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Boy-Meets-September  作者: 村崎羯諦
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10

 爆撃の被害は免れたものの、経年劣化によって所々ひび割れがしている道路をバギーが時折上下に揺れながら走って行く。ひび割れの間からは力強い雑草がアスファルトを突き破って所々に生えており、核戦争後もなおたくましく生き抜いていこうとする生命の息吹を感じることができた。


「それに、夢を叶えた人たちが幸せじゃないわけないじゃないですか」


 拓人の言葉が先ほどの話の続きだということに、玲奈は一瞬気が付かなかった。しかし、その言葉をかみしめるように小声で繰り返した後、窓の外に見える山脈をぼんやりと眺めながら返事をした。


「夢を叶えたものが実際に幸せだったかどうかということと、夢を叶えたものは幸せであるべきだっていうことは違うのよ」

「はあ」


 拓人は一応相槌をうったが、心の中では、また玲奈の屁理屈が始まったという以上のことは考えなかった。玲奈も拓人の気のない返事からそのことを薄々勘づいていたものの、惰性で言葉を続けた。


「夢を叶えることが幸せじゃなくちゃ、夢を見続ける人間が減ってしまうもの。夢をみることはいいことでしょ。向上心や、日々に張り合いを持たせてくれるし、そのためにお金を使ったりするから、より経済が回る。目を輝かせて夢を語る人は魅力的だし、何より、夢を見ようとしない人間を一段上から見下ろすことができる。もちろん、そうするかどうかは別の話だけど」

「そんなひねた考えしなくても」


 拓人は苦笑しながらそう突っ込んだ。拓人につられ、玲奈も思わず微笑んでしまう。


「つまり、前は社会全体が夢を見るように働きかけていたわけ。そして、この可愛くて、歌の上手い女の子たちもその流れにのった、それも上手に乗ることができた子たちだった。そして、女の子たちは、実際に夢を叶えてみた結果、何を感じたのかな。それも、ブームを落ち着いて、夢がひと段落した後になって」

「たとえ、玲奈さんの考える通り、夢を叶えた後に燃え尽き症候群になったとしても、一つの思い出はできたわけじゃないですか。それ以上に何を望むんですか?」

「夢の後も人生は続いて行くのよ、映画やおとぎ話と違って」


 玲奈は少しだけトーンを落としてそう言った。玲奈はよく、自分で議論を吹っかけておきながら、何の前触れもなしに急に熱からさめてしまうことがよくあった。拓人は玲奈の調子からそのことを読み取ったものの、納得できない玲奈の主張に一矢報いようと言葉を発した。


「じゃあ、玲奈さんはどんな人生が幸せだったと思うんですか?」


 玲奈はその質問に何も答えなかった。それが本当に返答に窮しているからなのか、それとも、完全に熱が冷めきり、相槌さえも口から発したくないからなのか、拓人にはわからなかった。玲奈と拓人はその会話を最後に、しばらくの間何も話そうとしなかった。先ほどまで流れていた曲もいつの間にか終わり、車内には、窓ガラス越しにくぐもって聞こえるバギーの排気音と、時折、同じ姿勢でいることに疲れた桃花が体勢を変えようとして動いた時の座席の革がこすれる音しか聞こえなくなっていた。


 それでもバギーは拓人に操られるまま、走り続ける。そして時間とともに、流れては去っていく外の景色もどこか違っているようで、結局は同じような景色でしかなくなってきた。たまに、見慣れない鉄の塊を遠くから警戒した様子でうかがう鹿や野犬の姿を見ることができたものの、それらは得てしてフクシマコミュニティにおいても度々見ることのできる光景であり、さして知的興奮を与えるものではなかった。


 どんな人生が幸せなのか。しばらく時間が経ってから、玲奈の頭にふと拓人の質問がよみがえってきた。ずっとそれを探しているのだ、ということを言おうとして、あまりにその質問から時間的に隔たりがあることに気が付き、口をつぐんだ。夢の叶えた人間も幸せでない、夢を叶えることのできなかった人間も幸せではない、そして夢を見ることのできない人間も幸せでない。どんな人生が幸せなのか、いや、どうすれば幸せな人生になるのか。玲奈は家にあるテレビ画面のように移ろう景色をぼんやりと眺めながら、ぼんやりとそのことについて考えを巡らせるのだった。

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