第10話
鵺が消滅し、狼男から星十郎は元の人間の姿へ戻ると、
「じゃあ、帰るか」
皆に告げた。
──夕刻の境内、老木の側、
「まさか星十郎が[闇憑き]とはな。ちょっとヒヤヒヤしてしまったではないか」
そう喋り掛ける華に、
「でも、ちゃんと勝ったぞ」
マフラーをしながら星十郎は短く返した後、
「あっ、それから、お華ちゃん……あの、さっきはゴメン」
申し訳なさそうにして謝ってみせた。
「えっ?」
いきなり謝られて、目をしばたたく華。
「何て言うか、お華ちゃんの立ち場とか思い──みたいなモノを無視して、俺、好き放題に言っちゃったからさ。あの、鵺との戦いの最中で、ちょっと無考えだったよ」
などと、先程の遠慮会釈も無かった自分自身を星十郎が反省する。対し、
「星十郎……いや、私も言い過ぎたよ。済まない……ずっと真面目一辺倒の生き方をして来たからな。もっと余裕を持つべきなのだろうが、今更、こんな私が楽しさを求めたって、どうしたら良いのか──正直、よく分からないよ。情けない事にな」
華も謝罪しては、ただ真面目に生きれば良いと考えていた浅はかな自分自身を恥じていた。
「お華ちゃん……だったらさ、今度、俺と一緒に遊園地に行こうぜ。そうすれば、絶対[楽しい]よ」
明るい声音、優しい表情で星十郎が言ってみせる。
「……不思議な男だな。貴様は……」
心に思った事を、そのまま華は口にした。
「へへへっ」
笑い掛ける星十郎に応えて、
「あははっ」
華も目一杯の笑顔を見せるのだった。そして、
「お華ちゃん、もう夕暮れで昼とは違って寒いだろう?だからさ、俺のマフラーを巻けば良いよ。はいっ!」
「エッ!?あっ……ありがと……」
夕暮れになって寒くなって来た為、星十郎はマフラーを外して華の首に巻いてあげた。折も折、
「おーい、お二人さん、もう八雲は用意できてるぞー!」
「早く来るッスよー」
「寒いし、さっさと帰ろうぜー」
夏彦と肩に乗る優希、更に大和が古寺の門前から呼ぶのであった。
「皆も呼んでるし、行こうか、お華ちゃん」
「ああ、そうだな」
こうして、さっきまで雷鳴の響く戦いが繰り広げられていたのが嘘みたいな──寂然たる古寺を星十郎達は後にした。
八雲に乗って山の麓まで行き、そこから駅までは歩き、電車で勿忘駅へ着くと、
「あの、ちょっと用事が出来てしまった。またな」
と言って、星十郎達と別れた華は足早に何処かへ去ってしまった。
「用事か……ところで、星十郎、松丸には何てメールするんだ?」
一応、気にして大和が聞いてみる。すると、
「う~ん、そうだなぁ。ある程度リアリティがないとダメだしなー」
星十郎は一考してから、ジパング関連の事は松丸に秘密にしているので、
「とりあえず、[大きな野犬がいて、その鳴き声が人間の奇声のようであり、僕は不気味に思いました]って報告して置くよ」
鵺の件は適当な虚偽の報告をする事に決めた。
やがて十字路にぶつかり、大和は左へ、夏彦は右へと曲がって、星十郎と優希は直進し、それぞれ帰宅したのだった。
「──どうだった?鵺はさ」
天頂院家では、陽子が結果を知りたがる。
「解決したッスよー!」
「戦う事にはなったけどね。鵺のせいで、体調が悪くなったけど少しずつ良くなってるから特に問題も無いよ」
シンプルな優希と星十郎の報告に、
「そっか、なら良かったわ」
なんて、陽子は一安心してみせた。
この日の夜、二十時、星十郎達が晩御飯を食べ終えた頃、玄関のチャイムが鳴った。従って、
「はーい……あ、お華ちゃん」
星十郎がドアを開けると、そこには紙袋を持った華が立っていたのだ。
「夜分、失礼する」
華はブラウンのコートを着ていて、しっかり星十郎のマフラーもしていた。
「まぁ、とりあえず中に入ってよ」
早速、星十郎が家の中へ招こうとすると、
「あ、いや、星十郎──ちょっ、ちょっと、貴様に渡したいモノがあってな。あの、コレだ!受け取ってくれ」
恥ずかしそうに華は持っていた紙袋を星十郎に渡した。
「こ、これは……」
星十郎が紙袋の中を確認したら、そこにはピンク色のマフラーが入っていて、
「星十郎がこのマフラーを私にくれただろう。だから、そのお礼と言うか、お返しだよ。私のセンスで選んだマフラーだ。気に入ってくれると良いのだが」
若干、紅潮した顔で華は言う。
(俺のマフラー、あげたと言うより、貸したつもりだったんだけどな。いや、まぁ、全然いいけどさ)
そんな事を思う星十郎だが、
「それで、わざわざ来てくれたんだ。ありがとう」
ちゃんと礼を言ってみせる。
「どうだ?星十郎、可愛いマフラーだろう?」
と、華は乙女チックに瞳を輝かせてマフラーの感想を求めた。
(どうするッ!?俺は男だぞ?ピンクのマフラーなんて恥ずかしい。だが、お華ちゃんがくれたマフラー、困った顔や嫌そうな顔をしてしまったら傷付けてしまう。やはり、ここは素直に喜ぼう!)
