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単、短編

白い闇に包まれて

作者: 黒井 陽斗

 白い闇、それは強い風と雪が織りなす純白の世界、ホワイトアウト。

 キラキラと太陽の光を反射するその世界は限りなく幻想的だが、残酷なまでに死に近い、風速冷却によって気温は零下30℃を下回っているだろう。


 吹き荒れる自然の脅威の中、俺は山野を歩く既に3日水しか口にしていない、既に体力のほぼ全てを使っていて、僅かに残った気力のみが足を動かしている。

 

 気が付けば何もかもが変わった、そう言うしかない状況に世界が変わってしまったのだ。


 太陽フレアから発生した磁気嵐に因って世界中でオーロラが観測された日、人類は世界規模で電子機器と言う科学の力を失った。


 各地で大きな混乱を迎え暴動が起こり、世界中の原発が機能不全を起こし、何箇所かは暴走したと噂で聞いた、そこから吹き上げる粉塵で各地の気温は下がり、恐怖を覚えた人々は食料を求めて暴走を始めた。


 コンピュータやマイコン制御などをしているものは全滅だ、ラジオすらまともに使えやしないのに愕然とした、電子制御の無い機械類は動くが今の世の中そんな物は殆ど無いし、電源が無いのでそういったものでも殆ど動かす事が叶わないのだ。


 キャブレター制御の古い車は何とか動く可能性はあるが、動態保存されている方が珍しい、見つけられる気がしない。


 人類が今まで積み上げたの叡智が殆ど否定された世界で、俺は生存の為に闘争をしている。


 俺が偶然仕事で来ていた北海道北端は原発が無く、お陰で今の所はなんとか生きてこられたが、この気温では長くは生きていられないと思う、ここまで来る途中で何人もの凍死者や暴動の被害者を見てきた。


 命を繋ぐためにただ無心になって歩いていると1軒の民家が見えた、どうやら今日は死ななくて済むようだと俺は小さく安堵の溜息を漏らし近づいて入り口で耳を澄ませて中を伺う、警察、自衛隊という機構は国の重要な部分を守るの手一杯の状況、治安は末端から悪化の一途を辿っている。


 大陸から来た人間は日本人と考え方が違う、人から奪う事を厭わずに暴力に因って目的を成す。

 彼らの略奪に日本人も自衛のために暴力を振るう様になり、皆が他人を信じられなくなった。

 仏教で言う末法もかくやというような状態、人と会うという行為は今の世界ではリスクの有る行為になってしまった。

 話が通じて室内で暖を取る事を許してくれる人であればいいが、そうでないなら下手に刺激をすれば攻撃される、現状の気温で攻撃されて怪我を負えば、先には明確な死が待っている。


 慎重に外から中を覗き、何度か音を鳴らして反応を見る、暫くしても何の反応もないので空き家だと判断し、安全の確認が終わったので鍵が掛っている扉にバールを差し込んでこじ開けた、金属が擦れる耳障りな嫌な音が辺りに響く。


 何とか開いた扉の先に、凍った老人の遺体が二人手を繋いだ形で待っていた。


 傍らに酒と、睡眠薬と思しき処方薬の袋が転がっている、この世界に疲れて永久の眠りを選んだ様だ、二人に手を合わせ、今晩の宿を借りる旨を告げる。


「すいません、二人の静かな終の棲家に無粋に入りました、ですが俺はまだ生きにゃならんのです」


 俺の帰りを待つ者が居る、恥ずかしくて愛していると一度も言ってやれなかった嫁さん、生意気だが可愛くて仕方がない自慢の息子、二人の元に戻るまで死ぬ訳にはいかない。


 その為ならば、どんな情けない手を使っても生きると決めたのだ。


 大都市圏は未だに無事だと風の噂で聞いている、だとすれば、二人はきっと元気に生きていて俺の帰りを待っている筈だと、そう信じて出来る事をするしか無いのだ。


 部屋に入った俺は辺りを物色して使える物を集め出す、まずは温まる為に燃やせる物を探すと目の前の古い灯油ストーブが目に入る。


 放熱板の付いた昔ながら形に安堵し、中のタンクを調べると十分な重さと灯油が中で踊る水音が辺りに響く。


「運がいいぞ、まだ灯油が残ってる!」


 これで確実に俺は一日命を繋げると凍った家主に感謝して、ストーブに火を入れようと、薄暗い部屋の中、凍傷になりかけた手でファイヤースターターを必死に擦って、なんとか火花と飛ばして火をつける、灯油独特の燃焼時に起こる懐かしい煙、その匂いが俺に安心感を与えた。


