表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/17

名探偵 vs 自粛警察

「犯人は貴女ですね、奥さん」


 部屋の中央に、幼気な少女と、それからうなだれた女性が一人。


 少女は探偵だった。

 まだ新米の探偵だ。探偵は目の前でうずくまっている女性に、先ほどとっておきの推理を叩きつけたばかりであった。新米少女探偵・嵯峨峰(さがみね)岬岐(みさき)は、お気に入りのキャスケット帽を深く被りなおし、静かに口を開いた。


「教えて下さい……どうして貴女は、愛する夫を殺してしまったんですか?」


 少女の問いかけが波紋のように部屋に浸透していく。透き通った少女の眼は、しかし凄惨な事件を前にして、今や哀しみに満ちていた。すぐに返事はなかった。屋敷の中は静まり返り、ピンと糸を張ったような緊張感に包まれている。集まった警察官・関係者の人々が輪を作り、固唾を飲んで中央の二人を見守っていた。片隅で暖炉の火がチロチロと歌う。歌に合わせて、薄暗い部屋の壁や天井に、人々の影が妖しく踊り続けた。


 さらに数秒の沈黙。

 どれくらいの時が経っただろうか……やがてうつむいていた女性が、掠れた声を絞り出した。


「あの人が……」

「…………」

「あの人が悪いのよ! あの人が、浮気なんてするから……っ!」


 部屋が騒然とする。女性の、それまで押し込められていた感情が溢れ出したような、怨嗟(えんさ)と、悲哀のこもった低い声。そしてそれは犯人が、自分の犯行を認めた瞬間の声でもあった。


 女性の告白を聞いて、岬岐はホッと胸を撫でおろした。


 よかった、私の推理、間違ってなかった……。


 人々の間に湧き上がったざわつきは、しかし、しばらく収まりそうになかった。


「浮気?」

「浮気って……貴女、それ本当なの?」

「えぇ」


 たった今自白したばかりの犯人が、膝をついたまま涙を拭った。誰もがじっと中央を見つめ、犯人の言葉に耳を傾けていた。岬岐も同じだ。推理は終わった。その次は、犯人が訥々と犯行動機を語る場面であった。


「あの人は、週末になるたびに出張と嘘をついて……若い女と旅行に行ったり……」

「ちょっと待ってくれ」


 すると、犯人の言葉をさえぎって、一人の警察官が輪の中から手を上げた。岬岐は驚いた。


「どうしました?」

「私は『動機警察』の者ですが……」

「『動機警察』?」

「ええ」


 聞きなれない単語に、岬岐も、関係者たちも首をかしげる。

 一体何の用だろうか。今は犯人が独白を始める大事な局面(シーン)だ。その男は『動機警察』の一条(いちじょう)と名乗った。一条は胸ポケットから『動機警察手帳』を取り出して皆に見せ、それから犯人に向き直った。


