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Boy-Meets-September  作者: 村崎羯諦
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 土で汚れた衣服を取り替え、怪我の治療を簡単に済ませた後、玲奈たちは何事もなかったかのように車に乗り込んだ。拓人が運転席、玲奈が助手席、そして桃花は後部座席に、誰からも指図されることもなく、彼らは元居た位置に収まった。拓人がハンドルを握り、エンジンをかける。車は駆動音を響かせながら、振動する。そして、車は拓人の操作に逆らうことなく、国道四号線の道路を再び走り始めた。


 車が国道を駆け抜けていく間、三人は疲れからほとんどなにもしゃべらなかった。しかし、その沈黙は今朝のような重々しい雰囲気を帯びてはいなかった。むしろそれは、車窓を流れゆく景色を別々に見つめがらも、心のどこかで同じ方向を向いている彼ら三人のことを、重層的に奏でられた音楽よりも雄弁に語っていた。


 峠を越え、青森県と呼ばれていた地域に入り、車はさびれた建物の間を通り抜けていく。玲奈はその途中で、思い出したように、車のオーディオプレーヤの電源を入れた。シャッフルされ、一番最初に再生されたのは、昨日の道中で話題に上った「Boy-Meets-September」だった。拓人もその偶然に気が付き、ちらりとオーディオプレーヤーへと視線をやった。軽快なポップと少女のロックでありながらもどこかあどけなさがのこる歌声が車内に響き渡った。玲奈は窓からプレーヤーへと目を向けた。玲奈はその音楽へ意識を集中させた。昨日はぼんやりと聞き流していた曲が、歌詞と楽器の音までもが鮮明に頭の中に入りこんできた。


「そういえば、このグループってこの曲を発表した後、どうなったんですか?」 


 一番と二番の間奏部分で、拓人はそう玲奈に尋ねた。


「この曲以降は鳴かず飛ばずって感じで、そのまま表舞台からは姿を消したんだと思う。いわば一発屋ってやつね」


 拓人は「そうなんですか」と運転方向へと視線を向けながら相槌を打った。二番のAメロが始まり、再び、ボーカルの歌声がスピーカーから聞こえてきた。肩の力を抜いたようでいて、それでも真に迫る調子で、耳障りのいいメロディに載せて歌詞が歌い上げられる。テンポと演奏が、サビに向かって激しさを増していき、それに合わせて、ボーカルの息遣いまでが荒々しくなるように玲奈に感じられた。そして、二番のサビになったその時、玲奈の瞳から何の前触れもなく、一筋の涙が零れ落ちた。玲奈は初め、それが涙であることがわからないまま、それを右手で拭った。それほど静かに流れる涙など、もう何年も経験していなかったからだ。玲奈は自分の無意識的な精神の高ぶりに驚く。そして、何かから目を背けるように窓の外へと視線を移した。


「どうしたんですか?」


 何気ない口調で拓人が問いかけた。


「なんでもない」


 玲奈はそっけなくそう答えた。しかし、何でもないようなそぶりを見せようと試みたものの、その声は鼻の詰まった声だった。拓人は玲奈の不自然な様子を気にかけつつも、まさか彼女が泣いているとは思わず、それ以上何も言葉を続けなかった。曲は二番のサビが終わり、クライマックスへとボルテージを上げていく。初めて聞くわけでもないにもかかわらず、玲奈はなぜか、その曲の細かい部分に新しい発見と感動を見出さずにはいられなかった。

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