!あんちゃん、よう言うたな!ワシも腹に据えかねとったところじゃ!言うたれ言うたれ!」

「気が合うな!見ろ店主、やっぱりお前のとこのエールは不味いんだよ!代金返しやがれ!」

「う、うるせぇ!憲兵呼ぶぞ、余所者は黙ってやがれ!」

「んだとテメェ!余所者を邪険に扱うとどうなるか分かってんのか!」

「そうじゃそうじゃ!この港街の悪評が広まったら困るのはお前らやぞ!」

 俺たちの街に海賊は不要なんだ、と叫ぶ店主に、思わず「ワシは海賊じゃあにゃあわ!」と叫んだ途端、ほぼ同時に緑髪の男が手元の酒瓶で店主の頭をぶん殴ったんや。おお!ようやったわ!っちゅうてワシは大喜びじゃ。

「海賊がいらねぇたぁ、何処の口でほざいてやがんだ!てめぇらが口にしてる塩や香辛料が何処から、誰の手で運ばれて来てると思ってやがんだ!」

「海賊だ!憲兵を呼べ!」

 緑髪の男が叫ぶ声よりでっかい声で、酒場の客が騒ぎ立てよった。これはアカン。そろそろ引き際や。

「あんちゃん、引き際や!それ以上はアカン!兵隊が来よったら面倒事や」

「……くっそ、潰れちまえこんな店!」

 捨て台詞を吐き捨てた緑髪の男と並び、ワシも急ぎ店を出て走った。「こっちだ」っちゅうて路地裏に駆け込んだ男の後を追って、ワシも街の奥に駆け込んだんや。路地裏を右に左にと随分走り回った後や。港を前に一旦立ち止まり、大通りに憲兵が居ないか警戒するとな、男が言うたんや。

「よし、あの金縁の船だ。行くぞ」

「何や、匿ってくれるんか?」

「この際だ、何処に逃げようと同じだろ。アンタあっちこっちの船に乗船依頼してただろ。来いよ、ウチの船」

「ほほぉん。あんさんとは気が合いそうや。ワシゃぁ名前をジョンシューっちゅうんじゃ」

 名乗ると同時にシッと手で会話を遮られた。路地裏へと数歩引き返せば、憲兵たちの一団が港の手前を横切って行きよった。

「えぇと?ジョン?名無し(ジョンドゥ)じゃねぇよな。まあよろしく頼むぜ。アンタの舌は信頼出来そうだ」

 ジョン・ドゥやないわ、何やしっかり聞いとってくれや。そゆとこ気にせんのが海の男っちゅうワケかいな。

「ジョンけ、はは、ええなそれ。よろしゅう頼んますわ」

「俺はラース。ラースタチカだ」

 それがワシと船長はんの出会いッちゅう訳や。海賊船やったら乗った経験もあったし、食わせでがあってええやないかってな。

 それで仕舞い?まあ仕舞いっちゃあ仕舞いなんやけどな。それじゃあつまらんか?

 ほんなら、とっときの話をしちゃろうか?海賊王ラースタチカの秘密の一つや。それくらい話さんと、先生さんには失礼かのう。

 なんや、ええやないけ。もうこの話も時効やろ?なあ海賊王。


 ワシが船に乗って暫くしてからじゃの。船長が必死の形相で陸に上がると言い出しての。何事やと水夫一同で不思議に思っとったんや。ワシら水夫には、ある港に向かうっちゅう事しか伝えられんでな。そりゃ海賊団の初期の頃やからな。全盛期に比べたらまだまだ船長の独断で動いとったんよ。

 んで文字通り血眼で船長が港に上がってったもんで、ワシはちぃと気になってしもうてな。食材の買出しついでに、船長追っかけて港に降りたんや。ワシゃあ、ほら?ちぃっとやけど獣人の血ぃ引いとるから、カンが働いたんやな。

 船長がが入ってた宿の角で少し待っとったんよ。気分は密偵って感じやったな!

 したら、程なくして船長がシーツに包んだ『食材』を抱えて出て来はったん。ワシは一目でやってもうたなぁーって溜息が出たわ。

 すぐさま路地裏に入ってった船長とっ捕まえたら、えっらい形相でなぁ。船長はワシに向けて銃を構えて来たくらいや。それをどうどうって落ち着けてな。

 ……何や、今更やろ。最後まで話させぇや。んで、ワシはこう聞いたんや。

『そいつは食うんか、隠すんか、取っとくんか?』


「ああ!チクショウ、そうだそうだ!だから俺は答えたんだ。『エリーを残したい』ってな」

「いっひっひ……んで、船長に海岸に行って、ちいと待っとれっちゅうてな。ワシは金物屋に寸胴と出歯包丁を買いに走って、海岸で落ち合ったんや」

 その後は簡単な解体作業やな。浜辺の端っこにやぐらを組んで、首外して吊るして内臓取り出してバラして、煮詰めて完了や。

「一人でやったんじゃなかったのか。ジョンの手伝いがあったんだな」

「何や、船長そげな大口叩いとったんか」

「いいだろ、とっておきの武勇伝くらいデカく盛ったって」

 ぷっと頬を膨らませた初老の男を横目に、酒の器を空ける。

 確かに酒の席で振舞う武勇伝としては、ネタバラシはせん方がうまみがあったかもしれんなぁ。まあ、ワシをこんな席に呼んだのが運の尽きっちゅうワケやな、海賊王はん。


 何やて?何でワシがそげな船長の手伝いが出来たかて?

 言うたやろ。

 集落で食い扶持に困って、ワシらは餓鬼の頃から何でも食うたってな。

 獲れるんやもん、さぶらいの肉が、仰山な。



おわり


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