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007 問題発生

 昨日に引き続き、今日の昼休みも合唱練習だ。少しでも多く、練習を重ねる。コンクールに向けて私たちができる最大限の努力はこれしかない。


 しかし、ほんの数日前までほとんどやる気のなかった人間が、たった一日二日の練習で一気に上達するほど、この世界は甘くない。


 現状は昨日と大きく変わらなかった。玲二の指導もあって確実に上達してきてはいるのだが、スタートで出遅れている私たちにはまだまだだった。このまま合唱コンクールに突入しても、他のクラスには勝てない。絶対に。



 みんなそのことをわかっているからこそ、練習にも熱が入る。

 そして、みんなが熱くなればなるほど、楓の歌声はその調和を乱すように聞こえてしまう。


「楓、また音がズレてるよ!落ち着いて周りに合わせて!」


 玲二の注意が楓に集中する。そのたび修正しようとしていることはわかるのだが、それによって余計に音がずれていくという悪循環を生み出していた。


 一通り歌い終えると、玲二が批評をする。放課後であれば先生にお願いするのだが、今は昼休み。授業の用意など、仕事が忙しいと断られてしまっている。


「昨日と比べても明らかに上達してきてるよ。全然違う。でも、まだまだだよ。これじゃやつらには敵わない」


「やっぱり楓にちゃんと歌ってもらわないと。調和が崩れてしまっているんだよな」


 言われた楓本人は私たちに対して完全に萎縮してしまっている。


「みんな……本当にごめん、私のせいで……」

「気にすんなって、誰にでも得意不得意はあるんだ。楓はその苦手を克服するために必死で頑張っているんだ。そんなに謝ることじゃないぜ」

「へぇ、泰助にしてはいいこと言うじゃん」


 ただのバカとばかり今まで思っていたが、私は少し思い違いをしていたようだ。


「俺も勉強は苦手だからな。いやー、よくわかるぜその気持ち。どれだけ頑張っても分からないものは分からない。そうだろ?」

「授業中いつも寝ているあんたのどこが努力しているっていうのよ!せめて授業くらいはしっかり受けなさい」


 前言撤回だ。泰助はやっぱりただのバカだ。



 心の中で馬鹿にしていたことに気付いたのか、思いがけず反論が返ってくる。


「そういう実里だって授業中寝ているじゃん。大して頭いいわけでもないし」

「わたしはた・ま・に、寝るだけよ。あんたはいつも寝てるじゃない!」

「どっちもどっち、寝ている時点で五十歩百歩だと思うけどなー」

「「お前が言うな!」」


 ぼそっと呟いた叶恵に、二人同時に突っ込んだ。叶恵は頭はいいが、授業中に寝ているのは私たちと変わらない。


「そこ三人で言い合いしててもしょうがないだろ。もう一回、全体合唱をするから……」


 玲二の言葉は最後まで続かなかった。その言葉を遮るかのごとく、教室に入ってきた人間がいたからだ。


「やっほー、練習頑張ってるかい、一年四組サン?」


 わざとらしい、演技がかった手振りをしながら教室に入ってきたのは隣のクラスのコンクール委員だった。


「龍之介じゃない。今日は何の用?みての通り、合唱練習中で忙しいから手短にお願いしたいんだけど」

「いやいや、大した用事じゃないよ。ついでに、皆の歌がどんなものかなーと思って聞いていたんだけど……」


 一度全体を見渡した後で、わざとらしく大きなため息をついて見せた。


「こりゃ大変そうだな。全員の音量が合っていないから、パート毎でバラバラ、まとまりが全くない。リズムもずれている。急にテンポが速くなったり、遅くなったりしている。いやあ、指揮者の苦労が伺えるよ」




 ハハハと笑う龍之介と相対し、クラスの雰囲気は悪くなっていく。


「下手なことぐらい自分たちでもわかる。だから練習頑張っているんじゃない」

「いやいや、何も頑張っていないとは言っていないさ。ただ、ありのままに事実を述べただけだよ」


 嫌らしい笑みを浮かべたまま、叶恵の反論も受け流す。


「まあ、コンクール二週間前にこんなことやっているようじゃ、俺たちには勝てやしないな」

「……まだ、二週間もある。やってみないとわからないじゃない」

「いいや実里。わかるさ。俺にはわかる。お前たちじゃ絶対に俺たちのクラスに勝てないさ」


 声高く、龍之介はそう言い放つ。そして、そのいやらしい笑みを楓へと向けた。


「もちろん、さっき挙げたことも原因だよ。まあ、あれくらいなら二週間あればそれなりのレベルに持っていけるんじゃないか?」


 褒めているのか、けなしているのか。どちらにせよ、この後に続く言葉がろくでもないことくらいは誰にでも予想がつく。


「でも、あそこまで音を外し続けるような音痴は直しようがない。だから、お前たちは俺たちには勝てない。ほら、自分でもわかっているんだろう?みんなに迷惑をかけているのは自分なんだ、って」

