第4話
星十郎と同じ制服を着た美少年の名前は御来光 大和、世直し屋の一人となる。
十五歳、ブラウンの長髪、背は高くて細身、成績優秀でスポーツ万能な大和は校内でも校外でも女子達から物凄くモテていた。しかし、大和が好きな相手は陽子であり、他の女子からの告白は昔から全て断っていたのである。
(やっぱり今日もリーダーは自宅で待機か……)
陽子に想いを寄せている事を、未だに大和は誰にも話さず胸に秘め続けていた。
「このイケメンは[御来光 大和]、俺達の仲間の一人だ。女子達からモテにモテまくってる──ある意味、男の敵だよ」
嫉妬を滲ませて星十郎は華に大和を紹介するのであった。次いで──
「──と言う訳でさ、俺達[世直し屋]の活動を知る為に同行する事になったんだ。でも今回、お華ちゃんは見てるだけと言うか、俺達と協力して混沌を解決する訳じゃないんだ。あくまでも世直し屋の観察さ」
などと、手短ながら星十郎が大和に華を紹介し、世直し屋に同行する訳を話してみせた。
「聖々警護団か、更に隊長とはな……まぁ、分かったよ。宜しく、華さん」
「ああ、こちらこそ宜しく」
大和と華が挨拶を済ませた後、
「よしっ、それじゃあ、隣町まで電車で行くから、まずは駅に行こうぜ」
星十郎達は最寄り駅となる[勿忘駅]を目指して十字路を真っ直ぐ進んだ。
「そう言えば、まだ聞いてなかったが、今日は一体どんな混沌を解決する気なんだ?」
歩きつつ華は聞いた。
「鵺だよ。と言っても、分からないよな。俺達が入手した情報だと──顔が[猿]で胴体は[狸]、手足が[虎]で尻尾は[蛇]の妖魔さ。それに、まだ[サイケデリック]か[特殊能力]かは分からないけれど、鵺は雷を放つらしいぞ」
と、これから解決しに行く妖魔の[鵺]について星十郎が説明してみせる。
基本として、妖魔でも人間でも[サイケデリック]は[一つ]しか宿らないのだが、一筋縄では行かない[厄介なケース]があった。
よくあるのがサイケデリックとは異なる──その存在が生まれつき持っている能力、それをジパングの者達や星十郎達は[特殊能力]と呼んでいた。例えば、コウモリが出す[超音波]や電気ウナギの[発電]などは[特殊能力]となる。故に、一つ以上の[力]を持つ存在に対して、サイケデリックなのか特殊能力なのかを見分けるのは非常に困難であり、戦闘になると星十郎達は手こずる事が多かった。
「……キメラか……」
一語、零す華に、
「俺達、世直し屋は人々に危害を加えたり、明らかに迷惑になるような混沌から優先して解決して行ってるんだ。鵺は好戦的って訳でもないし、もっと言えば発見するのが遅かったから微妙だな」
親切に大和が伝える。
「ふむ、その辺の優先順位は私と一緒だな」
「ま、だからこそ、俯瞰で見ると混沌と化した日本だが、冷静になって──よく見ると、その渦中で振り回されているのは昔から俺達だったりする」
「まるで混沌の中心にいるような言い方ね」
遠回しにトゲのある物言いをする華。だが、
「そうかもね。何故なら、俺達は混沌の中でも最大の混沌を狙っているからな。だけど、コレが情報不足でさ、何て言うか、狡猾なんだよね」
調子を崩さずに大和は続けた。
「最大の混沌?」
「あくまでも俺達にとってのね。おまけに、一つじゃない。定義なんて曖昧さ。それでも、一般的に言うのなら、もうラスボスは倒してる。しかも、倒したのは俺達じゃない」
「……要するに、最も人々に危害を加える混沌を早い段階で解決した。って事か……だから、この国は混沌と化していながらも平常さを失ってないのだな」
大和からの話を聞いては、今の日本がパニックにならないでいる現実に華が納得しかける──そこへ、
「それもそうなんだけど、平常さを保っていられる訳は他にもあるんだ」
[日本の通常]が[混沌]とせめぎ合う為に、どうしても欠かせない存在について星十郎は述べて置くのだった。
「長くなると思うから簡潔に話すけどさ。ヘブンズドアが開いて、ジパングから人間も多く来ていて、その中に人間の姿をした天使がいたんだよ。名は[ミカエル アーサー]、見た目は冴えないオッサンなんだけど、サイケデリックの[ディレクション]で日本全体をパニックにならないように上手く調整してるんだ。アーサーの協力は本当にありがたいよ」
