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Boy-Meets-September  作者: 村崎羯諦
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 玲奈が拓人の旅に同行したいとを伝えた時、拓人は初め、彼女が冗談を言っているだけだと考えた。そしてその考えは、玲奈が旅の中でタマオの亡骸を供養する場所を探したいと付け加えたことで、さらに強固なものとなった。


 実際、治癒不可能なニヒリズムを胸に抱えた玲奈が、そのような主体性と行動性を見せることはとても珍しいことだった。特に、大戦末期の混乱期を乗り越え、コミュニティに秩序と平和がもたらされてからはなおさらだった。拓人だけではなく、コミュニティの人間全員がそれを何かの冗談だと笑い飛ばし、それが真実であることを知った間中という中年女性は、驚きのあまり立ち上がり、それが原因でぎっくり腰になるありさまだった。出発の日が近づいても、半数以上がいまだに嘘だと頑なに信じ込んでおり、当日にはそれが本当かを確かめるためだけに、拓人の家を早朝から尋ね、見送りをするものもいたほどだった。


「ちょっと車で旅行するだけでこれだけ騒がれるなら」


 玲奈はバギーの後ろに荷物を詰め込む拓人に言った。


「私がバンドを始めるって言うだけで、きっと戦争が起きるわね」


 バギーにはキャンプ用具一式、携帯トイレ、詰め込めるだけの食料を搭載し、その上に、クーラーボックスをちょこんと乗せた。このクーラーボックスの中には、大量の保冷剤とともに、若干腐敗したタマオの亡骸が入っていた。玲奈に旅行の決心をさせた憐れむべき死体がいったいいつまで持つのかはわからなかったし、また彼を埋葬するにふさわしい場所とは一体どこなのかということもわからなかった。しかし、玲奈はタマオと桃花、ひいては自分のために、拓人を言いくるめて、この死体の搭載を承諾させた。そして、すべての荷物を載せ終わり、ようやく出発の準備が整ったのは、太陽が真上にたどり着き、柔らかな日差しを燦燦と地上へ降り注ぎ始めた時刻だった。


 拓人が運転席、玲奈が助手席、そして、桃花は広い後部座席にぽつんと腰かけた。玲奈が旅行をを土壇場でキャンセルする方に賭けていた者に、しばしの別れを伝え、バギーは静かに発進した。


 玲奈がバックミラーを覗くと、そこには三人に大きく手を振っている者と、賭けに負け、悔しそうな表情を浮かべている者とが映っていた。その姿は段々と小さくなり、バギーが駐車場の出口を右折したところで、すっかり見えなくなった。


 冷やかしをしにきた者たちがいる方角へとべーと舌を出してみると、不思議と爽やかな気持ちを感じた。この気持ちはその者たちをからかってやったことからくる感情でもあったが、同時に、これから始まる旅行への無意識なる期待感の表れでもあった。もちろん、拓人にそう指摘された玲奈はすぐさまそれを否定はしたものの。


 桃花を含めた三人とも、フクシマコミュニティから一度も外の世界へ出たことがないというわけではもちろんなかった。特にコミュニティ黎明期にはあらゆる物資と人手が足らず、拓人と玲奈はそれぞれが、近くの街、あるいは仙台や宇都宮といった地方都市に出かけ、大量のがれきの下や廃墟から、持ちうるだけの品物を探し出し、それをコミュニティに運搬する作業にあたらざるを得なかった。その作業の結果、食料品や日常雑貨、書物あるいは娯楽用のゲームボードや映像機器を収集し、コミュニティの発展及び、住民の生活向上を実現することができた。拓人だけでなく、コミュニティの古参者である玲奈もその作業の早い段階からかかわっており、特に仙台へは拓人よりも多く出かけたことがある。


 しかし、それはもちろん仕事のためであり、また、その当時は底知れぬ将来への不安から周りの風景を楽しむという発想自体なかった。また、コミュニティが安定し始め、物資調達の必要性がなくなってくると、調達参加組に志願するということもなくなった。そのため、彼女にとって、コミュニティの外をこうして予め、眺めるということはなかった。玲奈は調達組としてはコミュニティを出たことがない桃花と全く同じように、右から左へと流れていく車外の風景に思わず見入ってしまうのだった。

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