表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/17

名探偵 vs ストレス

「ですから犯人は……」


 人里離れた雪山の山荘に、静かな、若干緊張気味の声が響き渡る。静まり返った大広間で、集められた関係者たちは固唾を飲んで探偵の言葉に聞き入っていた。探偵の名前は、嵯峨峰岬岐(さがみねみさき)。小柄で、灰色の帽子(キャスケット)を被った、まだあどけなさを残す新米少女探偵である。


 岬岐が関係者たちを見渡し、ゆっくりと説明を再開した。

 数日前からこの雪山山荘で起きた連続殺人事件。

 消えた死体。不可侵な密室。怪しげな子守唄……。


 犯人が残していったわずか証拠をかき集め、岬岐はとうとう真相に辿り着いた。犯人は宿泊客の中にいる。これ以上犠牲者を出さないためにも、早く事件を解決しなくては……。

 迅る気持ちを抑え、彼女は深く息を吸い込んだ。いよいよ推理は佳境である。


「……ここで、まだ被害者が生きていると思わせるために、犯人は死体の首だけを切り取り……」

「待って!」

「……え?」


 突然周囲(ギャラリー)の中から声が飛んできて、岬岐は思わず声を上ずらせた。犯人が、死体を雪だるまの中に隠すという、この事件最大の山場に差し掛かっていたのだが……関係者の一人、宿泊客の女性が眉間にしわを寄せて叫んだ。


「暗っ!」

「え?」

「暗くない? 『死体の首を切り取り……』って、いくら何でもあんまりだわ!」

「はい?」


 女性が何を言っているのか分からず、岬岐はぽかんと口を開け小首を傾げた。


「そうだよ。だって俺ら、観光で来てるんだぜ。楽しみにしてたんだ。スキーにスノボ、ジンギスカン……」

「はぁ……」

 女性に触発され、他の宿泊客たちも騒ぎ始めた。


「人が殺されてよ、みんな落ち込んでるんだ。なのに『首を切り取り……』って、そんな淡々というなよ。もっと明るく行こうぜ」

「それは、すいません……」


 少し配慮が足りなかったか。

 岬岐は項垂(うなだ)れた。確かに、凄惨な事件を前に皆神経が参っているには違いない。早く先に先にと焦るばかりに、ストレートな言い方になってしまった。だけど、明るく推理するとは、一体どうすれば良いのだろう?


「もうちょっとこう、パーっといこうぜ、パーっと!」

「はぁ」

「そうよ。私たち、疲れているの。たとえ殺人事件の推理であっても、これ以上ストレスを感じたくないわ。ストレスフリーな推理にしていただけないかしら?」

「ストレスフリーな推理って何ですか?」

「だから、もっと見てる人を楽しませなきゃ、ってことだよ。『首を切り取り……』って暗そ〜うに言うだけじゃなくてさ。その首を三色でライトアップするとか……」

「ライトアップ!?」

「シルクハットの中から取り出してみせるとか良いわね。鳩がバーっと飛び去ってさ。楽しげな

BGMとともに、『ジャーン!』みたいな……」

「『ジャーン!』って……そんな『お待ちかねの……』みたいに首を出されても、困るでしょう?」

「やってみようよ! 楽しいかもしれないよ!」

「え? ちょっ……」


 それまで見えない殺人鬼の影に怯えていた宿泊客たちは、たちまち色めき立った。大切な休暇の思い出を、悲惨なままで終わらせたくない。その一心で、彼らは山荘を華やかに飾り付け始めた。ステージをこしらえ、チケットをもぎり、本日も満員大入り3万5000人の観客を集めて、『ストレスフリーな明るい推理ショー』が幕を開けた。


『レディース・エンド・ジェントルメーン! ようこそお集まりの容疑者の皆さん、【雪山山荘はぴねす! 殺人事件】へ。司会で犯人の、田中ユキオです!』


 薄暗がりの会場にドラムロールが鳴り響き、七色のペンライトが蛍のようにゆらゆら揺れる。銀幕の端で、岬岐は、”はぴねす”を付ければ良いってもんじゃ……とごにょごにょ言いかけたが、その言葉は大歓声にかき消されてしまった。


