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急いで、車をUターンさせ、先ほど雌鹿を轢いた場所へと戻った。しかし、そこに桃花の姿はない。二人とも車を降り、大声で呼びかけながら周囲を歩き回ったが何の反応も返ってこなかった。
二人はひとまず車のそばに集まり、可能な限り気持ちを落ち着けようと努力した。しかし、その努力の甲斐むなしく、玲奈の顔は時間とともにどんどんと生気を失い始めていた。両手を盛んにもみしだきながら、せわし気にあたりをきょろきょろと見渡す。玲奈の不安は頂点に達していた。道路にいないとすればすなわち、桃花は独りぼっちで道路から外れ、山の中へと入っていったということを意味しているからだ。
「桃花ちゃんはなんだかんだ言って、しっかりした子ですよね。仮に置いてけぼりを食らったとしても、そこらへんを歩き回らずに、ちゃんともといた場所で待ってるはずなんですけど」
拓人の指摘に、玲奈はただ黙ってうなづくことしかできなかった。その表情は真っ青で、不安を紛らわそうとしているのか、先ほどから頻繁に爪をかじっている。拓人の言うことはなにより玲奈がよく理解していた。桃花が置いて行かれるような行動、すなわち、勝手に車を降りるような行動を取るはずがなかった。しかし、状況から言って、桃花が車から降りたのは、玲奈と拓人が轢いた雌鹿を確認しようと車外へと出ていた時だ。桃花はその間に、後部座席から降りた。それ以外の可能性はない。
「もしかして、桃花……わざといなくなったんじゃ……」
玲奈は震えるような声でそうつぶやいた。その言葉に拓人も不安の表情を浮かべる。
「そんな……なんでよりによって今なんですか。喧嘩だってしょっちゅうあるし、わざわざ旅行中に失踪するなんて考えにくいですよ」
「いや、きっと桃花はコミュニティじゃだめだってずっと思ってたのよ。私への不満やらをため込んでて、いつかいなくなってやろうって考えていたのかも……」
ネガティブな思考に囚われつつある玲奈の背中を拓人は何も言わずにさすった。「そんなことないですよ」とでも言葉をかけるべきなのだろうかと心の中では感じながらも、玲奈の言うことがまったくのでたらめな推測だとまでは考えられなかったからだ。実際、二人を一番近くから見つめてきた拓人だからこそ、桃花が玲奈に対し、愛憎入り乱れた感情を内に秘めていること、そして、それを言葉を表現できないゆえに、またあまりにも優しい心を有しているがゆえに、その感情を爆発させることができない桃花の葛藤を無意識に感じ取っていた。