第7話
星十郎達と鵺、双方の間の距離は約十五メートルあった。
「お前達は何者だ?ジパングの人間か?」
低い声、鵺が警戒しつつ問い掛ける。
「俺達はコッチの人間だけど、ジパングとはちょっとした関わりがあるよ。世直し屋をしていて、コッチに来た妖魔をジパングへ送還させたり、退治したりしてるんだ」
世直し屋について少し話した後、平和的に星十郎は戦闘を避けるように語を継いだ。
「多少、お前の事は知ってるよ。鵺、今すぐとは言わないが、近い内にジパングに帰ってくれないか?ヘブンズドアのある場所は分かってるはずだ。素直に帰ってくれるなら、マーキングするだけで済む」
「……嫌だと言ったら?」
「俺達と戦う事になるよ……分かりやすく言うと──自主的に帰るか、俺達と戦って傷付いて帰るか、俺達と戦って死ぬか、この三択だ。言って置くけど、まだコレは良心的なんだぜ?俺達としても最終手段を選びたくないからな」
「フンッ、生意気な小僧だ……だが、お前達が死ぬという選択肢が無いぞ?身の程知らずの小僧共は、すぐにでも儂が殺してやる」
などと、不敵な星十郎が気に入らなかった鵺は戦う事を選び、すぐさま全身から雷を発生させていた。従って、
「そうか……」
臨戦態勢を取る星十郎達であった。直後、
「死ねぇ!!!」
バチバチッと音を立てながら鵺は三人に雷を放った。対し、
「ほいっ!」
俊敏に夏彦が目の前に大きい盾のような雷雲を生み出し、
「ちゃんと対策はしてあるよ」
鵺の雷を受け止め、自分と星十郎達を守ってみせた。
「小賢しい真似をッ……食らえぇぇ!」
と、何度も鵺は雷を飛ばすけれど夏彦の雷雲でことごとく防御されてしまうのだった。
「鵺、俺達との戦いは単体と複数で分が悪いのは理解できるだろ?諦めてジパングに帰ってくれよ」
ジパングへ送還しようとする星十郎の言葉を聞かず、
「雷がダメなら──直接、この爪で切り裂いてやるッ!」
鵺は三人に向かって襲い掛かった。
「ここは二人に任せた」
数歩、後退する夏彦。
「まずはオマエだぁ!」
素早い鵺の鋭利な爪での攻撃を、
「おっと!」
ギリギリで星十郎が避ける。続いて、
「このッ!」
近くにいた大和に鵺は攻撃した。
「フンッ!」
足を開いて腰を落とし、大和が右腕で鵺の爪を防いだ瞬間、ギィィィンと金属音に似た妙な音が響いたのである。そして、
「お返しだッ!」
無傷の大和は左の拳で鵺の顔面をブン殴った。
「グアッ!」
そう叫び、思わず鵺は後ろへジャンプして三人から離れた。
大和のサイケデリックは[シャルルダイヤモンド]、無生物のみ触れたモノを触れている間だけ硬質化させる事が出来るのだ。故に、着ている衣服を硬くして鵺の爪を防御したり、左手にした革手袋を硬くして攻撃力を上げたり、実戦に役立つサイケデリックとなっていた。
星十郎達と鵺の戦いを観察しては、
(何だ?今のは大和のサイケデリックか?……[世直し屋]……あの三人、戦い慣れてるな。それだけの日々を送って来たという事か……)
内心で華が驚く。
──鵺は雷を飛ばしつつ、
「これならどうだぁ!」
爪を武器に攻撃を続けた。なれど、上手に夏彦が雷雲で雷を受け止め、爪を回避して星十郎は鵺を蹴飛ばし、柔軟に大和が攻防に対応する──世直し屋としての戦況は、すこぶる良かった。片や、
「クッ、なかなかやるな。だが、まだだ……フゥー!」
劣勢となり、三人を睨み付けた後、鵺は口から奇怪な黒煙を吐いたのだ。
「何だ?あの黒い煙は……」
黒煙に面食らう星十郎に、
「まぁ、吸い込まない方が良いかもね」
勘で夏彦が言ってみせる。
「接近し過ぎるのは危険かもな。色々と注意しながら戦わないと……」
と言ってから、大和は懐から1メートル程のロープを取り出した。
