8.観月会
石坂の屋敷では毎夜の事で、左衛門はあの手この手で扶持米を絞りだしていた。そしてようやく中津に残さねばならない藩士の数もほぼ決まった。まずはそれが大切な数字だ、新八郎が部屋に入ってきた。無言でいる二人の元へ、折りをみてふさが酒を持ってきた。
「50名ほどの藩士の暮らし向きについて、新八郎、良い案は浮かばぬか?」
上座の二人に酌をしながら、ふさはその話に聞き入っていた。
「父上、もしそのものが藩士を捨てれば、食ってはいけます。ただそれは難しい、刀とはやはり厄介なものです」
「うむ、わしもそう思う。腐ってもサムライというわけか」
「泰平の今、刀で命のやり取りをする大きな戦など、もう二度と来ないでしょうが……」
「そうか、新八もそう思うか」
「それに、侍は教養、武芸があるがためにこれからの生き方までも左右します」
「例えば」
「父上も私も、朝稽古も歌詠みも欠かさずに行っているではありませんか」
「習慣とはそういうものか、そういえば、刀を振り回す戦など、わしはもちろんわしの父殿にも一度も経験などないわ、歌詠みなど暮らしのためになんの足しになりそうもないがな」
「それでも止められないのが武士でございましょう」
ふさがそう言い残して、追加の酒を取りに奥に消えた。
「武士が別の才を持っておくのも、たしなみのひとつであったがな」
「しかし父殿、武士も人ですから、なんとか日々を生きねばなりません」
「武士はどう生きるかではなく、どう死ぬのか。古くからわしたちは教え込まれていた、しかし無駄に死んではならぬ。戦のない世ならなおさらのこと、生きる道を探すことが肝要だな」
「皆、それを探しているのではありませんか。いや城下の藩士にはそれを既に見つけている者もいる事でしょう」
新八郎は何やら知っている様だった。
「藩士の中には今後の生きる道を見つけている者もいるのか……」
新八郎は答えなかった。障子が開いた。
「まあ、いいお月様だこと。お二人もご覧なさいませ、詩など訡まれれば気も晴れましょう」
ふさが、いちと一緒に部屋に入って来てそう言った。
「月か……、風流な事だ。それもまた武士のたしなみ、そうだこれはいい!」
左衛門は膝を軽く打ち、笑った。
「観月の会を開こう、武士のたしなみじゃ。皆を集める良い機会じゃ、良い事を申したなふさ」
「父殿、今は月見どころではないと思いますが……」
「新八、今だから開くのじゃ。よいかその日に集まる際、皆にこう言っておくのじゃ……」
左衛門は新八郎に、何やら耳打ちすると得意げに運ばれた酒に手を伸ばした。
「なるほど、流石は父殿。何やら上手く行きそうな気にさせてくれた」
「そうであろう、新八。要は中津での暮らし向きを立ててやることじゃ」
次の満月の日に城で「観月会」が行われることがこうして決まった。
その夜、いちは新八郎から「観月会」について詳しく聞いた。
「それは、いいお考えでございます。きっと上手く行きましょう」
「そうか、おまえもそう思うか」
「野辺にも話しておきましょう、あれで意外と城下の奥方には顔が効きますので」
「任せたぞ、いち」
新八郎はそう言うと、いちを胸元に引き寄せた。月は少し居心地が悪かったのか、流れて来た厚い雲の中に慌てて隠れた。