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以上の経過を経て、玲奈は少女の身元引受人となった。コミュニティの人間は、玲奈の提案により、少女の名前を桃花とすることを承認し、これによって桃花はフクシマコミュニティの最年少メンバーとして受け入れられた。玲奈はすぐさま桃花に、自分がこれからの保護者であること、そして今から自分の名前が桃花であるということを教えた。桃花はそれに一切抗議せず、今までの自らの名前と姓をあっさりと捨てた。それは彼女なりの生存戦略だったのだろう。少なくとも、目の前の女性の機嫌を損ねない限り、自分は保護され、すぐにこの荒れ果てた都市に置いてけぼりにされることはないだろうということくらいはわかっていたのだ。
一方、玲奈はというと、一目見た瞬間から、心を奪われたこの幼く薄幸の少女をついに手に入れたことへの高揚で胸ではちきれそうになっていた。玲奈は優しく、桃花の頬をなでた。それは一見すると、母性を帯びた手つきではあった。しかし、桃花はその手つきに込められた別の思惑を無意識に感じ取り、思わずその身を固まらせた。しかし、すぐさま困惑を玲奈の表情から読み取ると、今から自身の扶養者となる彼女を気遣うかのように、本能的にうっすらと微笑んだ。その娼婦のような微笑みを浮かべた瞬間、玲奈と桃花の関係性は運命づけられたと言っていいだろう。寄る辺のない二人が、共依存的に互いに互いを食らいつきあう、儚くも残酷な関係を。
その後、調達からコミュニティに戻るに伴い、玲奈と桃花は玲奈が有していた一戸建てに二人っきりで暮らすことになった。同じコミュニティにいた、子育て経験のあるメンバーからの助言や助けをもらいつつ、二人の生活は揺らぎなく離陸し、安定飛行に突入した。
そして、玲奈と桃花の今現在の関係が築きあがったのは、二人がともに生活を始めてからちょうど一年が経ったある日のことだった。元々は別々だった玲奈の寝室に桃花が訪れ、玲奈の胸に遠慮がちに身を委ねた。そして、桃花は玲奈の目を見上げるようにして見つめた後、すくっと首を伸ばし、玲奈の唇にそっと口づけをした。それは幼子が背伸びをして行うような遊戯事ではない、官能的な口づけだった。
「よくわかったわね」
玲奈は桃花の腰に手を回し、きめの細かい白い首筋に熱い吐息を吹きかけた。
「それが正解よ」
その日から玲奈は少しづつ、桃花に秘事を手取り足取り教え始めた。桃花はそれをはじめからわかっていたように、そして、それを待ち望んでいたかのように、玲奈の期待に応え続けた。二人はお互いの目に見えない寂寥の靄を振り払うように、お互いの身体をむさぼった。そして、激しく二人の身体を重ね合わせれば重ねるほど、二人は事が済んだ後、真珠のように大粒の涙を流し合い、お互いに壊れるほどに抱きしめ合うのだった。
彼女たちはそうして秘密の関係性を持ち、それは巧みにコミュニティのメンバーから隠されていた。玲奈が自分から罪を告白することはなかったし、桃花はそのことを伝えるための言葉を発することができなかった。彼女らと親交を持つ、拓人だけは二人の関係性に気が付いていた。しかし、彼がその事実を知った時にはすでに、揺るぎない共犯関係と情緒的な共依存関係が玲奈と桃花の間にできあがっていた。彼がすでに過去の遺産となりつつあった倫理をもってして、彼女らを引き離すことは不可能だった。結果、彼は渋々ながらも二人の関係を黙認し、何の障害もなく、彼女らの関係は続いて行くこととなった。
放射能の影響により、生存者は生殖機能を失い、性欲というものを失っていた。その結果、性交を行う人間はほぼいなくなった。それでも玲奈を含めた数少ない人間は、その寂しさを紛らわすためにその行為を続けていた。もちろん、男性器は勃起しなくなった以上、愛撫をするか、抱きしめ合うだけであり、それを大戦前の性交と同じものであるといえるかはわからない。放射線耐性を有していたとしても、繊細な人間は戦後の混乱で、あっけなく命を落とし、運のいい者のみが生き残ることができた。それでも、彼らの目に見えない傷は深く、その傷は身体を貫き、心の奥底まで届いていた。彼らの多くは趣味や享楽を通じて、その悲しみを紛らわせており、それはある種、無意識的な生存戦略だった。そして、玲奈にとってのそれが、桃花との性行為であったに過ぎない。それの是非は別として。