第2話
「ん?誰だろ?」
玄関のチャイムが鳴り、星十郎は肩に優希を乗せたまま一階へ行き、扉を開けてみた。
そこには一人、グレーのスーツを着た女性がいたのであった。
女性は二十歳前後、長い黒髪をヘアゴムで括り、前髪は中央分けで銀縁眼鏡を掛けた理知的な顔、スラリとしているが胸は大きく、凛と佇む姿には厳しさが流露していた。
「貴様が[星十郎]だな?」
第一声、凄むように女性が確認するので、
「そ、そうだけど……」
小さく首を縦に振って星十郎は返してみせた。
「ようやく見つけたぞ。貴様には聞きたい事が幾つもある。正直に答えるんだ。拒否権は無いぞ」
そう口早に女性が言葉を連ねる。
この時、階段から陽子が壁に隠れつつ星十郎達の会話を盗み聞きしていた。
「──もしかしてジパングの人間か?」
何となく察しながら星十郎は一つ訊ねた。すると、
「そうだ。私の名は白薔薇乃蝶 華、ジパングの正義を掲げる聖々警護団の第三部隊で隊長をしているわ」
手短に名乗り、身分を明かす華だった。
「聖々警護団、ジパングの有名な正義組織ッスね」
華がジパングの人間と知り、ペットのフリをするのを止めて優希が喋る。
「正義組織か、違いない。蛙、貴様は妖魔だな?」
愛想なく、華は優希に視線を向けた。
「そうッスよ!ボクの名前は優希、雌で水泳が得意で~、水浴びも大好きッス!宜しくー!」
明るく優希が自己紹介をしてみせる。次いで、
「優希は仲間でさ、この家で一緒に暮らしてるんだ」
星十郎は肩に乗る優希の体をペタペタと触りつつ述べた。
「仲間、か……知っているぞ。何でも[世直し屋]をしているそうだな。ま、とにかく今は貴様達の情報が少ない。色々と聞かせて貰うぞ」
銀縁の眼鏡を指で押し上げて華が言うと、
「星ちゃんはねぇ、ボクの体をペタペタと触るのが好きなんスよ~。そして、ボクもペタペタされるのが好きなんだー」
友好的に優希は自分と星十郎の情報を提供してみせた。
「どうでも良いな。その情報、むしろ知りたくなかったまであるぞ。私が欲しいのは、そんな情報ではない」
反応よく華が返す。対し、すぐに星十郎が付言する。
「でも、優希の体って湿ってるから触ると気持ちいいんだぞ?風邪ひいて熱とかある時には、おでこに優希を乗せるとサイコーだぜ」
「──仲間を何だと思ってるッ!?」
と、華。
「おでこに乗って星ちゃんの風邪の熱を共有するッス!」
にこやかに優希は口にした。
「よく分からないぞッ!貴様達の関係性が……全く、話が先に進まないな」
などと、星十郎と優希のペースに困惑気味の華であった。そこへ、
「話は聞かせて貰ったわ!お華ちゃん」
満を持して陽子が華の前に現れる。
「誰だ?星十郎の妹?[お華ちゃん]とは、初対面から随分と馴れ馴れしいな」
幼い容姿から陽子を星十郎の妹と華は勘違いしていた。
「アタシは陽子、星十郎の自慢のお姉ちゃんよ」
と言って、左手に持っていたアメ玉を舐める陽子。
「姉だって?フッ、面白い冗談だな」
なんて、まともに華が取り合わないので、
「冗談だと思うのなら星十郎に聞いてみたら良いわ」
仕方なく陽子は星十郎に確認するよう促した。
「……いいだろう」
真剣な面持ちの陽子を見ては、とりあえず華が星十郎に聞いてみる。
「どうなんだ?星十郎」
「──自慢のお姉ちゃんだ」
即答する星十郎。
「迷わずハッキリと答えるとは……分かった。信じよう。世界は広いな」
あっさりと勘違いを正す華だった。
開きっ放しの扉、冬の冷ややかな外気が玄関を通り、そろりと家の中へ入り込む。
「アタシ達の事、色々と知りたいみたいね」
ここで陽子は腹の探り合いなどせず、速やかに話を進めた。
「私が特に知りたいのは[ヘブンズドア]に関する事、更に、貴様達[世直し屋]についてだ。まだ流石に詳細が不明すぎるからな」
遠慮せず華が切り出すと、
「ふーん、なるほどね。別にアタシ達は逃げも隠れもしない。聞かれたのならば何でも答えるわ」
堂々とした態度で陽子は応えた。
「まず聞くが、基本的な活動として貴様達[世直し屋]は混沌を解決している──そうだな?」
「ええ、そうよ。リーダーはアタシで、メンバーは星十郎と優希ちゃんの他に二人いるわ」
「そうか……では、活動内容を詳しく教えてくれるか?混沌の解決にも色々あるだろうからな」
「まぁ、教えるのは構わないけれど、口で説明するよりも──直接、その目で見て貰った方が分かり易いし、手っ取り早いわね。明日なら星十郎の学校も早く終わるし、昼頃、また来て貰えるかな?ちょうど一つの混沌を解決しようとしてた所だから、世直し屋の活動を見せる事が出来るわ」
包み隠さない華と陽子の問答に、星十郎と優希は横から口を挟む事はしなかった。
「明日の昼、直接か……ふむ……」
「もちろん、他に聞きたい事もあるだろうから──明日、まとめて答えてあげるわ。どう?お華ちゃん」
「……分かった。そうしよう。今日は私としても突然に訪問し、いささか礼節が足りなかったからな……明日の昼、改めて来るとしよう」
「待ってるわ」
華は陽子の提案に乗り、世直し屋の詳細を知る為、明日の正午に再び訪れる事を告げて去って行った。