「星ちゃん、なるべく慎重に行くッス」
勝負の行方を懸念する優希の言葉を受けて、
「うん」
冷静に星十郎が頷く。
大和はロープの端を左手と革手袋の間に挟み、真っ直ぐ伸ばした状態で硬質化させて、まるで剣の様にして持ち、
「まだアレがサイケデリックとは限らない。とにかく油断せず、黒煙が広がらない内に倒すべきだ」
二人に考えを述べた。
「絶対、何かあるよな。あの黒い煙……」
「鵺はジパングに帰る気ないし、倒すしかないね」
星十郎と夏彦が身構えたままで返す。
本堂の陰では、
(あの黒煙は何だ?どんどん鵺の戦いが荒くなっていないか?あの三人に追い込まれている証拠か……倒すなら、早めが良いかもな)
黒煙を吐き、雷を放ち、鋭い爪で攻める──鵺の荒ぶる姿を目にした華の胸の奥では、一抹の不安が去来していた。
「──しまったッ!少し吸い込んだ」
「俺も……」
鵺に接近して戦う星十郎と大和が黒煙を吸い込むと、
「……急に寒気が……何だッ!?」
「俺は軽く目眩が……」
急激に体調を崩し始めた。
鵺の吐く黒煙は人間が吸い込むと病を患い、吸っていた時間や量によって症状が変化するのだ。
「夏彦ッ、華さん、黒煙を吸うと体の調子が可笑しくなる。風上に移動した方が良いぞ」
黒煙の対策として大和が風上へ行くように伝える。
「一旦、風上へ行こうぜ」
星十郎達は黒煙の広がりが遅い境内の風上へと移動した。
「星十郎、余り鵺を刺激しない方が良いかもな。雷や黒煙など、とにかく厄介だ。まだ今は範囲として広くは無いから良いが、その内、面倒な事になりかねないぞ。今日、無理して倒そうとしなくても……」
なんて、ずっと戦いを観察していた華が意見すると、
「別に無理はしてないよ。平気だって」
今日中に解決しようと星十郎は言葉を返した。
(……まさか仲間がいたとはな)
新たに出て来た華を見ては、面白く思わない鵺であった。
「行くぞ!星十郎」
「おう!」
大和と星十郎が攻めて行き、その少し後方から夏彦が雷雲でカバーする。
息継ぎの際、どうしても黒煙を吸い込むものの、それでも二人は息を止めながら戦い、じわじわと鵺を追い詰めていた。
「フゥ、フゥ、小僧共がッ……クソォォォォ!」
ここで初めて鵺が震動を起こすサイケデリック──[クウェイク]を使った。
「エッ、地震!?鵺が起こしてるのか?」
弱くも地面の揺れを夏彦は足元から感じて言った。
(目眩に加えて、吐き気まで……)
大和の症状が悪化する。
「この野郎ッ!」
鵺の胴体を全力で蹴る星十郎。すると、
「小僧ォォォ!」
まるで鵺の怒りに比例するかの如く、次第に震動が強くなる。
「どんどん戦い辛くなるな」
一度、呼吸しようと星十郎は鵺と距離を取った。そこへ、
「おいっ、星十郎、これ以上は止せ。雷や黒煙に加えて、恐らく地震を起こしてるのも鵺だ。あの妖魔、怒りに任せて何をするか分からないぞ」
取り返しの付かない事にならない内に、華が星十郎の背後から告げる。
「……お華ちゃんは見ててよ。鵺のヤツ、本気みたいだし、そろそろ俺も──」
一歩、鵺との戦闘を続けようと星十郎が踏み出すや否や、
「──いい加減にしろ!多くの犠牲者が出たらどうする?まだ今なら間に合うはずだ」
突然、華の傍らに白光の大剣が出現したのだ。
華のサイケデリックは[キラキラソード]、光属性の大剣の召喚となる。しかも、キラキラソードはジパングに[七種]しかない極めて希少な武器や防具の[神器]と呼ばれるモノの一つだった。
夕日に照らされた古寺がオレンジ色に染まる。
キラキラソードを両手で持ち、華は鵺との戦闘を制止する為、
「良いか?星十郎、それでも戦闘を続けると言うのなら──私は、貴様を倒してでも止めるッ!」
星十郎の前に立ち塞がった。