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Boy-Meets-September  作者: 村崎羯諦
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 イノシシが一歩ずつ玲奈に近づいてくる。イノシシが興奮する際に発するといわれるカチカチという独特な威嚇音が玲奈の耳にはっきりと聞こえてくる。そのゆっくりとした歩みにはどこか余裕のようなものがうかがえた。いまだ玲奈を外敵かどうかゆっくり調べようとしているのか、それとも貧弱な身体をした玲奈をしとめることなど動作ないことだと考えているのか。そのどちらであるか、玲奈には一切わからなかった。


 野生のイノシシに一対一で勝つ見込みなどない。相手が人間ならばまだ心理的に意表を突くことができるかもしれないが、相手は生存本能と闘争心しか持たない獣だ。追い掛け回された時点で玲奈の運命は決する。しかし、玲奈はイノシシから目を離さない状態のまま、ピクリとも動こうとしなかった。玲奈は迫りくる危機に対し、どこか諦観にも似た心境に陥っていた。生きようともがくこと、この状況を乗り切ろうと必死に頭を回転させること。以前は呼吸をするように自然とできていたことが、今の玲奈にはどうしてもできなかったし、そうしようとする意志がすっぽりと抜け落ちていた。


 それでも玲奈はかろうじて残っていた生存本能を頼りに、ちょうど近くに落ちていた鋭利な石を右手で拾い上げる。イノシシの急所はこめかみだったはず。そこに一撃お見舞いすることさえできればいい。しかし、こぶし大のその石を握りしめたその時、玲奈の頭の中に先ほど車で轢き殺した鹿の姿が思い浮かんだ。


それと同時に、玲奈の右手の力が急速に抜けていく。玲奈はじっとイノシシを待ち続けた。イノシシは玲奈の目と鼻の先まで近づいてきた。洗っていない犬のにおいに似た臭気が玲奈の鼻腔をくすぐる。改めて近くで見ると、そのイノシシは大戦前に動物園で見た個体よりも一回りも二回りも大きく、下あごから生えた二本の牙は、空に向かって高くつきたてられていた。


 放射能の影響でここまで肥大化したのだろう。過酷な環境を生き抜くための生存戦略。それはかつて玲奈が行ってきた行為と何ら変わりはしない。玲奈はこんな状況の中で、ふとそんなことを考えた。

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