 ブッシュクラフトが趣味で、こんなもんを持っていたので何とか生きてこられた、コレがなければとっくに死んでいたと、今年の父の日にプレゼントとして送ってくれた息子と妻に感謝をした。


 炎で湯を沸かしつつ全身を温めて、沸いた湯を水で温めて凍傷になりかけた手足を、ゆっくり時間を掛けて温めた。


 手足が動かなくなれば死んでしまう、五体満足はサバイバルでは一番大事な要素だ。


 十分に手足が温まった所で、乾いた衣服を探すため家探しを続行する、特に欲しいのは末端を保護する靴下と手袋と帽子やマフラー等だ、これが無いと外に出て直ぐに死ぬ事になる。


 タンスの中には、几帳面に折りたたまれた服がいくつか仕舞ってあった、その中には目当ての物が十分並んでいてありがたく頂戴した。


 墓を暴く様な行為だが、それでも俺は生きていたい、手を合わせたのだから勘弁して欲しい。


 衣服も揃った所で今度は食事を探す、なんでもいい本当に何でもいい、とにかくカロリーを摂らなければもう持たない、そう思い冷蔵庫や食品棚を物色すると、俺の予想以上に食料が備蓄されていた。


「これだけあるのに、なぜ自殺など考えた……」


 切り詰めれば二週間は生きていける程の食料が備蓄されていた、簡単に食べられるレトルトを温めながら、室内を更に物色すると燃料も同様の量はあると分かった。


 そして最後に寝室と思われる部屋に入って、遺書と表書きされた茶封筒を見つけ、中を確認して納得した。書いたのはどうやら夫らしい、彼の苦悩が描かれた文章に俺は涙を流した。


『恐らくこれを見るのは息子じゃなくて、私らを全く知らない人でしょう、そして私らの最後の姿を見てからこの遺書を読んどるでしょう。

 きっと部屋の中を見て、なんで死んだのか疑問に持つかもしれない、私の嫁は認知症だ救助が望めない以上、嫁を抱えて生きるのは不可能だ、私が死ねば嫁は死ぬ、だからここで一緒に逝く方がええと思ったからそうした。

 これを見た人が居たなら家の物は全部あんたにくれてやる、だから私らを埋めて欲しい、それが難しいなら出る時に家を燃やしてくれ、赤の他人にこんな事を頼むのは筋が違うかも知れないが、これも縁だと思って宜しく頼んます』


 切ない遺書を残してこの夫婦は逝ったのか、そして彼らが残してくれた物で俺は命を繋ぐ事が出来た、だとすれば彼の願いを叶えるのは人の道義だ。


 だが、流石に二人を埋める穴を一人で掘るのは無理だ、浅い穴だとクマが掘り返してしまい人の味を覚えたクマは人を襲う様になり危険だ。


 こそ泥まがいの情けない生き様を晒しても、最低限の敬意まで俺は捨てていない、だから確実に出来る燃やす方を選ぼう。


 二人が眠る場所まで戻り、もう一度しっかりと手を合わせ、お礼と必ず遺書の通りすると約束をする、この約束は俺の命の価値だ。


「色々残してくださってありがとうございます、貴方達のお陰で俺は命を救われました、暫くこの家をお借りします、出て行く時は必ず旦那さんの遺言通り火を付けて出ていきます、埋めてあげれなくてごめんなさい……」


 こんな悲しい現実の中で俺は文字通り必死で生きている、全ては愛する家族の待つ我が家へ辿り着き、二人をこの手で抱く為に。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 世界規模の災害から様々なドラマが産まれ、全ての人々が主人公になる状況。その状況の切り出しセンスが光っていますね! [気になる点] 短編で終わらすには惜しいですね? [一言] 続き希望
2017/08/05 16:33 退会済み
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