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「とにかく、山の中を探しましょう。桃花ちゃんの足じゃ、それほど遠くまで行ってないでしょうから」
拓人の申し出に玲奈もうなづく。しかし、どの方向へ桃花が向かったのかわからない以上、やみくもに捜索を開始しても効果がない。玲奈と拓人は、鹿が横たわっている場所を中心に、人が分け入った痕跡やらを探し始めた。
すると、間もなくして、拓人が踏みつぶされた草の跡を発見した。玲奈もそれを確認し、ちょうど桃花くらいの子供が通っただろう踏みつぶされた跡が、山の中に向かって続いて行っていることを見て取れた。これで桃花の足取りのヒントを手に入れたとともに、桃花が本当に道路から離れ、山へと入っていったことが確実だということも判明した。
そして、玲奈と拓人はうなづきあい、一歩ずつ山の中へと入っていった。文明が滅びて以降、この山の中に人間が入ることがなくなり、草木は隙間なくのびのびと育っていた。そのため、桃花が歩いて行った痕跡もまた、見失う恐れはない。それだけが不幸中の幸いだった。
玲奈は草を踏みつけ、頭上近くの小枝をわざと逐一おりながら進んでいった。それは後ろを歩く拓人が歩きやすいようにするためであり、また、わざと音を立てることで、近くにいるはずの野生動物に自分の存在を知らしめるためであった。
うっそうと茂った夏草のにおいがする。小枝と小枝の間には蜘蛛の巣が所々できており、羽虫が群れを成して玲奈の行く手を阻んでいた。ふと自分の右腕に目をやると、そこにはバッタのような形の黒い昆虫が張り付いており、玲奈はそれを手で弾いた。地面は腐葉土で一歩足を踏み出すたびに、玲奈の重さでわずかばかり沈み、次に踏み出す一歩をそれとなく邪魔していた。
それでも二人は桃花の名前を呼びながら、前へ進んでいく。わずかに残された痕跡を頼りにしながら、玲奈は時々周囲を見渡しても桃花の影を探す。
玲奈はそこでふと足を止めた。「どうしたんですか?」と拓人が後ろから声をかけてくる。今までたどってきた桃花の足跡がそこで途切れていたのだ。足跡がなければどちらへ進めばよいのか見当がつかない。それはすなわち、桃花の発見を著しく困難にすることを意味した。玲奈と拓人の顔面が蒼白になる。玲奈は慌てて身をかがめ、わずかな手がかりを探そうと試みた。
しかし、その時だった。右前方からかすかに、何かがうごめき草がこすれる音が聞こえた。玲奈ははっと顔を上げ、その音がした方へ振り向いた。すると、玲奈からおよそ二、三十メートル先に、茂みの紛れ込みながら、じっとこちらの様子をうかがっている桃花の姿が見えた。
遠くからでは、桃花の表情は詳しく読み取れない。桃花が玲奈たちとの再会を喜んでいるのか、それとも拒絶しようとしているのか、それすらもわからなかった。しかし、桃花を探し求めていた玲奈にとって、そんなことは些末なことだった。玲奈は桃花の名前を呼びながら、彼女がいる方向へと駆けだした。
「玲奈さん!! 待って!!!」
後ろから必死に自分を制止しようとする拓人の声が聞こえてくる。なぜ、拓人が呼び止めようとしているのか。それが理解できたのは、勢いよく踏み出した右足が空をつかみ、バランスを崩した身体が、急斜面の崖へと転がり落ち始めてからだった。