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名探偵 vs CM

「一体どう言うことなんです、探偵さん?」


 冷え込んだ空気の流れ込む地下の工房に、男の掠れ声が転がった。

 男の声は狭い工房の中で幾重にも木霊し、集まった人々の耳の奥で体鳴楽器(シンバル)打奏太鼓(ティンパニ)の如く残響した。誰もが皆身を縮こまらせながら、工房の一番奥に陣取っている、若い探偵の次の言葉を待っていた。服を擦り合わせる音すら聞こえてきそうな沈黙が、集められた四、五人の間に重たくのしかかった。


「とうとう分かったんですよ……この事件の犯人が」

「え!?」

 やがて若い探偵は、地下の工房で身を寄せ合う関係者を振り返って、ゆっくりとそう口にした。

「なんだって?」

「本当か!? 岬岐(みさき)ちゃん」

「ええ」

 途端に、地下室の中は蜂の巣を突いたような騒ぎになった。岬岐と呼ばれた若い探偵は、ポニーテールを翻し、自信たっぷりに宣言した。


「今回の連続殺人事件の犯人! それは、この中に」

「ちょっと待った!」

「ぃ……へ??」


 新米探偵・嵯峨峰岬岐(さがみねみさき)が、彼らの前で人差し指を天高くかざし、振り下ろそうとしたまさにその瞬間。突然地下工房の入り口が開かれ、ドカドカと大量の男たちが雪崩れ込んできた。タイミングを削がれた岬岐は、思わず素っ頓狂な声を上げた。


「な……ななな何ですか貴方たち? 今、ここは推理の真っ只中で……」

「分かってますよ。はい、一旦CM入りまーす!!」

「「「ハァイ!!」」」

「きゃっ!?」

 頬を紅潮させ抗議する岬岐を軽く押しのけて、モジャモジャ頭の若い男が声を張り上げた。ただならぬ緊張感を漂わせていた地下の刃物工房に、仰々しい機材を担いだ男たちが何人も押し寄せて来る。テレビカメラ、棒突き集音マイク、ミラー……次々に運ばれてくる機材に、岬岐は目を白黒とさせた。


「な、何なんですか? これ?」

「何って……CMですよ。コマーシャル。見たことあるでしょう?」

 呆然とその場に立ち尽くす岬岐に、モジャモジャ頭がヒゲをボリボリと掻きながら答えた。

「はいスタート! 15秒ね!」


 工房には大量のカメラが押しかけ、集まっていた関係者たちの面前で、突然撮影が始められた。マイクを握りしめたスーツ姿の男が前に出てきて、カメラに合わせて、重低音ボイスでナレーションを始めた。

『魅惑の刃物工房・”よもぎ”。30年の歴史を持つ伝統の工房で、あなただけのマイ包丁を手作りしませんか? 今なら刻印サービス付き。お問い合わせは……』


 ナレーションに合わせて、カメラがぐるっと回って工房を映し出す。レンズを向けられた関係者たちはどう対応していいか分からず、ぎこちない笑顔で小さく手を振っていた。最後にカメラは岬岐の顔を映し出し、彼女のドアップで撮影は終了した。


