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文明が滅びたか否かにかかわらず、夏至を境に日が暮れる時間帯は段々短くなっていく。出発自体が昼過ぎであったため、国道四号線へ出てから三時間も経たないうちに、空が熟れかけの蜜柑のようなオレンジ色を帯び始めた。車のライトを点灯することもできたが、何の予定もなく、また急ぐ旅でもない以上、無駄に燃料を消費する必要はない。玲奈と拓人は結局車を止めることに決め、大戦以前に発行された地図と、フクシマコミュニティのメンバーによって作成されたオリジナルの地図とを見比べ、近くにキャンプを設営するのに最適な場所がないかを調べ始めた。
今自分たちがいるのは大戦前の地名で言うところの岩手県盛岡市の手前だった。しかし、不運にもこの近辺は、日本への第三次核爆撃の標的の一つとなってしまい、残されているのは崩れたビルや化学物質でどろどろに汚れ切った水しかなかった。もちろん雨風をしのぐことには困らないが、せっかく車の後ろにはキャンプ道具を積み込んでいるのだからと、玲奈らは盛岡の一歩手前にある道の駅の廃墟近くに泊まることに決めた。
幸いなことに、すっかり暗くなってしまう前に目的地に到着することができ、素人らしく手間取りながらも、懐中電灯無しでテントを張ることができた。持参していた着火剤と電子ライターで火をおこし、ちょっとした焚火を完成させた。小さな焚火を囲んで、三人は早めの夕食を取ることにした。保存食を直火でじっくり温めると、いつも食べているはずのものであるにもかかわらず、信じられないほどおいしそうに感じられる。拓人は三人分のご飯をとりわける横で、玲奈は隣に座らせた桃花とひっつき、そのほんのりと暖かい人肌を満喫した。
「小泉さんは毎度のこと、こんな七面倒なことをしてるってこと?」
玲奈は紙皿に載せた熱々のおでんをほおばりながら、そうつぶやいた。口を開けるたびに、中から白い湯気が立ち上り、青紫色の夕闇へと吸い込まれていく。
「小泉さんは徹底してますから、こんな保存食なんか使わないですけどね?」
「へえ」
玲奈は気のない相槌を打った。拓人は「そうだ」と何かを思い出すと、バギーのもとへと駆け足で近づいていき、トランクを開けてごそごそと何かを探しはじめた。しばらくすると、拓人は細長い布製のケースを手に取り、玲奈たちのもとへと戻ってくる。拓人がケースを外すと、中には焦げ茶色をした猟銃が入っていた。桃花が興味深そうに猟銃へと顔を近づける。
「小泉さんからちょっとだけ貸してもらったんです。キャンプの時はこれで猟をしているそうですよ」
拓人は、小泉が自衛隊基地からちょろまかした高性能のマシンガンを使って野生の動物をしとめ、その場で持参した本を片手に解体しているという話をかいつまんで語った。
「少し狩猟の真似事でもしてみます? 使い方は教わってきたんで」
「遠慮しとくわ。でも、大戦前は、そこらへんにいる銀行員だったなんて信じられないわね」
小泉によれば、調達の際に食料を求めて自衛隊の基地に潜り込み、そこで予備用のマシンガンやライフルを大量を発見したらしい。当時はまだコミュニティ同士の争いが散発的に起こっていたため、武装用としてそれらを持って帰った。しかし、秩序が安定するにつれて、それら武具も使う機会はなくなってしまい、いつの間にか、倉庫の奥底に眠ったまま放っておかれるようになってしまった。
そんな中、他のコミュニティの仲間と同じように、小泉も次第に自分の時間をもてあそび始めることになる。他のものに誘われ、ゲームやらテレビ鑑賞、ボードゲーム、麻雀を嗜んでみたものの、なかなか長続きしない。そんな時、小泉は時々現れる野生のシカを目にし、それと同時に狩猟をしていみようと思い立ったのだ。未来と希望がないコミュニティにおいて、時間だけは有り余るほどに与えられていた。早速、小泉はほこりが被った倉庫内へと銃器を取りに行った。士官学校で発見した教書も存在する以上、それらの取り扱いをマスターするのに必要なのは、途中で投げ出さない根気強さくらいのものだった。こういうわけで、小泉は他のものと同じように、狩猟という自分なりの壮大な暇つぶしを見つけることができたのだ。