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「桃花ちゃん。おはよう」
玲奈より先に拓人が声をかけた。続いて、玲奈が声をかける。
「おはよう、桃花。風邪ひいちゃうから服着な。それともトイレ?」
桃花はこくりとうなづき、廊下を渡って、トイレへと向かった。その姿を見送りながら、拓人は野菜を洗い終えたのか、蛇口を閉めた。
「水ありがとうございます。ここに取ってきたやつ置いときますね」
拓人の言葉に適当に返事をしながら、玲奈は部屋の壁際に設置されたテレビ台へと近づいていった。拓人が野菜を冷蔵庫に入れ、洗い場で顔と首元を水で洗う一方で、玲奈は台の引き出しにびっしりと詰められたディスクの中から適当に一枚だけ取り出した。そして、そのタイトルも見ないままレコーダーにセットし、リモコンを持ってテレビの真向かいにあるソファへと腰かけた。
「拓人くんも一緒に見ない?」
その誘いに拓人は返事もすることなく、ソファの近くにテーブルの椅子を移動し、そこに腰かけた。テレビの画面に映画会社のムービーが流れ、その後すぐに映画の本編が始まった。
「何の映画ですか?」
「『×××』っていう映画。公開日は2028年8月6日で、同じ年の101回アカデミー賞脚本賞と美術賞を受賞してる」
「へえ」
拓斗の気の抜けた相槌と同時に、映画が始まった。これを見るのは今日で五回目。お気に入りの作品と比べると、そこまで何回も見ているわけじゃないが、それでも玲奈は最初のシーンを見た瞬間に、最後のシーンをありありと思い浮かべることができた。それでも彼女は食い入るようにテレビの画面を見つめた。まるで、自分の記憶が正しいことを確認しようとしているかのように。
「僕のことを変っていうわりには、玲奈さんも変わってますよね」
主人公が前半の危機を乗り切り、ストーリーが一旦落ち着きを見せた頃合いを図って拓人がそうつぶやいた。
「映画が好きっていうのはわかりますけど、ドラマやらゲームやらの方がもっと長く時間をつぶせるのに」
玲奈は拓人の言葉を無視した。これは別にいつものことなので、拓人は腹を立てたり、あるいはもう一度言葉を繰り返すような愚かな真似はしなかった。無気力でありながらも、自分の気に入らない言動に対しては、ごくまれに拒絶反応を見せる玲奈の性格をよく心得ていたからだ。そして、だからこそ、拓人は玲奈の数少ない友人として、今なお彼女と交流を続けていられている。他のコミュニティの人間は、彼女の気分的な拒絶を真剣に受け止め、自分から離れていったか、あるいは、彼女のニヒリズム的な思考を注意し、彼女から三下り半をつきつけられていた。
彼女は他人が熱中する趣味に何の意味があるのかと問いかけ、彼らの機嫌を無意識に悪くする天才だった。彼女は減り続ける友人の数を両手で数えながらも、それを半ば仕方ないことだと感じている節があった。そのことについて拓人は何回も、機嫌が悪くない時を見計らって注意していた。それでも彼女は相手にせず、たまに冷笑的な態度を取るだけだった。