「……楓」


 振り返ると、楓は震えていた。自分のトラウマを、心の奥から気にしていることをえぐるようなその言葉に、怯えていた。


「当日、休んでいたほうがみんなのためになると思うけどなぁ。お前も、苦手な歌を歌わなくて済むなら大歓迎だろ?」

「この……」

「泰助、今暴れるのはまずいって!それくらいはわかるでしょ?」

「ぐ……」


言霊を使おうとした泰助をなだめるが、正直、私もそろそろ我慢の限界だ。クラスの雰囲気も悪い。

先ほどまでのわきあいあいとした練習風景は、一瞬で消え去った。


そんな中で龍之介はヘラヘラと笑う。心底、私たちを馬鹿にした表情で。


「なに、わざわざ嫌味をいいにきたわけ?練習があるから、用事がないのなら帰ってくれない?今、すぐに」

「ああ、ごめんごめん。危うく忘れるところだったよ」


口では謝っているが、態度から反省の色は見えない。どこぞの探偵でも気取っているのだろうか。教室の中をぐるぐる回り続けている。


「実は、お前たちに折り入って頼みがあってな」

「なんだよ、言ってみろ。聞くだけは聞いてやるよ」


 普段は温厚な叶恵さえ不機嫌になっている。そんな状況で、口より先に手が出るような泰助が、爆発寸前とはいえここまで我慢しているのは珍しい。

 そうはいっても、爆弾であることには変わりない。ほんの少しのショックでも爆発しかねない。

 そんな状況にもかかわらず、奴は。

 

 ぶちまけたガソリンに火を放つ。


「別に大したお願いじゃないんだけどさ。音楽室を使った合唱練習の時間を俺らのクラスに譲ってほしいんだ。どうせ練習したってうまくなれるわけじゃないんだからいいだろ?」




 一瞬、時間が止まった。

 その場にいた全員が、固まった。龍之介が何を言っているのか、理解できなかったのだ。


「な、いいだろ?俺らのクラス、優勝狙ってるからさ。頼むよー」


 全く悪びれることなく、そう口にすることができる。目の前の愚か者は、そういう部類の人間だった。


「ふ……っざけんな!!誰が聞くかそんなこと!!」

「そうよ!私達だって優勝目指して練習しているのよ!」


 みんなが口々に不満を言うなか、私は龍之介の言葉が気になっていた。まるで、私たちが優勝することは絶対ないとでも言いたげな、そんな物言い。


「どうせ練習したって勝てないんであれば、俺らに練習の機会を譲ってくれたほうがいいと思わないか?うちのクラスが絶対に優勝してやるからさ」

「……ふざけないで」

「ん、実里、何か言ったか?」


 馬鹿にしたように、耳に手を当て、聞こえないふりをするその態度に、堪忍袋の緒が切れた。私の、私たちの、合唱コンクールに向けた努力すべてを土足で踏みにじる。この男の態度は、すでに私の我慢の限界を超えている。


