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Boy-Meets-September  作者: 村崎羯諦
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「ちょっと、年甲斐もなく感動しちゃったみたい」


 曲の終わりに玲奈はそうつぶやいた。いつもは自分の感情を隠しがちな玲奈の言葉に、拓人は意外そうな表情を見せる。


「音楽とかで感動するんですね。なんか意外だな」

「意外って何よ。こう見えても、昔はちょっとだけ音楽をかじってたのよ」


 玲奈は非難するような目つきで拓人にそう言った。


「クラシックとかですか?」

「いや、バンドを組んでたの。もちろん、単なる趣味の集まりでしかなかったけど。流行ってる曲とか、自分たちが好きな曲を好きな時に集まって演奏してたの」


 拓人はハンドルを動かしながら、「へえ」と心底驚いたような口調でつぶやく。


「そんなの初めて聞きましたよ」

「コミュニティの人にも言ったことないからね」


 玲奈以外の人間もまた、べらべらと大戦前の生活について語るものは少なかった以上、拓人はあえてそれをとがめるような気持にはならなかった。大戦で多くの者を失った者たちは平穏な生活を手に入れたものの、いまだに心の傷を癒しきれていないものは大勢いた。彼らはそれから目をそらすために趣味に没頭するか、または自ら死を選ぶことになる。


「じゃあ、このガールズバンドとかも好きだったんですか?」

「他のメンバーは好きだったけど、正直私は嫌いだった」


 車の中に沈黙が流れた。玲奈はふとフロントミラー越しに後部座席へと視線を移した。後部座席に座る桃花は背もたれに身をもたれかけながら、目をつぶっていた。たまに車の振動に合わせて、桃花の頭がこっくりと船をこいており、その様子がとてもいじらしく玲奈に感じられた。


「嫉妬とかもあったのかな」


 玲奈はミラーに映る桃花の姿を眺めながら、ぽつりとつぶやいた。


「嫉妬ですか?」


 拓人の言葉に玲奈は小さくうなづく。


「CM曲に抜擢されて、一曲だけヒットなんてありきたりなものだけど、それだけでもやっぱり羨ましいと思っちゃうのよ。半分遊びとはいえ、音楽は好きだし、何よりも、テレビに出てみんなからちやほやされているのを見ると特にね」

「確かにそれはわかります。音楽云々は別にしても、世間から一瞬だけでもすごいって褒められているのを見ると、羨ましいって思っちゃいますよね」


 車は蛍光灯がついていないトンネルの中に入った。車の前方ライトのみを頼りに車はゆっくりとしたスピードでトンネル内を進んでいく。雨風にさらされていないからか、コンクリートの地面は外よりも荒れてはいなかった。しかし、ライトの薄明かりでほのかに見ることができるトンネルの内壁は所々にひびが入っており、もうしばらく月日が経つと、安全に通ることができなくなることがうかがえた。車内の明かりもつけていないため、玲奈たちはお互いの顔さえ判別することができない。それでも、スピーカーから流れる音楽の背後に、わずかな人間の息遣いが聞こえていたせいか、不思議と不安や孤独を感じることはなかった。


「それとさ、ああいう人たちがいるせいで、自分の人生にもちょっとだけ期待しちゃうんだよね。あの人たちができたんだから、自分ももしかしたら同じように幸せな人生を送れるんじゃないかって。もちろん、こっちの思い込みに過ぎないんだけど」


 暗闇の中で玲奈はそう言葉を続けた。


「しょうがないですよ。テレビに出てくるのは、ある程度成功した人たちだけですし、ドラマやCMを見れば、きっと夢は叶うってことしか言われないですしね」


 拓人の言葉と同時に、車は長いトンネルを抜け出した。夏のまばゆい陽光が車内に差し込む。


「さっきありきたりの成功物語って言ったけど、大半の人なんてそんな人生すら送れないじゃない。燃え上がるような恋愛を経験しない人間の方が多いし、まぶしすぎる夢を追い続けない人の方が多いし、ボーイミーツガールなんて経験をしたことのない人間の方が多いと思う。それに、仮にそのようなことを経験できる人であったとしても、人生の大半は何の変哲もない、当たり前の日々を送るわけになるじゃない。非日常的な夏休みを過ごしたとしても、八月が終わって九月になれば、またいつもとおんなじ毎日が繰り返されるのよ」

「まあ、僕たちの場合、大戦を生き残っている時点で当たり前の人生ではないとも思えますけどね」


 拓人の言葉に玲奈はうなづく。


「そうね。私も最初はそう思ってた」

「僕もそう思ってましたよ。多分、玲奈さんと同じ気持ちです」

「今、私が言ったことは大戦が起きる前に考えてたことだと思って。大戦が起きて、私たちはある意味選ばれた人間として生き残って、普通の人では想像もつかないようなこともしてきた。でも、そういう状況になって初めて気が付いたこともあるのよ。選ばれた人間であれば、きっと人生の意味なんて当たり前にわかるような日々を送れると考えていたけど、それも間違いだった。たとえすごい人間でも、曲をヒットさせた彼女たちも、その人生の大半は、さっき言った当たり前の日々でしかないってことに、全く気が付かなかった。いや、気が付きたくなかったのかも。生きる意味を実感できるか、幸せになれるかが、結局、今の自分の生き方とか考え方次第でしかないってことに」

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