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名探偵 vs 監督

「犯人は……貴方ですね! 女将さん!」


 人々が集められた小庭に、まだ幼さを残す少女の、やや上ずった声が響き渡った。


 彼方此方(あちらこちら)に田園や山の景色が残る、片田舎の小さな民宿。六畳分ほどの小さな庭に、ぎゅうぎゅうになった人々の中で、一人の女性が青ざめたように顔を強張らせた。


「そ、そんな……!?」

「まさか、女将が犯人だなんて……!」

 少女の一言で、人々の輪に不穏な騒めきが広がって行く。皆一様に信じられないと言った表情で、少女に名指しされた妙齢の女性を振り返った。


「女将さん……貴方は昨日の夜、宿泊客の一人を納屋に呼び出し、そこでロープを使って首を絞めた……」

 やがて少女が、ひしめき合った人々が静まるのを待って、訥々(とつとつ)と語り始めた。


「貴方と、殺されたジュンペイさんは十数年前に東京で出会い、同棲していたそうですね。それから貴方は地元に帰り別の男性と結婚。二人の間に、何があったのかは知りませんが……」

「……ッ!」

「……数日前からこの旅館で寝泊まりしていた被害者と、貴方が夜な夜な言い争いしているのが、地元の人に目撃されていますっ!」


 ポニーテールの少女……新米探偵・嵯峨峰岬岐(さがみねみさき)は、小刻みに震える女将をしかと見つめ、力強い声でそう言い放った。

 森の奥から、夕刻を知らせる烏の甲高い鳴き声が聞こえてくる。それほど、民宿の小庭は水を打ったように静まり返っていた。誰もが固唾を飲んで、探偵と女将、どちらかが次の言葉を紡ぐのを待っていた。


「……のよ」


 やがて、長い沈黙を破ったのは、女将の方だった。

 女将の顔が西日に染まり、その端正な顔立ちに暗い影を落としていく。

「……仕方、なかったのよ。あの人が……ジュンペイさんが、私の古い写真を持ち出して、お金を揺すってきたから……!」


 それは、この民宿で起きた殺人事件の、犯人の自白に他ならなかった。

 がっくりと首を垂れた女将は、そのまま倒れ込むように前の人の肩にもたれ掛かった。誰もが驚き慌てふためく中、岬岐は、緊張の糸が解れたようにようやく表情を和らげた。


 良かった。わたしの推理、間違ってなかった……。 

 

 岬岐は心の中でホッとため息をつき、少し誇らしげに胸を張った。

「女将さん……」

 岬岐はゆっくりと一歩前に出て、崩れ落ちる女将を見下ろした。

「ダメですよ……殺人は、ダメです。法律的にも……やっぱり、ダメです」

「うぅ……」

 岬岐は最後に、泣き崩れる犯人を諭す『名言っぽい一言』を言おうとして、でも緊張しすぎてありきたりなことしか言えなかった。複数の宿泊客に支えられた女将が、目を真っ赤にして探偵少女を見上げた、その時。

「はいカットォッ!!」

「え??」

 突然、人々の輪の中から、丸いサングラスをかけた白髪の老人が大声を上げた。所々穴の空いた服を身にまとった、何とも怪しげな(ジジイ)であった。(ジジイ)は黄色いメガホンを振り回しながら、所構わず唾を飛ばし始めた。


「ダメダメ、やり直し!」

「や、やり直し……??」

 不意に現れた(ジジイ)の怒鳴り声に、岬岐を始め、その場にいた全員がポカンと口を半開きにした。

「監督!」

 すると、何処からともなく黒服の男が半笑いでやってきて、腰を折りながら老人にミネラルウォーターを手渡した。


「ここにいらっしゃいましたか、監督」

「誰よ、この人たち?」

「それで監督。如何(いかが)でしょうか、今回の殺人事件の出来は……?」

「ダメだね。全ッ然、ダメだよこんなの。こんなの、全国じゃ使えないよ」

「全国?」


 集められた人々が、訝しげな表情で二人のやりとりを見守った。

「そもそもだなァ。折角劇場でやるのに、ロープって何だよロープって」

「ちょっと地味でしたかね?」

「地味なんてもんじゃないよ。もっと爆薬とか使って、ドカーンと派手に行かなくちゃ。派手に!」

「ですね」

「観客は刺激を求めてんのよ。なのにロープって……」


 (ジジイ)はなおもブツブツとぼやきながら、黒服の用意した折りたたみ式の椅子に腰掛けた。皆が呆気にとられる中、黒服は内ポケットから扇子を取り出し(ジジイ)を仰ぎ始め、(ジジイ)(ジジイ)でプカプカと葉巻を吸い始めた。


「大体動機にしたってさ、もっとグッと来るものいくらでもあるでしょ? 今時痴情のもつれに金絡みって……ワイドショー見てんじゃないんだからさぁ。ねぇ、井納クン」

「ですね」

 井納と呼ばれた男が、壊れた人形(ボブルヘッド)みたいに首をカクカクと上下に動かした。(ジジイ)は口から白い煙を吐き出すと、小庭に集まった人々を見回して、「フン」と鼻息を荒くした。