『ではこれから、雪だるまの中に死体を隠すトリックを実演しましょう!』

「始まったよ」

「楽しみだね」

「犯人が最初から分かっているから、『誰が犯人なんだ?』って疑心暗鬼にならずに安心ね」

「誰も疑わず、誰からも怪しまれないって素晴らしいなあ。人間のかくあるべき姿だよ」

「ぼかぁ、難しいことは何も考えたくない。どんでん返しに驚いたり、血とか死体とか、怖いのは嫌いなんだ。そんな僕でも参加できる、楽しい殺人事件を探していて、そしてここに辿り着いた」

「楽しい殺人事件って何ですか?」


 岬岐の懸念とは反対に、観客からの反応は上々だった。突然クラッカーが鳴り、大量の紙吹雪が会場に降り注いだ。DJがスクラッチを鳴らし、ヴァイオリニストが体をくねくねと揺蕩わせる。それからステージ上では、壮大なBGMとともに、犯人が(くだん)のトリックを熱演した。


「うおおおおお!」

「本当に雪だるまの中から、人が!」

「なんて雪泥鴻爪(せつでいこうそう)な事件なんだ!」

『みんな……ありがとう……』

 会場のヴォルテージは最高潮に達した。汗と血だらけになった犯人が、息も絶え絶え、マイクスタンドに寄りかかった。


『本日最後の殺人になっちまった……』

「うおおおおお!」

『最後まで明るく楽しく、元気よく行こうぜ……じゃあ聴いてくれ、【俺の動機】!』

 犯人のシャウトとともに、エキセントリックでエウレカでエレクトロニックでエモーショナルなギターサウンドが会場に鳴り響く。それはまさに、プログレッシヴでオルタナティヴでインダストリアルでハードコアな動機を予感させた。

「いい加減にしてください!」


 岬岐は耐えられなくなって、とうとうステージ上に躍り出た。会場がシン……と静まり返る。


『な、何だよ探偵さん……これから俺が、練りに練った悲しい過去をメロディに乗せて語り出す、犯人の一番の見せ場だったのに』

「見せ場、じゃないでしょう。明るく楽しく、出来るわけないじゃないですか! 事件は見世物じゃないんですよ!」

「で、でも……」

「じゃあ貴方は、暗くて、悲惨な方が良いっていうの?」

 観客の一人が声を上げた。


「そんなものを見ている人に押し付けないでくれる? みんな疲れてるの、癒しを求めているの。時代はストレスフリーなのよ」

「それは……でも、人が殺されてる時点で、ストレスじゃないですか」

「岬岐ちゃん……」


 観客はステージ上に乱入してきた小さな探偵を見守っていた。設置された六つの巨大スクリーンに、岬岐の顔が映し出される。客たちは彼女の背中を押すように、ペンライトをゆっくりと左右に振っていた。


「おかしいでしょう。そりゃ私だって、暗くて悲惨なのは嫌ですけど……『楽しい殺人事件』なんて、あるわけないじゃないですか」

「岬岐ちゃん……!」

『申し訳ない、俺が間違ってた……』

 

 探偵に心打たれたのか、犯人はマイクを握りしめたまま、がっくりと膝をついた。


『自首するよ……。この犯人に悲しき過去も、500頁分くらい考えてきたんだけど……また今度にする』

「田中さん……」


 それから犯人はステージ上にマイクをコトリ、と置き、ゆっくりと銀幕の後ろへと捌けていった。最初は小さなさざ波のように、やがて万雷の拍手が会場を包み込んだ。


「良かった……」

「嗚呼」

「良かったね」


 冷めやらぬ熱気とともに、こうしてこの殺人事件は幕を閉じた。全世界同時生中継されたそれは、各所で絶賛され、主催者は第二弾の開催を提案したが、岬岐は丁重にお断りした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