「……簡潔すぎて詳しく聞きたい事ばかりだな。特に知りたいのは、その天使[アーサー]の[サイケデリック]についてだ」
世直し屋の協力者として、地味に活躍し続けている天使[ミカエル アーサー]のサイケデリックの詳細を華が知りたがる。よって、
「アーサーの[ディレクション]についてかぁ、色々と出来てさ……まぁ、 データ消去、記憶改竄、常識と非常識への細工、善行露呈に悪行隠蔽、機密文書から赤点のテストまで迅速な焼却処分──など、もう何でもござれさ」
「本当に何でもござれだなッ!」
「姉ちゃんの言葉を借りるなら、真偽の創造と破壊さ」
星十郎なりにアーサーのサイケデリックを縷説してみせた。
「……とんでもないサイケデリックだな。流石は天使と言うべきか……ん?」
この時、道の左側に公園があり、白衣を着た老爺がボンヤリとベンチに座っているのを華は目にした。
(老人か……白衣?……)
年齢は六十代の半ば、白髪のオールバックで長い顎ヒゲを生やし、短身痩躯となる老爺が冬服の上に白衣を着ている点が──少々、引っ掛かる華であった。そんな華を一瞥して、
「何だ?気になるのか?あの爺ちゃんは、記憶喪失の博士だよ」
委細を省き、星十郎は老爺が記憶喪失中の博士である事を伝えた。
「記憶喪失の博士?」
「実験の失敗からなのか、発明の際の事故なのか、よく分からないけれど──とにかく三年前、記憶喪失になっちゃったんだよ。困った事にさ」
「……不憫だな……」
博士を哀れみながら華は星十郎達と公園の横を通り過ぎて行く。
大和が合流してから、約十分が経過する。
「あっ、ところでアイツは?」
ふと思い出したように星十郎は大和に聞いてみた。
「んッ!」
と言って、上空を指差す大和。
「そっか」
「一足先に行って、隣町の駅で依頼人と待ってるってさ」
「ふーん、分かった」
小さく頷く星十郎の後、
「勿忘駅までは、もうすぐッスねぇ」
なんて、前方に見える丁字路を確認しては優希が口にする。
星十郎達は丁字路を右へ曲がり、勿忘駅に到着し、電車に乗って隣町へと向かう。
「──先程、星十郎と大和の会話でチラッと聞こえたが、依頼をする者がいるのだな。ちょっと驚いたよ」
乗客の少ない電車内、華が隣に座る星十郎に喋りかける。
「まぁ、依頼する四割はアーサーだけどな。純粋な依頼は二割ほどで、残りの四割は自主的に俺達が見つけて解決してる。って感じかな。とは言え、正確には自主的に見つけた四割は依頼じゃないけどなぁ」
大雑把に星十郎は依頼の割合を教えた。
「陽ちゃんが世直し屋の名刺を持っていて、信用できる人にだけ渡してるみたいッスよ」
そう依頼に関する事として優希が付け加えると、
「なるほどな……実は、私が[世直し屋]という情報を得たのは、その名刺を持った人物からだったのだ。摩訶不思議な事は何でも解決してくれると……」
足を組み、腕も組み、華は打ち明けた。
「摩訶不思議な事は何でも解決──そんな風に、わざと大風呂敷を広げるからさ、二割の依頼の半分以上は[混沌]とは無関係の事だったりするけどな。例えば、天井の木目が人の顔のように見えるとか、夜中に寝てる時に金縛りになるとか、結構[骨折り損]はあるよ」
陽子から世直し屋の名刺を受け取った一般人からの依頼は、[混沌]絡みの件が少なくて星十郎はガッカリする事が結構あったのだ。
「でも、何であれ、報酬はいただくのだろう?」
「解決できたらな。俺は無償で良いって言ってるんだけど、そこは姉ちゃんが厳しくてさ」
「そうなのか?」
「うん……そもそも[世直し屋]は姉ちゃんが伊達と粋狂でやり始めたモノなんだ」
「伊達と粋狂で!?正義の心とか使命感とかじゃないのか……」
図らずも世直し屋の始まりを知った華だが、感心するには程遠かった。
「だけど、その割に報酬とかは妙にシビアだったりするんだよ。だから一応、依頼人の気持ちで報酬は何でも良いから何かを貰う事になってるよ」
ざっくばらんな星十郎との会話で、
「そうか……なるほど……」
より世直し屋について華が理解を深める。
「アッ、着いた!この駅だ」
勿忘駅から一駅、星十郎達は下車駅の改札を通り──天頂院家を出発して一時間もせず、隣町へと辿り着くのだった。