本好きエルフの夢
黄色に色づいた葉っぱ。秋の気配を強める、深い森の中。
小鳥の声が誘う先に、森の住人たるエルフの集落はあった。
ご神木と崇める、大きな大樹のふもとに、こじんまりした家々が広がる。
弓を引き、弓術の練習をしていたエルフの親子。一通りの練習を終え、休憩に入る。
中年に移行しつつある青年に、幼子が駆け寄った。はしゃぐ声で、話しかける
「おとうしゃん、きょうのれんしゅうおわり?」
「まだだよ」
「もうやだ、れんしゅうやだ! ゆみいや、えほんよんで」
泣きそうな顔で、父の服を引っ張る幼子。弓よりも、本に興味を示す子供だった。
父の膝で抱っこされ、くつろぐ幼子。母の入れる薬草茶の香りが、居間に広がる。
「どの本が良いかな。お父さんに見せてごらん」
「これ!」
「また『青の英雄物語』かい?」
幼子が持ってきたのは、お気に入りの絵本。とある人間の国を救った、英雄の物語。
絵本の表紙には、一人の聖騎士が描かれている。白金で作られた、剣と鎧と盾が神々しい。
聖騎士の左隣では、マントをまとった王子が、遠くの魔物の群れをにらんでいた。
右隣には、祈りをささげる巫女の姿。天から降り注ぐ、祝福の青い光が三人を照らす。
裏表紙には、弓を構えるエルフの青年と、杖を持ったエルフの少女も描かれていた。
「あらあら、リリーはこのお話が好きね」
「うん、おかあしゃんつよいもん。だいしゅき♪」
「まあまあ、大好きですって。リリー、お父さんは?」
「おとうしゃん? ふつー」
幼子は純粋である。母の質問に、素直に答えた。
いつものやり取りながら、心が傷つく父。心なしか、目が潤んで見える。
優しく笑みを浮かべ、おやつのクッキーを渡しながら、母は言い募った。
「あのね、若い時のお父さんは本当に強くて、かっこよかったのよ?」
「おかあしゃんのまほうのほうが、かっこいいもん!」
「お父さんの弓は、一撃で魔物を倒すの。お母さんの魔法よりも、強いのよ」
「ゆみ、つまんない。や、あたらないから、きらい」
「あらあら、まじめに練習すれば、当たるわよ?」
「まほうのほうがしゅき!」
幼子はインドア派。外での弓の練習より、家の中で本を読む方が好き。
家事で活躍する母の生活魔法を見ることが、もっと好き。
勝手に動いて掃除する、ほうき。宙に浮かぶ、水球の中の洗濯物。
母の魔法は、幼子の好奇心を刺激する。
「まほう、おしえて」
「あらあら、リリーは魔法が好きね。お母さんの魔法は、大きくなったら教えてあげるわ」
「いますぐ!」
ここまでは、いつものやり取り。母と娘の会話。
いずれ嫁ぐ女の子なら、生活魔法は必須。大きくなれば、嫌でも魔法を覚えなくてはいけない。
いつもと違うのは、父が会話に加わったこと。
「……そろそろ、魔法を教えるかい?」
「ダメよ。魔法を使うには、魔力が必要なのよ。
リリーは子供だから、総魔力量をあげる訓練を先にしないと」
「だから先に、魔力訓練やればどうかな?」
「あらあら、無理よ。この子には、集中力がないもの。もっと落ち着いてからね」
「おかあしゃん、まりょくってなあに?」
「魔法の源よ。魔法を使うために必要な力のことね。
魔法を使うには、魔力を制御することが必要なのよ」
「まりょくがあれば、あたしもまほうつかえる?」
「今のリリーには、難しいわね。魔力を制御するには、集中力が大事なのよ。
お父さんの弓の練習で集中力をつけないと、魔法は使えないの」
「ゆみ、いや。まほうおしえて」
「弓の練習が最後までできない子に、魔法は教えられないわ!」
母はぴしゃりという。いつもより強い口調だった。
びっくりした幼子。目をまん丸くする。
「リリー?」
泣かないかと心配になった父。膝の上の我が子の頭をなでる。
父の予想に反して、幼子は考え込んでいた。幼いながら、懸命に考えていた。
優しい母が、口調を変えた。
母がこの口調になるときは、魔法使いとして、正しいことをするときと父は教えてくれた。
「おかあしゃん。おとうしゃんのゆみ、れんしゅうすれば、まほうおしえてくれる?」
「いくら弓を練習しても、集中力がつかないと、教えられないわ」
英雄たちを奮い立たせ、勝利へと導いた、魔法使いの言葉は重い。
だだをこねる幼子も、眠気には勝てなかった。昼寝の時間となり、布団の中へ。
幼子の傍らで、父と母は相談する。真剣な表情だ。
英雄たちと共闘した弓使いの青年は、妻となった魔法使いにため息をこぼした。
「……下心で弓を覚えさせるつもりなら、迷惑だよ。絶対に、身につかないから。
本人がやりたいんだから、魔法一本にしたら?」
「魔法なんて、魔力が切れたら終わりよ? あの子には、魔法以外の戦う方法も必要だわ」
「戦う……やっぱり、森の外に出ると思う?」
「ええ、私たちの子供ですもの。英雄に会いたいと、言い出す気がするわ」
両親の予感は、約百五十年後に的中する。英雄物語に憧れた子供は作家を志し、森の外に旅立った。
父の才能を受け継いだ弓使いとして、冒険者になる。青の英雄の子孫にであうのは、その直後の話。




