第6話
未だ謎がある鵺の出現を考えて、あえて八雲での移動はせず、夏彦を先頭に星十郎達が一列になって山道を行く。
冬枯れした木々、活気を失った山は全体的に物寂しさを漂わせていた。
「鵺の住み処は把握してるけどさ、それでも一応、いつ何処から襲って来ても戦えるようにして置いた方が良いかもね」
注意深く夏彦が皆に伝える。
「そうッスね」
と言って、優希は星十郎の右頬にくっつくのを止めて右肩へと移動した。
「確かに、住み処に居るとは限らないしな」
そう返した後、ズボンのポケットから黒の革手袋の片方だけを大和が取り出す。
「雷ってのが面倒だよな。マジで止めて欲しいわー」
愚痴る星十郎。
「基本、サイケデリックは一つだけど、特殊能力は一つとは限らないから、そこら辺が俺としては面倒だと思うよ。とは言え、特殊能力を何個も持ってる妖魔なんて滅多にいないけどさ」
左利きとなる大和は話しつつ左手に革の手袋をしたのであった。
「──はいっ!乗せたいモノがあったら乗せて良いよー」
立ち止まって夏彦は八雲を生み出し、その上にリュックと着ていたコートを置いた。続いて、星十郎と大和は財布と携帯電話を八雲に乗せるのだった。
「観察ではあるけれど、華さんも動くのに邪魔なモノがあったら乗せて良いよ。少しの間、八雲で預かるだけだしさ」
気さくに夏彦が言うと、
「あ、私なら平気だ。何かあると思ってコートなどは最初から家に置いて、準備万端で来ているからな」
華なりにやんわりと断ってみせた。
「そっか、じゃあ、行こうか」
夏彦が荷物や貴重品を乗せた八雲を青空へと上昇させてから、また星十郎達は歩き出した。
「何であれ、用心するに越した事は無いよなー。鵺は雷を放つみたいだけど、それが特殊能力じゃないとするならば、単純に[雷]って思わない方が良いぞ。分かってると思うけど、サイケデリックには[進化]があるからな」
鵺に対して油断しないように星十郎が述べると、
「貴様達、サイケデリックが進化する事を知っているのか?」
瞠目する華。
才能や努力、情念や覚醒など、様々な条件によって──より上位へとサイケデリックは稀に[進化]する事があるのだ。
「結構、早い段階で知ったよ。姉ちゃんが最初に気付いて、その後、アーサーに聞いて知ったんだ」
「……なるほどな」
「 当然、戦う相手のサイケデリックを[知っている]のと[知っていない]のとでは勝率が変わるし──稀であったとしても、やっぱり[進化]も考慮しといた方が絶対に良いよ。普通に初見殺しみたいなサイケデリックもあったりするしさ」
前進しながら星十郎は後ろにいる華と会話をする。
──結局、用心したものの鵺は現れず、およそ三十分が経過した頃、星十郎達は山の斜面に石段があるのを見つけた。
石段は山の中腹へと真っ直ぐ続き、その先には僧の居ない古寺があった。
「ここが鵺の住み処だよ。僧とか、誰も居ない古寺なんだよね」
なんて、古寺の境内へ行き着いた時に夏彦が星十郎達に伝える。
広い境内には枯れ枝や葉が散乱し、寺は老朽化していて軒や壇も所々崩れて、仏像も埃まみれとなっていた。
「いないな……」
古寺の中と、その周辺を探索した星十郎達だが鵺の姿は見当たらなかった。
「とりあえず、ココで鵺が出るまで待とうぜ」
境内の隅、倒れた大きな老木に星十郎達は腰掛けて、ただ鵺の出現を待つ事にした。
「日没までには現れて欲しいなー」
五分も待たず、星十郎は退屈しのぎに遊ぼうとして、
「鵺が出るまで暇だし、お華ちゃん、鬼ごっこでもしようぜ~」
軽々しく華に声を掛けた。
「バカ者ッ!退屈だからって鬼ごっこなどするか!」
「じゃあ、隠れんぼしようぜ~」
「ひっぱたくぞ!ふざけるんじゃない!」
緊張感の無い星十郎に対し、つい華の語調が強くなる。
「チェッ、お華ちゃんは真面目だねぇ」
舌打ちをして、つまらなそうな顔で星十郎は口にした。
「貴様が不真面目なだけだ」
やや不機嫌に華が言葉を返す。そこへ、
「あ、華さん、もし喉が渇いた時は僕に言ってよ。すぐ用意するからさ」
などと、気遣って夏彦は言った。
「水筒でも持って来ているのか?」
華が聞いてみると、
「いや、コレだよ」
すぐに夏彦は右の掌から野球ボール程の青い雲を生み出した。
「雲?」
クエスチョンマークが華の頭上に浮かぶ。
「雨雲が集まったコレは群青雲と言って、多量に水分を含んだ特別な雲なんだ。だから、群青雲を食べれば喉の渇きを潤せるよ」
夏彦は右手の上に浮かぶ青い雲──[群青雲]について、要約して話すのであった。
「雲で水分補給まで出来るとはな。まぁ、喉が渇いた時は頼むとしよう」
クエスチョンマークが華から消える。
十五時、
「ふわぁ~」
アクビをした後、星十郎は根本的な疑問を夏彦にぶつけた。
「なぁ、夏彦、寺の中にも周りにも鵺は居なかった訳だけどさ、本当にココって住み処なのか?」
「この古寺に何度か偵察に来た時、一度だけど鵺を確認している。まぁ、たまたま鵺の姿を見ただけでさ、正直[住み処]と言うのは──僕の勘だよ」
そっと眼鏡の縁を持ち、格好つけるように夏彦が答えてみせる。
「勘かよッ!じゃあ、下手したら今日どころか明日も明後日も鵺は現れねぇだろ」
「大丈夫!情報収集が得意ではあるけれど、最終的に行き着く所が勘ではあるけれど、問題は無いよ。何故ならば、僕の勘の的中率は──高めだ」
「高め!?何で少し自信ないんだよ。[高い]で良いだろ……まぁ、お前の勘を信じるけどさ」
止むを得ず、星十郎は夏彦の勘を信じるのだった。
十六時を過ぎ──だんだんと日は沈み、伴い、空気が冷え始めた所へ、
「ヒョーヒョヒョヒョッ、ヒョーヒョヒョヒョッ」
気味の悪い鳴き声が遠くから響いて来たのである。
「──鵺だ!」
即座に夏彦が言う。すると、
「星十郎……観察とは言ったが……あの、良かったら私も手を貸すぞ。どうする?」
突然、協力的になって華が申し出る。が、
「見ててよ。お華ちゃん、俺達なら大丈夫だからさ」
頭を振って星十郎は断り、マフラーを外して老木に置き、ゆっくりと腰を上げた。
「華さん、気持ちはありがたいけど、星十郎の言う通りだよ。心配は無用さ」
立ち上がって大和が述べる。
「……そうか、分かった」
と、華は協力する事を諦めた。
「ヒョーヒョヒョヒョッ」
古寺に徐々に接近している為、不気味な鳴き声が大きくなる。
優希を右肩に乗せた星十郎、大和、夏彦は境内の中央まで移動し、華は本堂の陰に隠れつつ様子を見守っていた。
そして、
「ヒョーヒョヒョヒョッ、ヒョーヒョッ……」
境内に現れた鵺の姿は情報通り、 猿の顔に狸の胴、虎の足に蛇の尾となる。体長の方は3メートル近くあった。
「…………」
恐れずに堂々としている星十郎達に向かって、敵意を飛ばしながら鵺は姿勢を低くしていた。