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玲奈の服の袖を桃花がぐっと引っ張った。気がつけば、先ほど再生したはずの映画のエンドロールが鳴られ始めており、今まで長い間ぼーっとしていたことを初めて悟った。そして、隣にいる桃花の頭をなで、リモコンを操作して、テレビ画面を停止させる。そして、桃花の表情からお腹が空いていることを読み取ると、台所の収納からいくつかの保存食品を取り出し、机の上に並べ始めた。
しかし、そこでふと、未だに飼い猫であるタマオの姿が見えないことに気が付く。タマオは何年も前から家で飼っている雑種の猫であり、放射能の影響からか、生まれつき右目が白く、また足が三本しかなかった。憐れむべき境遇の下で生まれながらも彼は必死に生き続けており、玲奈の家で暮らすこととなってからも、旺盛な食欲を維持し、驚くほどの闊達ぶりで、桃花の遊び相手になっていた。
玲奈は桃花にタマオを見たかどうかを訪ねたが、桃花は首を横に振ってみていないと答える。そこで、何となく不安になった彼女らは二人して、部屋中を探し回ってみた。玲奈が浴場を調べていると、桃花は小走りで駆けよってきて、ぐっと玲奈の服を引っ張り、どこかへ案内しようとした。玲奈が桃花に引っ張られるまま、庭へと出ていくと、その隅っこに探し求めていたタマオが死体となった状態で見つかった。
タマオの周囲には、すでに数匹の蠅がたかっており、かすかに饐えた臭いがした。口はだらしなく開き、そこからピンク色をした舌がだらりとこぼれだしていて、かっと見開かれた白い右目と茶色く濁った左目は、光を失い、得体のしれない何かにとりつかれているかのような不気味さを醸し出していた。口元に近い、地面には黒い大きな染みができていて、数時間前にはそこにタマオを赤黒い血がはきだされたのだということをうかがわせてた。それと同時に、身体を所々に打ち付け、あざだらけになっていた身体や、その見るに堪えない苦悶の表情から、死ぬ数分前の壮絶な苦痛がありありと思い浮かんだ。生まれた時から片眼が機能せず、また三本の足しか神から与えられなかった猫の最期は、少なくとも穏やかなものでは決してなかったのだろう。
そんなタマオのそばに座り込み、じっとタマオの苦悶の表情を見つめる桃花の後ろで、玲奈はその瞳に目が釘付けになっていた。タマオの光を失った目は、自分がよく知る何かにしているような気がしたからだ。
「どこかに埋葬してあげようか」
ふと口にしたその言葉に、桃花が振り返り、じっと玲奈の顔を見つめた。その表情は、まるで玲奈の言葉がでたらめであることを見抜き、それでもどうしようもないことを悟っているかのようだった。そして、その桃花の目を見て、玲奈はハッと気が付く。死んだタマオの目が、目の前にいる桃花が自分を見つめるときの目に似ているのだということを。