「『浮気されて愛する夫を殺した』じゃあ……我々『動機警察』は納得できません」

「納得できない?」

 岬岐は目を丸くした。


「ええ。そんなのありきたりすぎるって言うか、もう何回もドラマや映画で見たって言うか……とにかくそんな動機じゃ、我々は認められません」

「そんなこと言われたって……」

「どんな動機なら納得できるんだよ?」

「ちょっと待ってよ! 彼女は浮気されてたのよ!」


 すると、輪の中からさらに一人の女性が飛び出してきた。


「浮気じゃ動機にならないって言いたいの!?」

「貴女は?」

「私は『恋愛警察』・二俣(ふたまた)よ」

「『恋愛警察』?」

 また新たな警察官が登場し、岬岐はますます混乱した。


「ええ、そうよ。世の中の恋愛事情を調査する、『恋愛警察』」

「『恋愛警察』……」

 横にいた男が低く呟く。

「それって、ただ他人の色恋沙汰に首を突っ込んでるだけじゃないか」

「うっさいわね! ……まぁいいわ。今は『恋愛警察機構』の構造的問題や汚職よりも、現場の浮気の方が重要!」


『恋愛警察官』・二俣は胸の『恋愛警察バッジ』を光らせ、腰に手を当てて息巻いた。


「浮気はね、関わった人みんな傷つける! 誰も幸せにならない! 万死に値するわ!」

「だからと言って殺していいわけではないのでは?」

「それより、『恋愛警察』内にも汚職があるのかよ。それってもしかして浮……」

「うっさいってば! いい!? 私が言いたいのは……」

「少し黙らないか」

「今度は誰ですか!?」


 また一人の男が名乗りを上げた。これで三人目だ。隆々とした筋肉と、厳つそうな顔つきにその場にいた全員が圧倒された。


「俺は『圧力警察』の三谷(みつや)だ」

「『圧力警察』……!?」


 三谷は『圧力警棒』をこれ見よがしに胸の前に掲げ、不敵に笑った。


「お前らみたいに、やたらと取り乱す奴が現場を荒らしているんだ。俺たち『圧力警察』は、そんな奴に圧力をかけ、取り締まるのが仕事なのさ」

「何よ、偉そうに……!」

「圧力を取り締まるんじゃなくって、圧力、かける方なの?」

「それってパワハラなんじゃ……」

「フン、なんとでも言え。別にお前らだけじゃなくって、この事件に物申したい奴らはごまんといるんだからな……」


 すると、『圧力警察』・三谷の影から次々と男たちが顔をのぞかせ、一斉に喋り始めた。


「『凶器警察』の四田(よた)です。犯行で使われた毒ですが、『凶器』としては如何なものかと思いまして……ええ」

「『アリバイ警察』の五島(ごとう)と申します。率直に言わせていただいて、今回の事件、容疑者の『アリバイ』が軽視されすぎなんじゃないかと」

「『関係図警察』の陸奥(むつ)……です。今回の容疑者たちの人間関係図ですがねぇ、目立って興味を引くようなところもなく」


「『BGM警察』の八田(やだ)よ。良い? 最後に犯人が自白する場面は、BGMがとっても重要なの」

「『トリック警察』の九重(くじゅう)だ。今回の殺人事件、ちょっとトリックが複雑すぎるんじゃないか? これじゃあ誰にも伝わらないよ……」 

「ちょ……ちょっと待ってください!」


 岬岐が慌てて声を張り上げた。『凶器警察』に『アリバイ警察』、『関係図警察』……次から次へと新しい警察機構が誕生し、岬岐はもう目が回りそうだった。『BGM警察』の八田が、部屋に流れる音楽を爆音のアッパーチューンから、もの哀しげな交響曲に変えた。


「ちょっと警察官……多すぎじゃないですか!?」

「それもそうだな。よし、じゃあ『自粛警察』というのを作ろう。『警察の警察』として……色々な警察たちを自粛させるんだ」

「これ以上妙な警察を増やさないでくださいよ!」


 岬岐の元には、他にも歴史警察、SF警察、孤独警察、マスク警察、着物警察……など、たくさんの警察がぞろぞろと集結しつつあった。部屋は大勢の警察官でいっぱいになった。交響曲に乗せて、全員が一斉に歌い出す。「この事件の歴史観はほぼ間違っていて……」「仮に反重力装置がこの犯行に使われていた場合にですね……」「真の孤独を極めし者は……」「マスクのつけ方が……」「あの着物の帯は……」「ねえ名探偵さん、どれが正しいと思う?」

「知りませんよ! もう!」


 岬岐は息が苦しくなり、顔を真っ赤にして抗議した。すると突然、部屋の扉が勢いよく開けられた。新鮮な空気が流れ込んでくる。それと同時に、扉の向こうからまた新たな男が顔をのぞかせた。


「大変です!」

「今度は誰!?」

 岬岐が叫んだ。

「死体です!」


 男は顔を青ざめ、集まった全員を見回し、声を引きつらせた。

「隣の部屋で……! 女性が死んでます!」

「何だって!?」

「そんな……!」


 集まった警察官たちが顔を見合わせる。


「これって……」

「新たな殺人だ!」

「そりゃ不味い……()()()()()()()()()

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 13話、拝読しました。 最後の一文にスカッとしました笑 強烈な皮肉が利いていて良いですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