「何故もっと、画面を広く使わない? こんな、小っちぇえ庭に大勢集めて……折角劇場版なんだから、舞台にもっと金かけないと。ねぇ、井納クン」

「ですね」

「あ、あのぉ〜……。失礼ですが、貴方たちは?」

「ン?」

 困惑する全員を代表して、岬岐がおずおずと二人に話しかけた。

「あぁ、キミ!」

 (ジジイ)は岬岐の姿を一目見ると、大げさに仰け反ってメガホンを振り回した。


「キミが今回の探偵役だね。監督の徳永です。よろしく!」

 (ジジイ)は黄色い歯を剥き出しにして、岬岐に右手を差し出した。岬岐は苦笑いを浮かべ、後ずさりしないように必死に足を踏ん張った。

「いやあ、実は君の推理をずっと見てたんだがね。中々良い演技じゃないか、若いのに気に入ったよ。ハッハッハ!!」

「は、はぁ……? どうも」

「だけどキミ、最後のアレはいただけないね」

 それまで笑っていた(ジジイ)の顔が、急に険しくなった。(ジジイ)は、岬岐を品定めするようにジロリと()()けた。


「探偵として、犯人にかける最後の一言。要はクライマックスなんだよ。教訓めいた台詞でも良いし、比喩を使って犯人を諭したり、咎めたり……。とにかく観ている人を納得させる台詞じゃないとさぁ。『殺人は、ダメです』って言われて、『ああそうか、殺人はダメだったんだ』なんて犯人(ヤツ)、いると思うか?」

「それは……確かに、すみません」


 岬岐は、気がつくと何故か謝っていた。(ジジイ)が大げさに天を仰いだ。


「『殺人は、ダメです』じゃちょっと弱すぎるよ。『真実はいつもナントカ!』とか、『ナントカチャンの名にかけて!』とかさぁ。そう言う力強いキメ台詞がないと、いまいち探偵としてのキャラ付けがね。逆に、そう言うキャッチフレーズができてこそ、一人前と言う気もするんだよね」

「はぁ。キメ台詞(キャッチフレーズ)、ですか……」

「折角の劇場版なんだからさ、キメ台詞(キャッチフレーズ)はもっと派手に行こう。『許さんぞ犯人! 絶対殺してやる!!』みたいな」

「それじゃ本末転倒じゃないですか!?」

「最近じゃそう言うのが流行ってんだよ」

「いや、流行ってるとかそう言う問題じゃなくて……!」


 (ジジイ)は徐に立ち上がり、集まった人々に向かって両手を大きく叩いた。

「じゃあ皆。明日は『絶対殺してやる!!』のシーンから、撮り直すから!」

「えーッ!?」

 これに慌てたのは岬岐であった。

「嫌です、私そんな台詞言えません!! 勝手に私を変なキャラにしないで下さい!!」

「じゃあみんな、お疲れ! 今日はゆっくり休んで、第二の殺人(テイク2)に備えてくれ!! 撤収ッ!!」

「嫌ですってば! 第二の殺人(テイク2)って何ですか!? ちょ、ちょっと……きゃあっ!?」

 突如、小庭の向こうで爆薬が派手に爆発した。立ち上る爆炎を背景(バック)に、(ジジイ)は黒服と一緒に嵐のように去って行った。


「何、あれ?」

「さぁ……」

 後に残された人々は、唖然とした表情で顔を見合わせるしかなかった。

「うぅ……」

 しばらくして、徐々に小庭が静けさを取り戻した。岬岐は全身を(すす)だらけにしながら、同じく立ち尽くす女将に頭を下げた。

「すみません女将さん……私が、気の利いた一言を言えないばっかりに……」

「いいのよ。おかしいのは、あの人たちだから」

 女将が真面目な顔をして頷いた。

「それより……さっき探偵さんが全力で拒否る姿を見て、私もやっと思い知らされたわ」

「え……?」


 女将はほほ笑みを浮かべながら、頬を真っ黒に染めた岬岐をそっと抱きしめた。

「”人生にはやり直しも、撮り直しもない”……”2回目はない”。限りある命だからこそ、大切にしなければならないと……貴方は監督に、そう言いたかったんでしょう?」

「え? えぇ……まぁ」

「”殺人事件には劇場版も、通常版も関係ない”。監督に反発する姿勢で、貴方はそう伝えたかったのね?」

「そ、そうですね……」

「女将……流石だ」

「カッコいい……!」


 気がつくと、集まった人々が女将に自然と拍手をしていた。

 女将の腕の中で確かな温もりを感じながら、岬岐は滲んだ空を見上げた。すっかり陽の沈んでしまった空には、銀色に輝く三日月や瞬く星々が、傷ついた人々を優しく包み込むようにどこまでもどこまでも広がっていた。

 こうして、片田舎の小さな民宿で起きた殺人事件は、女将の気の利いた一言によって、静かに幕を閉じたのだった。 

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