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ブラック・エクレール  作者: 松谷セイ
プロローグ
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monk-02「虐殺②」

 盗賊の出るような場所でもないので、僕らは荷物を岩の陰に置いて、近くに馬を繋ぎ、クリルさんの後を追って城の方へと岩の荒野を進むことにした。

「クリルさん、大丈夫かな……」

「大丈夫だろ。剣を持ったあいつは俺より強い」

 傾斜のきつい岩肌をよじ登るように進みながらふと呟いた不安に、前を行くゴルザスさんが何でも無さそうにそう答えた。クリルさんのことをまるで気にしていないようなゴルザスさんの物言いに少しむっと来る。仲間なんだから、もっと心配してほしい。

「それでも相手はメル・アグリフォンですよ? 今までに二回交戦しましたが、僕たち全員でかかっても仕留めきれないで逃げられてるじゃないですか」

「……それは、まあ、あいつがたまたま運良かったってだけだ」

 な、何だそれ……。拳に雲より高い誇りを持つゴルザスさんのせめてもの負け惜しみなのかもしれないけど、他に言い方あったんじゃないかな……。嘘を吐くのが下手なこの人らしいと言えばそうだけど。

「とにかくクリルくんは平気だよ。今回はだいじょーぶなの!」

 どう返事したものか迷っていると横からセイラさんが口を挟んだ。

「どうして今回はちゃんと倒せるんですか?」

「フッフッフ。とうとうあたしが真の力を解放するときが来たってことさ……」

「な、何で今まで真の力解放しなかったんですか……」

 思ったままの言葉を口に出すと、セイラさんは少し唇を尖らせて、

「野暮なこと言わないのー。とにかく、今度こそあたし達はメル・アグリフォンを仕留める。ザイアくんはいつも通りそこそこ近くてそこそこ遠い安全な場所からあたしたちの援護をよろしく!」

 最後に僕の肩を強く叩いた。

「はあ……」

 何だか無理矢理にはぐらかされてしまったような心境だ。

 チラッとゴルザスさんの方を伺うと、何か言いたそうな目でセイラさんを見ていた彼はこちらの視線に気付いたのかサッと顔を逸らした。――何だろう。何か隠されている感じがする……。

 旅が始まってから大人たちに対してこのような疑惑を抱いたのはこれが初めてではない。三人のことは信頼しているけど、彼らには僕に対して何かしらの秘密があるような気がしてならない。たまに、僕に黙って三人だけで話し合ったりしているようなのだ。最初の頃はそう感じるだけだと思っていたけど、二度目の交戦が終わった夜に、イラついた声が耳に入ってふと目が覚めた時、僕以外の三人が焚火を囲ってこしょこしょと何か話し込んでいるのを見た。声が小さすぎて何の話をしているのかは分からなかったけど、珍しく苛立った様子のクリルさんと、彼の肩に手を置いてクリルさんをなだめるゴルザスさん、そんな二人の間に座るうつむき加減のセイラさん――こちらに背を向けていたので彼女がどんな顔をしているかまでは見えなかった――といういつもは仲の良い彼ららしからぬ並々ならぬ雰囲気。治癒能力という特殊な力をたまたま持っていたがためにこの王国最強のパーティーに加えてもらった僕なんかが彼らの戦いについて語って良いはずがないが、それでも言わせてもらえるなら、その日の戦闘でメル・アグリフォンに逃げられてしまったのは魔法使いであるセイラさんの魔法によって引き起こされた土煙によって敵味方関係なく視界が封じられたことが原因だと素人目にも分かった。だからその時は、大人たちの中では一番歳が若いとはいえ、皆を引っ張る勇者の役割を担うクリルさんが彼女の失敗を叱責しているのだと考え、明日はセイラさんにいつもより優しく接することを決めたらいつの間にか寝てしまっていたのだが……やっぱり、クリルさんって人の失敗を怒るような人じゃないんだよな……。そうしなくちゃいけない時も笑って済ましてしまう、底抜けに優しい人というか……。

 クリルさんが最後の魔王討伐に一人で行ってしまってから今まで何となく流してきた色々なことが改めて気になって来た。彼の突然の単独行動は魔王との最終決戦に僕たちを巻き込まないための、とかさっきまでは考えていたけど、やっぱりそんな簡単な話でもないのかもしれない。僕たちはもう二度も一緒に魔王と戦っているし、僕たち三人と同じく、クリルさんだって僕たちの力を信じて、必要としてくれているはずなのだ。