「ふざけんなって言ったのよ!何が優勝してやる、よ。あんたたちこそ優勝できるわけないでしょ!」

「わっかんないかなぁ……。そこの音痴がいる以上、俺らに勝てはしないって」

「楓のことを悪く言わないで!」


 私の怒りは収まらない。だが、同時に龍之介もイライラしている。自分の思い通りに事が進まない。そんなことでいらついているようだった。


「まったく、ここまで言ってわかんないとは思わなかったよ。さすがは『言霊バカの四組』、だな。こんな簡単なことも理解できないのか」

「なんだと!」


 龍之介の言葉は止まらない。ガソリンに火をつけただけでは飽き足らず、さらにガソリンを撒き散らし、あたりに火炎瓶を投げつける。そんな言動を繰り返す。


 言霊バカの四組。うちのクラスが陰でそう呼ばれていることは私たちも知っている。だが、直接そう言われて黙っていられるような人間はうちのクラスにはいない。

 尊敬する担任を馬鹿にされて、平気でいられる人間はいない。

 そんなことを知らない龍之介は、ついに爆弾の導火線に火を放つ。


「やっぱり、担任の教えが悪いんだろうな。担任が言霊バカだったら、クラス全員が言霊バカになるってか。おーこわいこわい」


 わざとらしく怖がるその仕草に、つい言葉が出てしまっていた。


『ドッカーン!』


 泰助の得意技、「擬音再現」による爆発だった。その爆風で、龍之介は壁へと叩き付けられていた。

衝突の衝撃は龍之介に展開されていた障壁によって吸収されていたため、怪我はない。


「泰助!何考えているんだよ!ここにいる全員を巻き込むつもりか!?」


 小規模で、龍之介個人に向けられた爆発とはいえ、人一人を吹き飛ばすその衝撃は決して小さなものではない。現に、あと少しずれていれば玲二も爆発に巻き込んでいただろう。


「泰助、一旦落ち着いてって!これ以上はさすがにまずいから!」

「邪魔するなよ実里!ここまで馬鹿にされて黙っていられるかよ!」


 怒りで目が血走った泰助は、制止の言葉を聞き入れようとはしない。


「俺のことを馬鹿にするのはまだいいさ。合唱が下手なことはどうしようにもない事実だからな。……でも、こいつは春ちゃんのことまで馬鹿にしやがったんだ!ここまでされても、黙ってろって言うのかよ!」


 その言葉に、私は何も言い返せない。私だって、春ちゃんがバカにされたことは悔しい。龍之介を許せない泰助の気持ちもよくわかる。だから。何も言い貸すことができなかった。



 私の制止を無視して、横を通り抜けようとした泰助を止めたのは、叶恵だった。


『野間口くん。ごめん、ちょっと動かないでいて!』


 ぴたり、と泰助はその動きを止めた。それと同時に、先ほどの爆発を聞きつけた先生たちが突入してきた。


「何事だ!さっきの爆発音は!」


 勢いよくドアを開けて入ってきたのは、龍之介の担任の先生だった。

 それと同時に、今まで何も言わずに黙っていた龍之介が突然泣き始める。


「先生ぇ……。いてえよ……。いてえよぉ!」

「どうした?何があった!?」

「俺はあいつらにちょっとしたお願いをしに来ただけだったんです。そしたら、いきなり言霊を使われて、吹き飛ばされて……」

「何だと?」


 自分に都合のいいように解釈した事実を、龍之介は話す。


「ちょっと待ってください、速水先生。これは……」

「うちのクラスの生徒を傷つけて、言い訳するつもりか」

「言い訳じゃなくて……」

「どうせ、自分たちが気に食わない願いでもされたんだろ?でも、たかがそんなことで、こんなことをしていいと思っているのか?」

「話を聞いてください先生!」


 速水先生はこちらの話をまるで聞く気がないようだった。以前からうちのクラスを馬鹿にしている先生からしてみれば、話を聞くまでもなく、自分のクラスの生徒の言うことが正しい。そういうことだろう。


「俺……何もしていないのに……」

「あれだけのことをしておいて何もしていないなんてよく言えたもんだな!」


 いつの間にか静止の解けた泰助が龍之介にあたる。


「いい加減にしろ!まったく、これだから一年四組は……」


 そこに、騒ぎを聞きつけた春ちゃんも駆けつけた。


「何があったの!?」

「春ちゃん……」

「速水先生、何があったんですか?」

「畠山先生のクラスの生徒が、うちの生徒に言霊を使って怪我をさせたんですよ。全く、どんな指導をしているんですか!」


 畠山先生は信じられないといった表情で、すすり泣く龍之介を見ている。その後、私たちのほうへと向き直る。


「今言ったことは本当のことなの?」

「先生、これには理由が……」

 

 そういう玲二をぴしゃりと押さえつける。


「理由があるなら後で聞いてあげる。言霊を使って怪我をさせたのは本当なの?」

「それは……」


 真っ直ぐな目でこちらを見つめる畠山先生を、私は直視できなかった。


「……本当なのね」


 言葉に詰まり、目を逸らした泰助と私を見て、そう判断したらしい。


「どんな理由があったとしても、言霊を使って相手を傷つけたらダメだって。ちゃんと教えてきたつもりだったんだけどね」


 畠山先生の言葉が胸に刺さる。悪いのは明らかに私達だ。


「謝りなさい」

「でも……」

「何か理由があったにせよ、言霊を使って傷つけたことはちゃんと謝るべきことでしょ」


 春ちゃんは怒っている。目を見ればそれはすぐに分かった。


「……ごめんなさい」

「速水先生、私からも謝ります。私の指導力不足でこのようなことが起こってしまい、本当に申し訳ありません」


 私と泰助が頭を下げると同時に、春ちゃんも謝罪をする。春ちゃんの威厳を守るために行ったことで春ちゃんを謝らせてしまった。その事実に心を痛める。

 それも、よりにもよって、私たちを馬鹿にする先生に対して。


「全く……ちゃんと指導してくださいよ。龍之介、とりあえず保健室に行こう」

「本当に、すみませんでした!」


 私達よりも必死に頭を下げる春ちゃんに対して、申し訳がなかった。

 そのまま、ろくな練習もできないままで、無情にも昼休み終了十分前を知らせるチャイムが鳴った。

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