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鉄筆2  作者: 黒瀬新吉
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2.荷駄

夜半になっても、左衛門は眠れなかった。周八の奥方は井岡に嫁いで既に十五年になる。背負っていた赤子は先日生まれたばかりの孫だった。ふと左衛門は隣で寝ている妻の横顔を見ながら、奥の部屋で休んでいる一人息子「新八」の事を思った。新八は未だに独り者だった、長身の彼は剣術も学問も城下で名高く、男ぶりも良い。だが一向に身を固めようとはしなかった。やはり人並みに左衛門も孫の顔をそろそろ見たかったに違いない、しかし藩がこんな状態では役もつかない藩士の家に嫁いでくるモノ好きは中津にはいなかった。逆に養子となって商家の入り婿になる方が賢いだろう。左衛門は少し苦笑いをしてつぶやいた。


「新八め、女嫌いでもあるまいに、心に決めた娘でもいるのだろうか?」

「さあ、どうでしょうね。明日にでも新八にお聞きになってみたら?」

左衛門の独り言を聞き、妻のふさが何やら知っていそうなそぶりを見せた。

「おふさ、新八の事を何やら知っておるのか」

「さあ、どうでしょうね。そうそう、そう言えば明日明石から荷駄が届きますから、船着き場にでも行ってらっしゃったら」

それだけ言うと、さっさとふさは寝息を立て始めた。

「そう言えば、明日は明石から荷が届く、わしも見に行かねばならんな……」


いつしか彼も寝息を立て始めた。小笠原藩では値の張るものは今でも播州から取り寄せていた。先般の大火で焼けた家屋敷のために材木が値上がりしていた、山門の修繕に使う材木は何より質のよいものでなければならぬ、石坂左衛門はふさの実家に連絡を付け、早速明日中津に届くように手配をしていた。


そして翌日のことだ。


「さすがにモノが違いますなあ、今度は簡単には燃えませんぞ」

「そうであって欲しいのう金蔵よ、大切な門だからな。無事城下を守るのが我等のお勤めのひとつだからな」

「へい、仰せの通りでございます。旦那様」

「またそのような事を。よいか金蔵、わしは店を継ぐつもりはない。店は金蔵、お前が継ぐ事になっておろう……」

金蔵は明石にある「橘屋材木店」を上手に仕切っている番頭だ。左衛門はあとで知った事だが、橘屋の主人は「ふさ」と「金蔵」を一緒にするつもりだったらしい。


「まだそのような事をおっしゃっていらっしゃるのですか、聞きおよんでいます。この度のお国替えの話、よい機会ではありませぬか、旦那様も口には出されませんがめっきり気弱になっておられます……」

家具の荷駄の向こうに人影が動いた。どうやら分が悪くなりそうだと思った左衛門は話題を変えた。

「おや、あの娘は誰だ、河岸(かし)には似合わぬが?」

その娘を見つけたのはもう一人いた。そっと荷駄の影から現れたのは「新八」だった。

「あれは手前の娘、いち乃でございます。旦那様」


「ふさめ、この事か。今までこんなところで新八が『逢い引き』していたとは気付きもしなかった」

対岸で頬を赤らめながら、息子が娘に何を話しているのだろうと左衛門は気になっていた。金蔵はその様子を見てこう言って笑った。

「中津行きの荷駄が決まると、いち乃はいつも気持ちが上の空でございます。まったくもって困ったものです」

「金蔵、済まなかった。わしがあいつに言い聞かせる、この通りだ」

「何をおっしゃいます、新八様のご気性をこの金蔵はよく存じております。男女の事も半端なものではございませぬ、よくよく思案されたその上での事でしょう」

「うむう……」

「それに、この度は『いち乃の荷駄』も引いてきております。もし旦那様のお許しがいただけなければ、折角の花嫁道具もあの河岸から突き落として明石に戻ってくると、いち乃めが……」

「なんと、性根の座った娘じゃ」

「これからの中津、いやお屋敷には、かような女子が必要でございましょう」


先日の失火で山門まで焼け落ちた中津藩は、明石から荷駄だけでは無く、石坂家の花嫁まで連れてきたと言う訳だ。


「それに、あれをご覧くださいませ。早速町人どもを巻き込んでいらっしゃいます。城下の荒くれものも、荷卸しを手伝ってくれている、橘屋はそれで随分と助かっておりますよ」

入れ墨ものの先頭に立ち、真っ先に荷下ろしの人夫となったのは石坂新八であった。もろ肌に汗の光る姿、それは左衛門の目には誇らしげに見えた。

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