 だからこそ今、僕たちは彼の後を追って明日の予定だった魔王との決着に臨もうとしている。

「……どうしてクリルさん、僕たちを置いて先に行ってしまったんでしょうか……」

「んー……」

「む……」

 今度のつぶやきには二人とも明確な返事はくれなかった。というか、ゴルザスさんのそれは相槌ですらなかった。

 先頭を歩いていた彼は片腕を横に挙げて後ろの僕たちを制すと、自分の耳に手を当てて何かを聞き取るようにじっと集中した。何を聞こうとしているかは分からないが、とにかく余計な音は立てないように僕とセイラさんは足を止めてじっとゴルザスさんからの合図を待った。拳闘士である彼は五感も優れているから、僕たちでは感知できなかった何かを察知したのかもしれない。

 そのまま沈黙を保って十数秒間――相変わらずあたりに響くのは寂しい風の鳴き声だけだ。僕とセイラさんは顔を見合わせて、お互いに首を傾げた。

「――ううむ……もう良いぞ」

 と、ゴルザスさんが耳から手を離してそう告げる。

「どうしたの?」

 やっと沈黙から解放されたセイラさんがすぐに彼に尋ねた。

「いや……うむ……」

 言いよどむゴルザスさん。

「何だろうな……何か妙な音が聞こえたんだが……」

「「ええ!」」

 セイラさんと声を合わせて驚いた。

 まさか、遥か彼方の水のせせらぎですら聞き分けるゴルザスさんに、あれだけ集中しても聞き取れない音があるなんて思えない。

「みょ、妙な音って、どんな音です?」

「うーむ……いや、上手く説明できないんだが、何か、こう……」

 言って、彼は口をすぼめると、

「『ポッ』」

 と発声した。

 ……。

「あっひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!! 何それ鳥の真似? ゴルザス最高! 良いよ! 渾身の冗談! 間の取り方からその変な顔まで全部完璧! 超笑える!」

 横でセイラさんが大爆笑。僕もつられて笑いそうになるのを、慌てて俯いて隠した。

「ああ!? 別にふざけてねえよっ!」

 ゴルザスさんが慌てていつもの眉根に皺の寄った怒ったような顔に戻って怒鳴っても、ふつふつ腹の底から湧きあがる笑いは収まらない。だって、ゴルザスさんがこのタイミングでそんな冗談をするなんてっ……!

 きっとクリルさんに置いて行かれたことで少し悪くなっていた僕らの雰囲気を持ち直そうという粋な計らいだったんだろうけど、普段は真面目で厳しい人だけに破壊力あり過ぎるっ……。

「おいコラ魔女っ! それにザイアもっ! 笑ってんじゃねえよ緊張感ゼロかてめーらっ!!」

「あらあら、緊張感ないのはどっちよう? 急におどけたのはそっちじゃないのさ?」

「ああん? 俺はふざけてない大真面目だ!! 本当に聞こえたんだよあんな風な音がっ!!」

「え! 本当なんですか?」

「ああそうだ! おい魔女、ザイアを見習っててめーもいい加減笑うのやめろ! 城までまだ距離があるとはいえ士気に関わる!」

「えー? ……はーい」

 ゴルザスさんに一睨みされて、セイラさんも大人しく笑うのをやめた。

「でも、普通に鳥じゃないの?」

「いや、違う。そういうのじゃない。――少なくとも、俺が今まで聞いたことのない音だった」

 声のトーンを落として、重大なことのように話すゴルザスさん。しかし、何かは分からないとはいえ変な音が聞こえたくらいでそんな深刻になるべきだろうか?

 その考えを口に出そうか迷っていると、ゴルザスさんが、向かう先の――霧の中に浮かぶ古の城の尖塔に首を向けて、

「……何だか、嫌な感じだ……」

 そう呟いた。

 彼がそんなことを言うとは……並々ならぬ感じがする。――しかし、じゃあ、『ポッ』とは一体何の音なのだろう?

