名探偵 vs 自粛警察
「犯人は貴女ですね、奥さん」
部屋の中央に、幼気な少女と、それからうなだれた女性が一人。
少女は探偵だった。
まだ新米の探偵だ。探偵は目の前でうずくまっている女性に、先ほどとっておきの推理を叩きつけたばかりであった。新米少女探偵・嵯峨峰岬岐は、お気に入りのキャスケット帽を深く被りなおし、静かに口を開いた。
「教えて下さい……どうして貴女は、愛する夫を殺してしまったんですか?」
少女の問いかけが波紋のように部屋に浸透していく。透き通った少女の眼は、しかし凄惨な事件を前にして、今や哀しみに満ちていた。すぐに返事はなかった。屋敷の中は静まり返り、ピンと糸を張ったような緊張感に包まれている。集まった警察官・関係者の人々が輪を作り、固唾を飲んで中央の二人を見守っていた。片隅で暖炉の火がチロチロと歌う。歌に合わせて、薄暗い部屋の壁や天井に、人々の影が妖しく踊り続けた。
さらに数秒の沈黙。
どれくらいの時が経っただろうか……やがてうつむいていた女性が、掠れた声を絞り出した。
「あの人が……」
「…………」
「あの人が悪いのよ! あの人が、浮気なんてするから……っ!」
部屋が騒然とする。女性の、それまで押し込められていた感情が溢れ出したような、怨嗟と、悲哀のこもった低い声。そしてそれは犯人が、自分の犯行を認めた瞬間の声でもあった。
女性の告白を聞いて、岬岐はホッと胸を撫でおろした。
よかった、私の推理、間違ってなかった……。
人々の間に湧き上がったざわつきは、しかし、しばらく収まりそうになかった。
「浮気?」
「浮気って……貴女、それ本当なの?」
「えぇ」
たった今自白したばかりの犯人が、膝をついたまま涙を拭った。誰もがじっと中央を見つめ、犯人の言葉に耳を傾けていた。岬岐も同じだ。推理は終わった。その次は、犯人が訥々と犯行動機を語る場面であった。
「あの人は、週末になるたびに出張と嘘をついて……若い女と旅行に行ったり……」
「ちょっと待ってくれ」
すると、犯人の言葉をさえぎって、一人の警察官が輪の中から手を上げた。岬岐は驚いた。
「どうしました?」
「私は『動機警察』の者ですが……」
「『動機警察』?」
「ええ」
聞きなれない単語に、岬岐も、関係者たちも首をかしげる。
一体何の用だろうか。今は犯人が独白を始める大事な局面だ。その男は『動機警察』の一条と名乗った。一条は胸ポケットから『動機警察手帳』を取り出して皆に見せ、それから犯人に向き直った。
「『浮気されて愛する夫を殺した』じゃあ……我々『動機警察』は納得できません」
「納得できない?」
岬岐は目を丸くした。
「ええ。そんなのありきたりすぎるって言うか、もう何回もドラマや映画で見たって言うか……とにかくそんな動機じゃ、我々は認められません」
「そんなこと言われたって……」
「どんな動機なら納得できるんだよ?」
「ちょっと待ってよ! 彼女は浮気されてたのよ!」
すると、輪の中からさらに一人の女性が飛び出してきた。
「浮気じゃ動機にならないって言いたいの!?」
「貴女は?」
「私は『恋愛警察』・二俣よ」
「『恋愛警察』?」
また新たな警察官が登場し、岬岐はますます混乱した。
「ええ、そうよ。世の中の恋愛事情を調査する、『恋愛警察』」
「『恋愛警察』……」
横にいた男が低く呟く。
「それって、ただ他人の色恋沙汰に首を突っ込んでるだけじゃないか」
「うっさいわね! ……まぁいいわ。今は『恋愛警察機構』の構造的問題や汚職よりも、現場の浮気の方が重要!」
『恋愛警察官』・二俣は胸の『恋愛警察バッジ』を光らせ、腰に手を当てて息巻いた。
