第8話
「お華ちゃん、マジかよ」
「当たり前だ。貴様の愚かさだけで、無駄で意味も無い犠牲者を出すのは納得いかないからな」
キラキラソードを構える華に対し、
「……無駄で意味も無い犠牲者、か……」
目を伏せて星十郎は呟いた後、
「優希、ちょっと大和達のフォローに行ってくれ」
と言って、右肩に乗る優希を掴み、夏彦に向かって投げたのであった。
「──ん!?」
「彦ちゃん、大和ちゃん、フォローに来たッスよー!星ちゃんは、お華ちゃんと少し取り込み中ッス!」
夏彦の背中にくっつき、元気に優希が告げる。
「ったく、こんな時に」
「星十郎は女の子が大好きだからなー」
星十郎と華、対峙する二人を横目で見ては、やれやれと言った表情で大和と夏彦が口に出す。
「フゥ、フゥ……」
鵺の起こす震動は強く継続していた。
──星十郎は、この日の内に鵺と決着をつける事に意味があるとして、
「これ以上の戦闘を避けて、次に鵺と再戦するとしても──正直、いつになるか分からないだろう?多分、住み処を変えて移動するだろうし……お華ちゃん、それこそ再戦までに犠牲者が出るかも知れない。だったら今日、解決するべきだ。仮に、鵺が逃げ出しても俺は絶対に逃がさない。だから、そこを退いてくれ」
などと、華を説得していたのだった。
「いや、戦闘を続行する方が危険だ。さっさと諦めろ。貴様だけじゃなく、大和や夏彦も止めなければならないのだからな」
「……俺は、お華ちゃんと戦いたくないよ」
「フンッ、私は別に戦っても良いぞ。鵺と貴様達の戦いを見ていて分かった。まだ本気を出していないようだが、星十郎、私は貴様よりも遥かに強い!」
挑発的に華が述べると、
「お華ちゃんの目には、そう見えたのか……流石は隊長だな」
動揺も無く星十郎は切り返し、咽喉の奥で微かに笑った。
同時刻、天頂院家では、
(今頃、星十郎達は鵺を見つけたのかしら……もしも戦う事になったら、ヘブンズドアを開けた責任を感じている星十郎は、わざと長引かせているでしょうね。その気になれば、即座に解決できるのに……)
窓から夕空を仰ぎ、アメ玉を舐めつつ陽子が思っていた──
場面は古寺の境内へと戻り、
「さぁ、どうする?星十郎、私と戦うか?先に言って置くが手加減はしないぞ。聖々警護団、第三部隊の隊長──平和の為に正義に生きるのが私だ!」
一切、引き下がらない華に、
「……[正義に生きる]か……その言い方、まるでジパングは平和じゃないみたいだな」
根気よく星十郎は会話を続けるのであった。
「最初は平和だったさ。けれど、どうしても争いは生まれる。が、それならそれで構わないさ。正義の刃で平和を取り戻すだけだからな」
「平和の為、正義を振りかざして争いを肯定するのかよ」
「正義の名の下なら悲劇をも繰り返す。何かを成し遂げるには、何かを犠牲にしなければならない。無駄ではなく、意味のある犠牲だ。始まりが平和であればこそ、無傷で得られる平和なんて無いのだから……そう、争いの果てにしか平和がないのならば、私は正義を背負い、不義を討つ!」
「そうかよ。本ッ当に真面目だよな……お華ちゃん、楽しいか?その生き方……」
「楽しさなど、私は求めない」
刹那、眉間にシワを寄せる華。
「……出会ったばかりだけどさ、昨日から今まで、まだ俺は──お華ちゃんの笑顔を見ていない……自分が犠牲になれば良いとか思ってないか?その大剣が自慢みたいだけど、君は何も分かってないよ」
なんて、真剣に星十郎は言ってみせた。
「何だと?」
「女の子の最大の武器は笑顔だ。なのに、その女の子が恐い顔をして大きな剣を持って戦う──そんなの悲劇にもならない。悲しいだけだよ」
「……貴様の戯れ言など聞きたくもない。正義こそ最上だ。何も分かってないのは貴様の方だ。私は、妖魔との争いで家族を失った。大切な人を失った者の気持ちが貴様に分かるか?本当の悲しみも知らない癖に……これ以上の会話は時間の無駄だ。星十郎、もう諦めろ!」
華は星十郎に好き勝手に言われて、ついムキになって言葉を返していた。
「……そっか」
星十郎は悲しそうな顔を垣間見せた後、
「それじゃあ、仕方ないな」
ポケットから赤色のフライングペーパーを取り出した。
「フライングペーパー?奥の手を、もう使うのか……」
少しだけ華が驚く。
「…………」
赤色のフライングペーパーを読み終えると、
「はいっ、コレはお華ちゃんが読んでよ」
続けて、星十郎は黄色のフライングペーパーを取り、
「二枚目……私が読むのか?」
華に手渡した。
何故ならば、赤色のフライングペーパーには、
『黄色のフライングペーパーをお華ちゃんに渡して、読んで貰って』
と、書いてあったからだ。
キラキラソードを地面に突き刺し、四つ折りにされた黄色のフライングペーパーを開いて華が読む。
「……オイッ、星十郎……陽子は一体何者なんだ?」
すぐに読み終え、驚愕しながら華は星十郎に訊ねた。
黄色のフライングペーパーには、
『お華ちゃん、星十郎を、世直し屋を信じてあげて』
そう短く書いてあったのだ。
「姉ちゃんは大天才なんだよ。天才すぎて、学校に行ってた頃は[100点]が満点のテストなのに[105点]を取った事がある程さ」
陽子の非凡さについて星十郎が分かりやすく返答してみせる。
「いや、可笑しいだろ。謎の5点は何処から舞い降りた?もう何か、よく分からないな……だが、まぁ、分かったよ……星十郎、貴様を信じよう。私は観察を続けさせて貰うぞ」
黄色のフライングペーパーを内ポケットに入れて、華はキラキラソードを消した。
「ありがとう。お華ちゃん」
「星十郎、負けるんじゃないぞ」
「絶対に勝つさ」
歩き出す星十郎に向かって、
「ほう、凄い自信だな。何故、そこまでハッキリと言い切れる?」
一つ、気になって華が問い掛ける。
「簡単だよ。お華ちゃんが──俺を信じてくれたからさ」
星十郎は笑顔で答えて、
「し、仕方なく信じてやっただけだっ!仕方なくだぞっ!」
ほんのり頬を赤くして恥ずかしがる華の横を通り過ぎて行く──