第5話
駅前、深緑のジャンパーを着た男が星十郎達に近寄って来た。
「どうも~」
男の名前は穂俵 松丸、小太りで背が低く、オカルト好きの大学生であり、[気味の悪い声で鳴く幻怪な獣の調査]の依頼人であった。
「今日、本格的に調査しに行くらしいね。オイラが依頼してから一ヶ月以上が経って、もう忘れてしまったのかと思っていたよ」
松丸が星十郎に向かって喋りかける。
「日数が掛かる事もあるんだよ。お前の依頼は面倒なヤツばかりだぜ」
「前の依頼は見事に解決してくれたけど、今回は単なる調査だ。結果として、もし何も無かったのであれば報酬は無しさ。と言いたいけれど、これでも君達より年上だからね。どんな結果でも構わない。オイラの気持ちさ、先に報酬として──この馬のキーホルダーをあげよう!」
「いらねぇよ。前の報酬は焼き肉を奢ってくれたじゃねぇか、落差がありすぎるだろ」
即、星十郎は松丸からの報酬[馬のキーホルダー]の受け取りを拒否した。すると、
「先月、彼女に時計を買ってあげた事で今は金欠なんだよー。星十郎が受け取ってくれないなら、こっちのイケメンにあげよう」
と言って、松丸が大和の制服のポケットに馬のキーホルダーを強引に入れる。
「まぁ、一応[報酬]として貰って置くか」
陽子が決めた世直し屋のルールを守り、ひとまず報酬を受け取る大和。
「ところで、星十郎、そちらの綺麗な女性は?仲間なのかい?」
華の存在が気になった松丸に対し、ジパング関連の事を一般人には口外せずに厳守している星十郎は、
「まぁな」
それだけを返した後、
「ところで、[夏彦]は何処だ?一緒じゃないのか?」
世直し屋の最後のメンバーの姿が見えず、周囲を確認しながら聞いてみた。
「ああ、少し前まで一緒に待ってたんだけど、何か[ちょっと山の方を見てくる]とか言い出して、先に行っちゃったんだよね。そして、[適当に合流するし、星十郎達が来たら山に向かって良いから]って伝言を頼まれたよ」
そう有りのままを松丸は伝えてから、
「それじゃあ、これからオイラは大好きな彼女とデートだから、もう行くよ。報告はメールで良いからさ。じゃあねー」
いそいそと駅へ行ってしまった。
「……カスは去った。さぁ、俺達は鵺がいる山へ向かうぞ」
早速、山へと向かう星十郎達は民家が並ぶ通りを歩き出す。
「さっきの男が依頼人みたいだが、以前にも何か依頼をされた事があるようだな」
松丸の世直し屋への以前の依頼に興味があった華が口を開く。
「ああ、[海岸に出没するバケモノの撃退]という依頼でさ。松丸の親戚が住む家の近くに海があって、そこに日が暮れ始めるとバケモノが現れるんだよね。それが、とんでもない妖魔で大変だったんだよ」
星十郎は松丸からの前の依頼内容を話し聞かせた。
「どう大変だったんだ?」
詳しく知ろうとする華に、
「──人魚と結婚させられそうになったよ。しかも、魚に人の手と足が生えた[人魚]だ」
遠くを眺めつつ、すかさず大和が答えてみせる。
「どういう事だ?」
全く話が見えない華。
「まぁ、色々あってさ。おまけに、大和だけじゃなく、まさかの俺達までとばっちりを受けたんだ。あの時は本当に参ったよ」
目をそばめて星十郎は述べていた。
「いや、星十郎、さっきから話が見えないな」
「……お華ちゃん、話が見えなくたって、きっと今日も世界は素晴らしいのだから──別に良いじゃないか……」
「何があった!?気になるだろう!いや、これ以上は流石に聞かないけれども……」
明らかに星十郎が多くを喋りたがらない為、華は詳しく聞くのを止めてあげた。
「安心するッスよ!星ちゃんにはボクが付いてるッス!」