「浮気はね、関わった人みんな傷つける! 誰も幸せにならない! 万死に値するわ!」
「だからと言って殺していいわけではないのでは?」
「それより、『恋愛警察』内にも汚職があるのかよ。それってもしかして浮……」
「うっさいってば! いい!? 私が言いたいのは……」
「少し黙らないか」
「今度は誰ですか!?」
また一人の男が名乗りを上げた。これで三人目だ。隆々とした筋肉と、厳つそうな顔つきにその場にいた全員が圧倒された。
「俺は『圧力警察』の三谷だ」
「『圧力警察』……!?」
三谷は『圧力警棒』をこれ見よがしに胸の前に掲げ、不敵に笑った。
「お前らみたいに、やたらと取り乱す奴が現場を荒らしているんだ。俺たち『圧力警察』は、そんな奴に圧力をかけ、取り締まるのが仕事なのさ」
「何よ、偉そうに……!」
「圧力を取り締まるんじゃなくって、圧力、かける方なの?」
「それってパワハラなんじゃ……」
「フン、なんとでも言え。別にお前らだけじゃなくって、この事件に物申したい奴らはごまんといるんだからな……」
すると、『圧力警察』・三谷の影から次々と男たちが顔をのぞかせ、一斉に喋り始めた。
「『凶器警察』の四田です。犯行で使われた毒ですが、『凶器』としては如何なものかと思いまして……ええ」
「『アリバイ警察』の五島と申します。率直に言わせていただいて、今回の事件、容疑者の『アリバイ』が軽視されすぎなんじゃないかと」
「『関係図警察』の陸奥……です。今回の容疑者たちの人間関係図ですがねぇ、目立って興味を引くようなところもなく」
「『BGM警察』の八田よ。良い? 最後に犯人が自白する場面は、BGMがとっても重要なの」
「『トリック警察』の九重だ。今回の殺人事件、ちょっとトリックが複雑すぎるんじゃないか? これじゃあ誰にも伝わらないよ……」
「ちょ……ちょっと待ってください!」
岬岐が慌てて声を張り上げた。『凶器警察』に『アリバイ警察』、『関係図警察』……次から次へと新しい警察機構が誕生し、岬岐はもう目が回りそうだった。『BGM警察』の八田が、部屋に流れる音楽を爆音のアッパーチューンから、もの哀しげな交響曲に変えた。
「ちょっと警察官……多すぎじゃないですか!?」
「それもそうだな。よし、じゃあ『自粛警察』というのを作ろう。『警察の警察』として……色々な警察たちを自粛させるんだ」
「これ以上妙な警察を増やさないでくださいよ!」
岬岐の元には、他にも歴史警察、SF警察、孤独警察、マスク警察、着物警察……など、たくさんの警察がぞろぞろと集結しつつあった。部屋は大勢の警察官でいっぱいになった。交響曲に乗せて、全員が一斉に歌い出す。「この事件の歴史観はほぼ間違っていて……」「仮に反重力装置がこの犯行に使われていた場合にですね……」「真の孤独を極めし者は……」「マスクのつけ方が……」「あの着物の帯は……」「ねえ名探偵さん、どれが正しいと思う?」
「知りませんよ! もう!」
岬岐は息が苦しくなり、顔を真っ赤にして抗議した。すると突然、部屋の扉が勢いよく開けられた。新鮮な空気が流れ込んでくる。それと同時に、扉の向こうからまた新たな男が顔をのぞかせた。
「大変です!」
「今度は誰!?」
岬岐が叫んだ。
「死体です!」
男は顔を青ざめ、集まった全員を見回し、声を引きつらせた。
「隣の部屋で……! 女性が死んでます!」
「何だって!?」
「そんな……!」
集まった警察官たちが顔を見合わせる。
「これって……」
「新たな殺人だ!」
「そりゃ不味い……すぐに警察を呼ぼう」




