死体を隠すなら桜の木の下
「知ってるか?桜の木の下には死体が埋まってるんだぜ」
春真っ只中のある日、満開の大きな桜の下で兄が私を怖がらせようとして言った。私はそんなことを信じるほど子供ではなかった、兄は自分より年下だからといって私を見くびりすぎている、私だってもう小学生三年生なのだ。私がそう言うと兄は笑った。
「馬鹿だなあお前、どうして桜の色が赤いのか知ってるか?」
どちらかといえば桜の花弁の色は桃色だと思うのだが。
兄はまた意地悪な笑顔を浮かべて言った。
「桜の色が赤い理由はなーー」
そんなほんの数日前のことを私は妹の亡骸の前で思い出していた。
私は妹と桜の木に登っていた。一番高いところに先に着いたのは妹のほうで私はそれが悔しくて「わっ!」と声を上げて妹を驚かせようとした。そしてそれは上手くいったのだが妹は驚いた拍子に体勢を崩してしまい地面に体を叩きつけた。
鈍い音がした。その音は今でも耳にこびりついて離れてくれない。
一瞬何が起こったのか分からなかった。
私は恐る恐る木から降りた。
桜の花びらが妹の頬に舞い降りた。有り得ない方向に曲がっている妹の首を見て妹は死んだのだと悟った。
「理央」
妹の名前を呼ぶ、もちろん返事など返ってこない。それでも私は壊れたおもちゃのように何度も何度も妹の名前を呼んだ。
お願いだから目を覚まして欲しい。
こんなつもりじゃなかったのに、ほんの少し脅かそうとしただせだったのに。私は妹を殺してしまった。今更後悔しても遅いと思ってる、けれども私はどうしても自分自身の犯してしまった罪を認めることができなかった。
だから私は考えた。妹の死体を見つからないように隠す方法を、川に沈める、それが一番いいとも思ったが私とそんなに体格が違わない妹を近くの川まで持っていくのは重労働だし何より人目についてしまう。それだけは避けたかった。しばらく考えたのちにとある考えを閃いた。
桜の木の下に埋めてしまおう。
それにはまずシャベルが必要だ、それは大丈夫だ。私の家は農業をしている、シャベルの一本や二本あるだろう。幸い家はこの桜の木から近かった。妹の死体を見つからないように茂みに隠してから私はその場立ち去った。できるならこのままどこか遠い所へ逃げたいと思った。
家の倉庫は暗いのでいつも一人では怖くて入れない、しかし今はそんなことを言っている場合ではない、手前にあった黒くて砂が所々付着しているシャベルを手に取り駆け出した。
「あら、穂香どこにいくのよそんなもの持って」
畑から帰ってきた母に見つかってしまった。どうしよう、なんて言い訳をしよう。
「え、えっと……大きな落とし穴作るの」
「落とし穴?あまり深いのはダメよ、危ないからね」
「はーい!」
やった、どうにか誤魔化せた。私は重たいシャベルを両手に抱えて道を走った。
桜の木に戻ってきて隠した妹の死体を引っ張り出す。これが自然に消えてしまえばいいのに。
私は桜の木の下の地面にシャベルを突き刺した。土は幸いなことに柔らかくて簡単に掘ることができる、それでもかなりの重労働だ。
お気に入りのピンクのワンピースが汚れるのも気にしない、穴を地道にコツコツと掘り進めて行く。
もっともっと深く深く。
死体が埋まるほどに深い穴を。
どれほどの時間が経っただろう、辺りはもうすでに暗くなりつつある。早く帰らないと家族が心配する。
家族で大切なことを思い出した。家族にはどうやって妹を隠そうか、一番重要なことを忘れていた。
それでも後で考えればいい今は早く死体を埋めなければ。
このくらいでいいだろう、いつの間にか桜の木の下には大きな穴が開いていた。やっぱり桜の木の下には死体なんて埋まってなかった。
私はその穴に妹を入れて土を被せた。しばらくはこの妹の姿を忘れられそうにない、いや忘れてはいけない。私が殺してしまった家族、唯一の妹。
それでも私はやっぱり妹よりも自分が大事なようで素直に話すという選択肢は思い浮かんでもすぐに消し去った。
「はあ、できた……」
ようやく妹の死体を埋めることができた、後は帰り道で言い訳を考えるのみだ。
「穂香!」
帰ろうとした時聞き慣れた声が背後からした。ガサガサと草が揺れる音がして背後の茂みから兄がひょっこり現れた。心臓が跳ねた、見つかったと思った。
「何やってんだよ、泥だらけの傷だらけじゃないか」
兄はキョロキョロと辺りを見て「理央は?」と私に尋ねた。
その時の私は疲れと恐怖とで泣いてしまった。
「ど、どうしたんだよ」
「……っ理央が、居なくなっちゃった」
咄嗟に口に出たことだった。
兄はその一言を信じたようですぐに今まで浮かべていた笑顔を引っ込めて「大人たちを呼んでくる」と言った。
助かったと思った。泣きながら私は兄について行く、兄はそんな私の手を引いてくれた。
結局妹は誘拐ということになり捜索願いが出された。
そしてしばらく経ったある日、あの桜の木の下から妹の死体が出てきた。
私だと分かるのではないかと毎日毎日怯えていた。
しかし、それは杞憂だった。
私は妹を亡くした哀れな姉として見られていた。
あの日から何年経っただろう、私と兄はもう立派な大人になっていた。
今でも兄のあの一言が耳に残っている。
「死体の血を養分にしているからなんだぞ」
今年も桜が咲いた。
今年の桜のその桜の中に一輪だけ一際色の濃い桜の花びらがあった。そしてその花びらは私の手のひらに舞い落ちる。
あながち本当かも知れないと私は笑った。