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その曲はアップテンポなイントロから始まり、すぐさまサビがうたわれ始めた。可愛らしい女の子の歌声が、激しいリズムに乗って聞こえてくる。高低差の激しい音階を、見事に歌い上げる女の子は、どこかアイドルのような愛嬌を持ちながら、一方で演歌歌手のようにこぶしのきいた、よく透る声をしていた。
「この曲知ってるんですか?」
曲に耳を傾けながら、拓人が尋ねる。
「私が子供の頃に、なんかの炭酸飲料水のcmに使われてた曲。カラオケとかでよく歌ってた」
「玲奈さんもカラオケとか言ってたんですね」
「中学生くらいのころだけどね」
玲奈は懐かしむような目でじっと曲を流している端末を見つめる。
「Boy-Meets-September」
「え?」
「この曲名」
拓人はふーんと興味なさげに相槌をうった。
「結成数年のガールズバンドが作った曲で、メンバーはみんな可愛かったっけ。だから、バンドというよりはアイドルって感じが強かったんだよね。この曲を最後にめっきり姿を観なくなったけど」
玲奈の話に拓人はじっと耳を傾ける。再びサビの部分に移り、ボーカルの激しい歌声が響き渡る。
「ねえ、この女の子たちって幸せだったのかな」
脈絡のない質問に拓人は思わず玲奈の方へ顔を向けた。ゆっくりと玲奈の質問を頭の中で繰り返したものの、なんと言えばよいかわからず、すぐには言葉を返せなかった。
「まあ、芽が出ないバンドが大勢いたなか、一曲でもヒットを飛ばせたんだから幸せな方なんじゃないですか?」
少ししてから思い出したように拓人がつぶやいた。
「結局、核戦争でみんな死んでしまったのに?」
「それを持ち出すのはずるいですよ。それを言ったら、俺のおふくろや親父、友達だってみんな不幸だってことになりますし」
「そういうことを言ってるんじゃない」
玲奈は気を悪くしたのか、窓の外へふいと顔をそらした。拓人は玲奈の言葉をもう一度最初から考えてみたが、結局何がどう違うのか全く理解できなかった。拓人は玲奈の言葉を待つことにした。しかし、玲奈はいつまでたっても口を開こうとしない。そうして、ただ無意味に時間が過ぎていくうちに、車は細い道を抜け、国道4号線に出た。