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自分自身が何を考えているか、何を欲しているのかわからないように、彼女は桃花がいったい何を考えているのかわからなかった。一度、拓人にそのことを相談したことがあった。しかし、拓人は一番近くにいる玲奈がわからないのに、どうして自分がわかるのかと困惑したように答えた。違う。そうじゃない。玲奈はその時、苛立ちを隠せずにそういった。遠すぎると何も見えないのと同じように、近すぎても何が何だか分からなくなるというのは往々にしてある。玲奈と桃花はともに生活を始めてから、片時も離れずに抱きしめ合っていた。そしてだからこそ、お互いに見つめあうことはなくなり、いつの間にかお互いの顔を忘れてしまっていた。今の玲奈はそれほどまでに桃花と、そして自分の中にある桃花への感情を見失っていた。
「何かあったんですか?」
拓人がとうとうしびれを切らして玲奈に尋ねた。
「今朝から二人とも様子がおかしいですよ。また喧嘩したんですか?」
玲奈は黙ってうなづいた。しかし、運転していた拓人はそのしぐさを見ておらず、聞こえていなかったのかと勘違いし、もう一度まったく同じ質問を玲奈にぶつけた。
「後ろに積んでたタマオの死体が腐ってたから、それを燃料生成タンクにぶちこんだの」
拓人は自分の耳が信じられずに、「え」と問い返した。
「タマオって、どこかお墓に埋めようって言ってた猫のことですよね?」
「それ以外のタマオは生憎知らないわ」
拓人は目を大きく見開き、玲奈を見つめた。驚きのあまり、運転中だというのに拓人は首ごと玲奈の方向を目をやったのだ。
「そりゃ、あまりにも桃花ちゃんがかわいそうでしょ」
拓人の避難めいた言葉に玲奈もうんざりとしたようにため息をついた。玲奈はちらりと後部座席の桃花に目をやった。桃花はシートに寝そべりながらも、二人の会話の行く末を観察するかのようにじっとこちらを見つめていた。それを見た玲奈は、なぜか反発心のようなものを覚え、苛立たし気な口調でつぶやいてしまう。
「私も悪かったって思ってるわよ」
しかし、玲奈のつぶやきは桃花と拓人の耳に届くことはなかった。なぜなら、玲奈が言葉を発したその瞬間、車が何かにぶつかった衝撃音が轟き、それと同時に車内が縦方向に大きく揺れたからだ。拓人は反射的にアクセルから足を離し、ブレーキを強く踏む。そして、慌てて前窓から何が起こったのかを確認しようとする。
「あー、鹿を轢いちゃいました」