数瞬の思考の後、ピンクのマフラーを手にした星十郎は大袈裟に喜んだ。
「確かに可愛いマフラーだねー!俺、桜が好きだからピンク色も好きなんだー!凄い気に入ったよ!お華ちゃん、ありがとう!」
「おおっ、そんなに喜んでくれるとは私としても嬉しいよ!どれ、私が巻いてあげよう!」
星十郎の喜びの反応に華は嬉しくなってマフラーを巻いてあげた。そこへ、
「アッ、お華ちゃん──と言うか、星十郎、そのマフラーは何なの?」
「むむっ!?星ちゃんのマフラーをするお華ちゃん、そして、ピンクのマフラーをする星ちゃん……何か怪しいッス!」
陽子が頭に優希を乗せて玄関まで様子を見に来たのだ。
「あっ、このマフラーはお華ちゃんに貰ったんだよ。俺のマフラーをお華ちゃんにあげたから、その[お返し]にくれたんだ」
「そ、そうだぞっ!別に他意は無いからなっ!」
変に焦りつつ二人は陽子と優希に返した。
「ふーん、可愛いマフラーね……ま、とにかく上がってよ。お華ちゃん」
「いや、でも、こんな夜に上がり込んでは陽子達の両親も迷惑だろう?」
「何一つ問題ないわ。父さんは社畜だから夜遅くに帰宅して朝早くに家を出て行くからさ……さぁさぁ、遠慮せずに入って入って~!」
玄関での立ち話も落ち着かないので、陽子は強引に家の中へ華を招き入れたのであった。
リビングルームの南側、陽子と華はソファーに並んで座り、
「どうだった?お華ちゃん、世直し屋の活動がどんなモノか分かった?」
「ああ、ちゃんとした活動で安心したよ。もし、ヘブンズドアを開けておきながら遊び半分のふざけた真似をしていたら──容赦なく、根性を叩き直してやろうと思っていたが、その必要は無かったな」
鵺の件を解決した世直し屋について話をする。星十郎は優希を肩に乗せてダイニングテーブルの椅子に腰かけ、二人の会話を聞いていた。
「後は、ヘブンズドアに関する事が知りたいのよね。と言っても、ヘブンズドアの事なんて星十郎が開いただけで、アタシ達としても別に詳しくは知らないわよ?むしろジパングの人間であるお華ちゃんの方が知識はあるんじゃないかな」
「……そうかもなぁ。だが、それでも知ってる事なら何だって良いから教えて欲しい。ヘブンズドアを開いた日の事を詳しく教えてくれるだけでも良いよ」
「そう……アッ、それじゃあ、お華ちゃん、今日は家に泊まって行ってよ。話すこと色々あると思うし」
思い付きで陽子は華を泊める事にした。
「いや、でも、泊まる準備など私はして来てないぞ」
急な展開に華が困っていると、
「泊まって行くッスよー!パジャマは星ちゃんの予備があるし、眠る所は陽ちゃんの部屋があるッス!一緒にお風呂に入って洗いっこして、陽ちゃんのベッドで一緒に眠るッス!」
やたらと張り切って優希が言葉を連ねる。続けて、
「だから、星十郎、ちょっと今からコンビニへ行ってさ、お華ちゃん用の歯ブラシとお菓子と明日の朝食のパンとか買って来てよ」
スッと立ち上がり、おもむろにポケットから取り出した五千円札を陽子は星十郎に渡し、買い物を頼んだ。
「オッケー!」
「ボクも行くッス!」
すぐに星十郎と優希はコンビニへ向かって家を出て行く。
「あ、おいっ、ちょっと……」
断る間も無く話が進み、華は諦めて天頂院家に宿泊する事にした。
「全く……だが、今のやり取りを見ても思うが、陽子は本当に星十郎の姉なのだな。全然、見た目は姉には見えないのに……まるで成長していないみたいだよ」
リビングに残った華は、まじまじと陽子の容姿を見つめながら口に出す。
「……これ以上、成長するとアタシは死んじゃうから……」
一度、左手に持ったアメ玉に視線を移してから陽子は告げた。
「エッ!?それって、どういう……」
詳細を聞くのを躊躇う華。
「色々あってさ。その辺の事も後で詳しく話してあげるわ」
「そうか……ところで、陽子、父親は働いているから不在みたいだが、母親は何処にいるのだ?母親も働いているのか?」
「母さんは、ずっと前に亡くなってしまったわ」
「そ、そうだったのか……」
「ずっと前……七年前の事よ」
「…………」
二人の間に数秒の気まずい沈黙が流れる。しかし、
「ねぇ、お華ちゃん、見せたいモノがあるの。ちょっと来てくれる」
「……ああ」
陽子は沈黙の継続を許さず、
「ココよ。星十郎の部屋」
華を二階にある星十郎の部屋へと案内した。
「──見せたいモノは、コレよ」
星十郎の部屋の中、片隅に置かれた女性の石像の横に陽子が立つ。
石像の女性はロングヘアであり、表情は優しく微笑み、背の高さは約160cmで体は細く、破れたシャツと短めのスカートの格好、靴などは履かずに素足で直立していた。
「女の子の石像……」
よく分からぬまま華が呟く。
「美人よね」
一言、陽子は石像の女性を見上げて言う。
「まぁ、そうだな。美人だ」
「……お華ちゃん……この石像、女の子の名前は月姫よ」
「月姫……陽子、この石像は一体何なのだ?」
謎の石像を前に華が聞くと、ほんの少し声を落として陽子は答えた。
「……アタシ、それと星十郎の──妹よ」