なんて、元気付けるように優希が星十郎の右の頬にくっつく。
「優希……」
ペタペタと優希の体を触る星十郎だった。
ひたすら星十郎達は歩き続けて、少しずつ民家の数が減り、町の住人の姿も見掛けなくなっていた。
「俺、鵺がいる山までは行けるけど、山中の道順みたいのは知らないぞ。大和、知ってる?」
「詳しくは俺も知らないなぁ。でも、山の中を三十分は歩くらしいよ」
日差しを受ける田園、暖かな空気、一本道の上で星十郎と大和が喋っている半ば、
「おーい!」
と、黒縁の眼鏡を掛けた少年がリュックを背負い、白雲に乗って空から登場したのだ。
マフラーに手袋、制服の上にコート、防寒に抜かりのない少年の名前は小鳥遊 夏彦、世直し屋の最後のメンバーとなる。
星十郎や大和とは同い年、刈り上げヘアで身長や体型などは標準で、得意な事は情報収集、漫画や小説が好きな読書家であった。
何故、夏彦が雲に乗れるのか、その訳は彼のサイケデリックが[雲]だからである。
雲を生み出し、自在に操れる──夏彦は[雲使い]だったのだ。
「お華ちゃん、まずは紹介するよ。世直し屋の最後の一人、[小鳥遊 夏彦]、情報収集が得意で──」
大和の時と同様、星十郎が交互に華と夏彦を紹介する。
「──世直し屋の観察か……とにかく宜しくー」
白雲から地面に降りた夏彦に、
「ああ、宜しく……と言うか、雲に乗っていたが──やはり[サイケデリック]なのか?」
一つ、察しながら華は訊ねた。
「うん、僕のサイケデリックは[雲]だからね」
手慣れた感じで黒縁眼鏡を指で押し上げ、あっさりと夏彦が答える。
「そうか……でも、幾ら[雲]とは言え、普通は乗れないんじゃないのか?」
「普通はね。だけど、[雲使い]の僕には簡単な事さ。さっき乗っていたのは僕が生み出した特別な雲、名称は八雲さ」
「八雲?」
「うん!雲も八つ重ねたら人だって乗れるって事だよ」
「いや、乗れないだろう。例え八つ重ねたとしても」
などと、夏彦が生み出した人も乗れる[八雲]の説明に華は常識的に突っ込む。
「まぁ、そこは[ご愛嬌]って事でさ」
数回、鼻先を人差し指で擦りつつ夏彦が返す。
「クッ、これ以上は不毛な気がするから深追いは止めて置こう」
そういうモノとして、夏彦のサイケデリックを華は割り切って理解するのだった。
──夏彦も加わり、再び星十郎達が鵺のいる山を目指す。
「あっ!」
山々の裾野まで着いた時である。
「アレは徘徊鶏、今は隣町を徘徊中かぁ」
山沿いを進む[角張ったトサカのある鶏]を発見して夏彦は言った。
徘徊鶏とは、記憶喪失になる前の博士が造った──探知機が内蔵された鶏型のロボットである。
電力で動く徘徊鶏は歩行する度に内部で電流が発生し、その発生した電力で更なる歩行が出来た。要は、歩き続けないとエネルギー切れになり、何も出来なくなってしまうのだ。
「何だ?徘徊鶏とは……」
首を斜めにする華へ、
「ボクが説明するッス!」
星十郎の右頬にくっついたままの優希が、徘徊鶏について一通り説明をする。
「……そうか、あの記憶喪失の博士が造ったのか……」
徘徊鶏の説明を聞き終えた華が呟く。
「つまり、徘徊鶏は歩き続けなければ死んでしまう悲しい運命を背負っているッス!」
「大袈裟だな。しかし、それ故の徘徊なのか」
「徘徊鶏が日本中を歩き回って、もう四年は経過してるッスよー」
優希と華が会話をしている僅かな合間、
「あ、着いたよ。この山だ」
鵺の居る山の麓へと到着し、とりあえず夏彦は告げた。
「よしっ、どんどん行こうぜ」
星十郎達は細い山道を進み、鵺が潜む山の奥へと入って行った──