「ちょ……かっ勝手に撮らないでくださいっ!」

「はいカットォ!」

「「「ハァイ!!」」」

「撤収ゥ〜! 次は10分後ね! 巻きで、巻きで! スポンサーさん詰まってるから!」

「「「ハァイ!!」」」


 モジャモジャ頭の音頭で、撮影班の男たちがドカドカと工房を出て行く。後に残された岬岐と関係者たちは、しばらくぽかんと口を開けてその様子を見守っていた。


「な……なんだったの? あれ?」

「さあ……?」

 不安げな顔を見合わせる関係者たちに、岬岐は気を取り直して咳払いを一つした。

「み、皆さん! 落ち着いてください。妙な邪魔は入りましたが……今は、事件です!」

「そうだった! 我々は、大切な友人を殺されてたんだよな?」

「うっかり包丁を買うところだったわ……」

 岬岐の言葉に、全員がハッとなって再び彼女に注目が集まった。岬岐が頷いた。


「皆さん。実はですね、犯人はこの工房の包丁を使ったんですよ」

「何だって!?」

 CMが開け、探偵が推理の続きを語り始めると、関係者たちに動揺が走った。

「それは……大丈夫なのか? スポンサー的に」

「そうよ。だってさっき、CMしてたじゃない」

「そんなこと言われても……」

 岬岐が困惑したように目を泳がせた。

「クソッ! なんて犯人だ! スポンサーの好意を無下にするだなんて!!」

「犯人はこの工房から包丁を盗み出し、それから被害者が備え付けの露天風呂で『健康野菜トマト100%』を飲んでいる間に……」

「はいカットォオ!!!」


 落ち着きを取り戻しかけた工房に、またしてもモジャモジャ頭の大声が響き渡った。工房の扉が勢いよく開かれると、向こうから撮影班が満員電車よろしくぎゅうぎゅう詰めになって入り込んできた。


「一旦CM入りまーす!」

「ちょっと!」

 岬岐がモジャモジャ頭に詰め寄った。

「いい加減にしてください! 今、推理中ですよ!」

「ハァ、スィアセン。生放送の時間が押しちゃってて、どうしてもここでCM入れとかないと、契約がマズイんっスよ」

「生放送?」

 モジャモジャ頭がペコペコと頭を下げた。


「ハイ。後『健康野菜トマト100%』と、露天風呂の宣伝と、送迎バスのご案内と、それから……」

「あら。『健康野菜トマト100%』って、イノウエ君が殺された時に飲んでたやつじゃない」

 二人の会話を聞いていた女性が、横から割って入った。

「不味いんじゃないの、そんなものCMに出しちゃ。逆効果なんじゃない?」

「ハァ。でもっスね、CMは事件が起こる前から会議で決まってたモンなんスよ。今更やめられないっス」

『魅惑の野菜ジュース・”トマト100%”。30年の歴史を持つ伝統のトマトで、あなただけのマルチビタミンを摂取しませんか? 今なら紙パックに刻印サービス付き。お問い合わせは……』

「何なのよ、もう……!」


 岬岐の抗議も虚しく、再びカメラが工房を撮影し出し、ナレーターが語り始めた。レンズを向けられた関係者の一人は、スタッフから手渡された『健康野菜トマト100%』を口に含み、ぎこちない演技で小さく『美味い』と呟いた。 


「はいカットォ〜!」

 モジャモジャ頭が白い歯を浮かべ、関係者の背中をバン! と叩いた。

「良かったっスよ、オジサン! 次はもっと大きな声で、『んマァーいッ!!』って叫んでください。そっちの方が視聴者に伝わるから」

「そ……そうか。良かったかな? ハハ……」

 関係者の一人が、トマトジュースを手に照れたように笑った。

「次は3分後ね! 刻んで行くから、刻んで! 時間ないよ! パパッと行っちゃおう、パパッと!!」

「パパッと行っちゃおう、じゃありません!!」

 撤収しようとするモジャモジャ頭を捕まえて、岬岐が怒りで肩を震わせた。


「何なんですか、あなたたちは!?」

「何って、下請けのCM作成会社ですけど……」

「ふざけないで! 推理中にコマーシャルを挟むだなんて、聞いたことありません!」

「でも、CMがないと制作費を回収できないでしょ? 探偵サンは事件を解決する。我々はその間にCMを挟む。あなたの先輩たちだって、【犯人はCMの後で!】って言う煮え湯を飲まされながら、我慢して一流の探偵(スター)に上り詰めたんスよ?」

「でも……でもこっちは人が殺されてるんですよ!? 現場の返り血を見た後、陽気なオジサンがトマトジュース飲んで『んマァーいッ!!』って……一体何を伝えようとしているんですか!?」

