第9話
大和達の戦いの方は、次第に鵺が巻き返していた。
「このッ!」
「無駄だ」
太い蛇の尾を使った鵺の攻撃を大和が左腕で防御する。続け様、
(だいぶ熱が……)
黒煙の影響で高熱が出ていて、フラつく大和の腹部を、
「目障りなんだよッ!」
思い切り鵺が後ろ足で蹴っ飛ばす。
「ぐっ!」
シャルルダイヤモンドでガードしたものの大和は本堂まで吹っ飛んでいた。
「次はオマエだぁ!」
矢継ぎ早、鵺が夏彦を目掛けて雷を放つ。
「彦ちゃん、来たッスよ!」
と、夏彦の肩に乗る優希が慌てて声を出す。
「平気さ!」
素早く雷雲を生み出し、鵺の雷を受け止める夏彦。だが、その時、僅かに出来た隙を逃さず、
「お前も邪魔だぁ!」
鵺は飛び掛かり、虎の爪で夏彦の腕を切り裂いた。
「ウアッ!」
負傷し、後退る夏彦の所へ、
「夏彦ッ!」
星十郎が駆け付け、ようやく戦いに加わるのだった。
「一人一人、確実に殺してやる!ハアアアッ!」
黒煙とサイケデリックのクウェイクと止めて、集中して鵺が強力な雷を発生させる。
「優希、夏彦の傷を頼む!」
夏彦の肩に乗る優希に星十郎が頼み込む。
「了解ッス!」
快く返した後、優希はサイケデリックの[シーユーアゲイン]で夏彦の傷を治し始めた。
シーユーアゲインは、あらゆるモノを再生できる驚異のサイケデリックであった。その再生力は優希が狙い定めた対象との距離が近いほど強くなり──重ねて、対象となる数が少ないほど再生が完了するまでの時間を短縮できた。
「まずは奴からだ」
そう口に出す鵺の視線の先に大和がいた事に気付き、
「──ッ!」
「死ねぇぇぇ!」
急いで星十郎は走り出す。
「しまったッ!大和、逃げろー!」
腕を怪我して、雷雲が間に合わない夏彦が叫ぶ。
(クソォ……)
鵺が飛ばした特大の雷を見て、高熱で不調の大和は避けきれないと即座に解していた。すると、
「間に合えぇぇぇ!!!」
真っ先に動いていた星十郎が雷と大和の間に入り込んだのである。
「星十郎ッ!」
心配する華。
──星十郎は白い煙に包まれて、雷の眩い光と物凄い衝撃が周囲に広がった。
「邪魔されたが、まぁ、良い。まず一人、殺してやったぞ!ヒョッヒョッヒョッ!」
気早に鵺が笑う。
「星十郎ッ!!!」
なんて、駆け寄ろうとする華に、
「大丈夫ッスよ!星ちゃんなら」
夏彦の傷を治し終えた優希が言ってみせる。
「でも……」
改めて華がよく見てみると、
「ふぅ、間に合って良かったぜ」
などと、白い煙の中から星十郎の声が聞こえたのだ。
「ふっ」
口角を上げる大和。そして、
「だけど、流石に痺れがヤバイな」
風上から吹く冷たい風に煙が払われ、星十郎の姿が現れた。けれど、その姿を見た華と鵺が、
「なっ!?」
「何だ!?」
愕然とする。
真っ黒な毛色、金色の右目、鋭利な牙と爪──現在の星十郎は、二足で立つ人型の狼、所謂[狼男]の姿となっていたのだ。
狼男の時の星十郎は背丈が二メートルはあり、着ていた衣服も制服ではなく、薄汚れたハーフパンツだけを穿いていた。
(──獣人化したのか?……アイツ、危険だな)
鵺の顔から笑みが消える。
「声は星十郎のままだが、あの姿……聖々警護団にも何人かいるけれど、まさか……」
ここに於いて、華は優希に一つ聞いてみた。
「オイッ、優希、もしかして星十郎は[闇憑き]なのか?」
「やっぱり知ってるんスねぇ。そうッスよ。妖魔で、更に詳細として、星ちゃんには[ダークウルフ]が憑いてるッス。ちなみに、あのダークウルフは雄で名前は[ミロク カグヤ]、と言っても──ボクは関係なく[星ちゃん]って呼ぶッスけどね~」
からりと優希が答える。
ジパングには、まるで魂の如く[実体の無い妖魔]が極少だが存在していて、それが人間に憑いて顕現する事を[闇憑き]と呼んでいたのだった。
この闇憑きこそ、基本一つしか宿らないサイケデリックだが、一筋縄では行かない極少の[厄介なケース]となる。
優希が華に説明した通り──ダークウルフという種族で、カグヤという名の妖魔に憑かれていた星十郎は、その姿形だけではなく特殊能力やサイケデリックまで扱えたのだ。
「サンキュー、星十郎、助かったよ。炎系、雷系は流石にヤバイからな」
礼を言う大和に、
「後は俺に任せろ」
一言返した後、星十郎の右腕は炎のような赤いオーラを纏っていた。
(何だ?あの燃え上がるような右腕は……)
心を落ち着かせつつ華が見守る。
「鵺、コレが最後だ。大人しくジパングに帰ってくれないか?」
最後に星十郎は聞いた。しかし、
「ふざけるなぁ!」
雷を飛ばす鵺の返答は、戦闘の続行となる。
正面から星十郎は雷を受け止めると、
「……今ぐらいの雷だったら余裕だな。俺は耐性を上げる事が出来るんだ。火や雷や氷とか、色々な。この[耐性アップ]はサイケデリックじゃねぇぞ?俺の特殊能力だ。もう、お前じゃ俺には勝てない」
鵺の目の前まで歩いて行く。
「容赦はしないぞ。鵺」
と言って、戦闘を開始しようとする星十郎に対し、
「──分かったッ!帰る!ジパングに帰れば良いのだろう?儂の負けだ!」
いきなり鵺が敗北を認めたのだ。
「そっか、それは良かった」
炎で燃え上がるような星十郎の右腕が元に戻る。
(馬鹿がッ!ヒョッヒョッヒョッ!)
内心、負けたフリをしただけの鵺が嘲笑う。
「おーい、お華ちゃん、見てくれたか~?鵺に勝ったぜ~!」
星十郎は鵺に背を向けて、華に手を振りながら言ってみせた。
「バカ者ッ!気を抜くんじゃない!喜ぶのは鵺がジパングに帰ってから──」
大声で華が言葉を返す半ば、
「死にやがれぇ!」
強い殺意と共に鵺が星十郎に襲い掛かったのである。
「…………」
だが、油断なく──目にも留まらぬ速さで星十郎は体をクルリと回し、鵺の攻撃をかわしていた。
「じゃあな」
間髪入れず、鋭く尖った爪での強烈な突きで星十郎は鵺の首を貫いたのであった。
「ゲハァァァ!!!」
苦しそうに血を吐く鵺を見ては、
「終わったな」
夏彦が勝利を確信する。
「……ヒュー……ヒュー……」
地面に倒れて、弱々しい呼吸も途絶えて命が尽きるや否や、鵺は灰色の砂となって崩れて消え去った──