「ふうん……もう一回やってもらえる?」

 彼女も同じことを考えたのか、セイラさんが言った。

「――よし。だが良いか? もう一回やるけど笑うなよ?」

「分かってるって」

「と言っておいて大爆笑とか許さんからな」

「えっ? それがお約束じゃないの?」

「いくぞ――『ポッ』……誰か聞き覚えのある奴はいるか?」

 ゴルザスさんに尋ねられたが、二人とも首を横に振った。

 そんな音聞いたことない。鳥の鳴き声でもないのなら、こんな岩山で、一体何がそのような音を生み出したのか。

「――これは手がかりになるか分からないが……」

 と、何にも思い当たれず首をかしげる僕らに向かって、ためらいがちにゴルザスさんが口を開いた。

「俺でも、あまり聞き取れた自信はないんだが……何か、空を切るような音も聞こえた気がしたんだ……」

「空を切るような音……ですか?」

「聴いたことないか? こんなだ」

 そう言って、ゴルザスさんは軽く何もない空間に拳を放った。――放ったと言ったが、僕ごときの目にそれが視認できたわけではない。横に下がっていた彼の右手が次の瞬間には空に突き出されていたから、彼が何もない空間に掌打を繰り出したことを後に推測しただけだ。

 見えない掌打はバンッという空気が破裂するような音の後に軽い風を起こし、それが僕らの髪や服の裾を揺らしていった。

「ほら。今の、『バンッ』の前に聞こえただろ? 空が切れる音」

「……あたし達をあんたみたいな規格外の野生児と一緒にするんじゃないよ。捉えられるかそんな一瞬」

 呆れたようにそう言うセイラさん。掌打の方には無反応なんて、やっぱりこの人もすごいな……。

「……やっぱり難しいな。とにかく、凄まじい速さで何かが空中を横切った音だ。風にさらわれていないところを見ると、多分、割と高いところをな」

「……」

 もう一度頭を絞るが――何も思い当たらない。そもそもゴルザスさんの拳ほど早く飛ぶものがこの世界にあるはずがない。クリルさんの剣戟も凄まじいけど、流石に空は飛ばないはず……飛ぶか?

 ……変な音のことは気になるけど、今はクリルさんの方が気がかりだ。

 さっきはゴルザスさんの様子を見てつい口をつぐんでしまったけど、やっぱりここは僕が二人に先を急がせるべきだ。……戦闘には参加できないし、まだ子供で、三人の秘密の会にも入れないでいる僕だけど、それでも彼らの一員なんだ。こういう時こそ率先して発言しなくちゃ。

「音の正体は気になりますけど、今は先に進みませんか? ……クリルさんも心配ですし……」

 少し勇気が足りず言葉がしりすぼみになってしまった。恥ずかしくて俯く。

 ゴルザスさんはすぐには答えない。迷っているのだろうかとドキドキしていたが、

「……そう、だな」

 彼は僕の意見を聞いてくれた。珍しく役に立てた気がして、内心で喜ぶ。

「ザイアの言う通り、早く奴に追いついて俺たちを置き去りにしたこと拳で後悔させてやらなきゃいけないからな」

 ぱんっ、と胸の前で右の掌に左の拳を打ち込みながら言うゴルザスさん。そ、そんなことは言ってませんけど。

「そうだね! ザイアくんの言う通り、今は先に進もう! ――なあに、『ポッ』や空を切る音の正体が分からなかったって死にはしないさ。一応警戒はするけどね」

 セイラさんが元気に締めて「ほら!」と僕らを先に促した。

 また、城を目指して歩き出す。向かう先の空には真っ黒な厚雲が重く垂れこめている。――大雨が来そうな雰囲気だ。辺りも薄暗くなってきたし、いち早くクリルさんの元へ着かなくては。

「――よし。城が見えたぞ」

 ゴルザスさんの声に顔を上げる。

 大きな岩山をようやく乗り越え、急に視界が開けた。

 盛り上がった地形の上に屹立する、深緑に覆われし古の城を頂いた台地――それはまるで楽園の庭のようで、僕は瞬間言葉を失う。

 ――あんなに美しい建造物に、今は凶悪な魔王が棲んでいるなんて……。

 それは酷く滑稽な間違いのようで……ほんの少し、自分の目的を疑ってしまう。――いや、魔王は人間の敵だ。魔王は悪なんだ、僕……。

 ――と。

 広がる灰色の景色をぼんやり映していた僕の視界を、横に上げられたゴルザスさんの腕が遮った。

「止まれ――何か居る」

 岩山の下方を睨んで呟く彼。僕も視線を下げる。

 遠く、荒くれた岩々の中心に――夜の闇が突然人の形で現れたような、真っ黒な影が佇んでいた。

血生臭くなりそうですが、グロい描写頑張るので待っていてください!

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