第3話
翌日、中学校での終業式から星十郎が午前の内に下校し、
「ただいまぁ」
昨日と同じく寄り道をせず、早々と家へと辿り着く。
──昼前、星十郎がリビングルームへ行くと、
「あ、おかえり、星十郎」
「邪魔しているぞ」
六人用のダイニングテーブルを挟んで陽子と華が向かい合って椅子に座っていた。
「ついさっき、お華ちゃんが来てさ、手ぶらでは失礼という事でケーキをくれたわ。と言う訳で、星十郎、今日の昼御飯はケーキよ」
「ケーキのみ!?姉ちゃん、ケーキだけじゃ力が出ねぇよ」
陽子に昼食の内容を告げられて、不服そうに星十郎が言ってみせる。
「フッ、そう言うと思っていたからデザートにオニギリを用意してるわ」
「逆だよッ!メインとデザートが……オニギリから食べるよ」
鞄を床に置き、マフラーを首から外して星十郎は陽子の隣に座った。そこへ、
「おかえりッスー!星ちゃん、隣町へは昼食後に行くッスね」
と、二階から優希が下りて来てはテーブルの上に飛び乗る。
「そうだな」
とりあえず星十郎達は昼食を取るのであった──
「──ん?」
皆が昼食を食べ終えた頃、
「オ、オイッ!陽子、な、何だ?それは……」
とんでもない事に華が気付く。
「え、何が?」
一度、左手に持つ[アメ玉]を舐めた後、陽子は首を傾げて返した。
星十郎が黙ってコップの水を飲む。
「それだよっ!」
などと、陽子の持っているアメ玉を指差して華は言った。
「この[アメ玉]がどうかしたの?お華ちゃん」
「ずっとリンゴ飴だと思っていたが、よく見ると──それって目玉じゃないかッ!」
ビックリしているのは華だけであり、星十郎や陽子や優希は平然としていた。
「ええ、そうよ。目玉ね。コレはアタシの可愛い弟──星十郎の左目よ」
軽い調子で陽子が喋る。
「何?じゃあ、その星十郎の紫色の瞳は[義眼]なのか?」
すぐに星十郎の左目を見ながら華は訊ねた。
「まぁ、シンプルに言うのなら──そうだな」
刹那、躊躇するように目線を逸らして星十郎が答える。
「ちなみに、この目玉を包む赤いモノは星十郎のエネルギーが結晶したものよ」
そう陽子は述べてみせると、更にドヤ顔で言い放った。
「何も難しく無いわ。赤い結晶に包まれた目玉、略して[アメ玉]よっ!」
「難解だろ![アメ玉]から[赤い結晶に包まれた目玉]には辿り着かないぞ!そもそも、そんなモノを舐めたりして変だろう!陽子」
鋭く突っ込む華に対して、上目遣いで陽子が愛くるしく聞いてみる。
「ねぇねぇ、お華ちゃん、可愛い弟の目玉をペロペロするのって──そんなに可笑しな事?」
「可笑しな事だよっ!どの角度から見ても可笑しいぞ!どんなに可愛い弟でも目玉は舐めないだろ!」
華の突っ込みに激しさが増す。
「落ち着くッス!お華ちゃん」
冷静に優希が言葉を掛ける。しかし、
「オイッ、星十郎」
「ん?」
「貴様は、どう思っているんだ?自分の目玉を姉にペロペロされる事についてだっ!」
落ち着きを見せないまま、華は星十郎を睨むようにして問う。
「まぁ、客観的に見たり、常識的に考えるのならば──ぎりぎりアウトかな」
「完全アウトだよっ!何でアウトはアウトでも限りなくセーフに近いアウトにした?星十郎、姉に甘すぎるぞ!」
なんて、星十郎の返答に余り納得できず、華が突っ込み続ける。
「アメ玉だけに──甘い男って事かな」
得意満面の星十郎に、
「流石は星ちゃん!上手すぎるッス~!」
すかさず優希は手放しで褒めた。
「調子に乗るだけだから星十郎を無闇に褒めるんじゃない!……ふうっ、無駄に疲れるな。突っ込みだけで……」
ずり落ちて来た眼鏡を押し上げ、多少の疲労を感じる華だった。そんな華の差し向かいでは、
「…………」
割り箸の先に付いている[アメ玉]と略された──赤いエネルギーの結晶に包まれた黒目勝ちな星十郎の目玉を、また陽子はペロリと舐めていた。
午後一時になり、
「はい、星十郎」
「あ、うん」
玄関前、星十郎は陽子から四つ折りにされた──赤色、黄色、青色の10cm四方の三枚の紙を渡されて、それをポケットに入れて置くのであった。
四つ折りにされた三色の紙は[フライングペーパー]と言って、混沌の解決に困った際、立ち塞がる壁を突破できるように陽子が先々を見据えて助言を書いたモノとなる。
「じゃあ、行こうか」
マフラーを巻き、手ぶらで星十郎は右肩に優希を乗せて、華と一緒に[天頂院家]を出発した。
「陽子は行かないのか?リーダーなのだろう?」
歩き始めてすぐに華が聞くと、
「陽ちゃんは──基本、まだ今は出歩かないで自宅警備員をしているッス!色々とやる事があるッスよー」
星十郎よりも早く優希が答えてみせた。
「そうか……あ、それから、出発する直前に陽子から三色の紙を受け取っていたが、何なんだ?」
フライングペーパーが気になる華。
「ああ、コレは[フライングペーパー]と言って、姉ちゃんが助言を書いた紙だよ。マジで困った時、赤、黄、青の順に見て、書いてある通りにすれば基本的に解決するんだ。[奥の手]ってヤツさ。でも、そこまで困る事なんて滅多に無いから[赤]だけ見て解決する事が多いけどな」
ポケットから赤色のフライングペーパーを取り出して星十郎が説明する。
「たまに[黄色]も見るッスよね」
そっと付け足す優希。
「ふーん、なるほど、[フライングペーパー]か……」
真顔で頷く華を星十郎は横目で見て、
「昨日、会った時にも思っていたけど、お華ちゃんって物凄い真面目だよな」
ちょっとだけ思った事を口に出す。
「当然だ。文武両道──文と武を両立させる為には、遊んでいる暇など無いからな」
と言って、胸を張る華に、
「そっかぁ」
一言返し、星十郎はフライングペーパーをポケットに仕舞った。
「それから、先に言って置くぞ。貴様達は[お華ちゃん]などと気安く言うが、馴れ合うつもりは無い。私には、ある目的があり──聖々警護団として、また私個人としても、目的を達成するだけだ」
厳しい口調で華が述べる。
「お華ちゃん……」
寂しげに呟く優希に比べて、
「……そうかよ」
何処か星十郎は素っ気なかった。すると、
「おっ、星十郎に優希、それと──もう一人は、誰だ?」
十字路にぶつかった星十郎達の右方向から、一人の美少年が現れたのだった。