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燃料生成が終わり、バギーの振動がなくなってようやく、拓人がのっそりとテントから現れた。その時点ではもう、玲奈と桃花はすっかり気持ちを落ち着かせており、一見すると二人の間に何かいさかいが起こったなど到底考えられなかった。
しかし、二人との付き合いが長い拓人は、直感的に二人の間に漂う一種の険悪な空気を察した。もちろん、このような場面に遭遇することはこれが最初ではなかったのだが、まさか旅行中にこのような事態に陥るとは想像だにしておらず、拓人は思わず顔をしかめてしまった。玲奈はその拓人の非難がましい表情を横目で見ていた。しかし、自分から進んで、話を持ち出す必要もないと考えた彼女は、そのまま何も見なかったと言わんばかりに、平静を装ったまま「おはよう」と拓人に声をかけた。
拓人は少しだけ迷った後、いつものように当たり障りのない返事を返した。そして、そのまま拓人はバギーが積んでいる燃料についての話を玲奈と始めた。触らぬ神に祟りなし。彼は、二人の間に起きた出来事に触れることはせず、いつものように過ごそうと決断した。
玲奈は燃料の心配はいらないと簡単に答え、そのまま朝ごはんの準備に取り掛かった。もちろん準備といっても、超長期保存食品と暖かい飲み物をトランクから取り出すだけなのだが、三人それぞれが分担して、準備を行い、そして、食事後も協力して後片付けを行った。そして、玲奈と拓人は食後の一服をはさみ、テントの撤去に取り掛かった。そして、それを終えるとすぐに車に乗り込み、ゆっくりと発進させる。
窓を全開に開けていながらも、車内には排せつ物や残飯の強烈なにおいが充満している。三人はその臭いをできる限り吸い込まないため、誰も言葉を発しようとはしなかった。そして、沈黙を乗せたまま車は走り続ける。
「何か音楽でもかけましょうか」
拓人が気を利かせて、助手席の玲奈にそう語り掛けた。しかし、玲奈は返事さえせず、黙ったまま窓の外の景色を眺め続ける。拓人がちらっと後部座席の桃花に目をやっても、桃花は桃花でじっと下をうつむき、深刻そうな表情で何か考え事をしているかのようだった。拓人は諦め、空いた片方の手で車内のオーディオプレーヤーのボタンをいじくり、音楽を流し始めた。車内に音楽が流れ始める。ランダムに選出された音楽はどれもこれも、車内の空気にそぐわない、夏らしい陽気な歌ばかりだった。
重たい空気を内に込めたまま、バギーは国道四号線を走って行く。道路は所々にひびが入っていたり、盛り上がっていた。都市に近いほど道路の状態は悪く、クレバスのように裂け目ができている箇所もあり、それを一々避けて通るために、車は反対車線にはみ出したりもした。車内はゆりかごのように上下に揺れ、後部座席の桃花は揺れるがままにその身を任せ、しまいにはぽすんと後部座席に横たわったまま動かなくなった。玲奈はその様子をバックミラー越しに見つめていた。その子供らしい愛おしさで胸がいっぱいになりながらも、先ほどの出来事を思い返し、少しだけ心の中に滓のようなものを感じた。