「わかったわかった、ワカリマシタ」


 岬岐の剣幕に、モジャモジャ頭が『わかんないやつだなァ』とでも言いたげに両手を前に掲げて見せた。

「じゃあ、ワイプで。下に小さく小窓でCM入れますから。探偵サンはその間に、パパっと事件を解決しちゃってください」

「……犯人は被害者を露天風呂で殺害した後、送迎バスを使って死体を……」

「待った、待った」

 渋い表情で語り出した岬岐を、今度はモジャモジャ頭が引き止めた。


「はい?」

「待ってください。これから、露天風呂と送迎バスのCMなんスよ……」

「……だから?」

「だから……ね? 分かるでしょ?」

「……スポンサーに配慮した殺人事件なんて、聞いたことないですよ!」

 岬岐は諦めたようにガックリと肩を落とした。

「もういい。もうたくさんだ」

 探偵とCM会社のやり取りを見かねて、関係者の中から一人の男が低い声で唸った。


「犯人は、私だよ」

「えぇ!?」

 突然の告白に、全員の視線がその男に集められた。カメラが男の周りを取り囲み、ナレーターが下からマイクを差し出した。男は渋い表情のまま、俯きながらポツポツと語り出した。

「私がイノウエを殺した。犯人は、私なんだ」

「!!」

「タナカさんが!?」

「そんな……まさか」

「なのに、なんだこれは?」

 田中と呼ばれた男がぎゅっと唇を噛み、拳を握りしめた。


「何で邪魔が入る? 私がこの日のために、どれだけトリックを練ったと思ってるんだ? せっかくの私の晴れ舞台を、CMで台無しにするのはやめてくれ……」

「あ」

「今度は何?」

 名乗り出た犯人の話を遮って、モジャモジャ頭が声を張り上げた。

「スィアセン……長々と話してたら、もう放送終わっちゃうみたいで」

「はあ?」

 その場にいた全員がぽかんと口を開けた。モジャモジャ頭はバツが悪そうに「へへっ」と笑った。


「今、スタッフロールとエンディングテーマが流れています」

「なんだって……?」

「知らないわよ、そんなこと」

「盛り上がってるところ大変申し訳ないっスけど……続きはまた来週、ってことで良いでしょうか?」

「良い訳ないでしょ。どうするのよ? 死体とか、証拠とか。そのままにしとけってこと?」

「はいカットォオ!! 撤収ゥ、撤収ゥウ〜!!」

「「「ハァイ!!」」」


 モジャモジャ頭の号令で、男たちが大量の機材を抱え工房を後にした。田中が慌てて男たちに追い縋った。

「待ってくれ! 私の話を聞かないのか!? せっかく作ったトリックなのに……練りに練り込んだんだぞ!?」

「スィアセン、また来週やってたら来ますンで」

「来週!?」

 モジャモジャ頭がヒゲをボリボリと掻き、ペコペコと頭を下げながら工房の扉をバタンと閉めた。地下の刃物工房に、再び静寂が舞い戻った。扉の前に取り残された犯人はしばらくその場で立ち尽くした後、呆然とした表情で岬岐を振り返った。


「一体何なんだ、今のは……」

「ええ……でも良かったです」

「は?」

 田中がぽかんと口を開けた。全員の視線が一斉に探偵に集められ、さっきからずっと黙っていた岬岐は、少し照れたようにはにかんだ。


「私、犯人はこの中にはいないって思ってたから……名乗り出てくれて、助かりました。犯人はタナカさん、あなただったんですね」

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― 新着の感想 ―
[良い点] お互いの譲れない都合のぶつかり合いが最高に面白い! こんなドラマ放送してたら毎週観ちゃいますね(笑) [一言] >「うっかり包丁を買うところだったわ……」 このセリフが一番好きです(^…
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