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玲奈はうっすらと目を開けた。
薄いベージュ色をしたカーテンの隙間から一筋の光が室内へと差し込んでいて、その中でちりやほこりが窓の外へ向かって幻想的に渦を巻いている。玲奈はぼんやりとした意識の中で、その光景をじっと眺め続けた後、ゆっくりと寝返りを打った。
早く起きたところでするべきことは何もない。それでも不思議なもので、朝が訪れると、彼女の意思に反して身体と意識はゆっくりと目覚めの準備を始める。彼女は目を閉じてもう一度夢の中へ潜り込もうとしたが、結局、身体全体の意思には逆らえないことを悟り、ゆっくりと上半身を起こした。
東北の夏の朝は若干肌寒く、寝巻も何も着ていない彼女は細く白い両腕をさすった。彼女がふと横に目をやると、そこでは幼い桃花が、子宮の中にいる胎児のように身を丸めた格好ですやすやと眠っていた。玲奈と同じように何も身に着けないまま、一枚のブランケットだけを腰より下にかけていた。発育途中の小ぶりな胸は膨らみとしぼみを繰り返し、そっと耳を澄ますと彼女の寝息が聞こえてくる。
自分の子供であってもおかしくないほど年が離れた桃花を玲奈は愛おし気に見つめ、彼女の唇、乳房に軽い口づけをした後で、そっとブランケットを肩までかけてあげた。そして、桃花を起こさぬように静かにベッドから這い出ると、床に無造作に置かれたワイシャツを拾い、それを着ながらリビングへと向かった。
気だるげにシャツのボタンをかけながら、いつものように壁に表示された発電量、可能消費電力を見る。ここ数日快晴が続いていたおかげで、十分な電力が備蓄されており、今日も殊更電力をケチる必要はないということを確認すると、彼女はそのままポットの電源を入れ、湯を沸かし始めた。
その間に洗い場で顔を洗い、鏡の前で昨夜の激しい営みを思い出させる乱れた髪をくしで梳かす。その後リビングに戻ると、机の上に置いてあるラジオの電源をつける。そこから流れてくる話声を聞きながら、インスタントコーヒーを淹れ、椅子に座ってそれを飲む。肌寒い朝に飲むコーヒーは彼女を内側から温め、それとともに霧がかった意識も次第に鮮明さを取り戻していく。
完全なる趣味であるにもかかわらず、何年にもわたって放送を続けているDJが小気味よいテンポで今朝のフクシマの天気について話している。何の予定もない以上、今日の天気を気にする必要はないはずなのだが、ついつい天気の話題になると、耳を傾けてしまう。もちろん天気予報などとっくの昔に消滅してしまった以上、わかるのは今現在の天気だけだ。それでも、玲奈はその情報を聞きながら、ぼんやりと今日の予定を考えてしまう。それはまさに、大戦前、彼女が休日にやっていたことと全く同じことだった。