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004 言霊学

「さて、どんな問題を出そうかな……」

 目をキラキラさせながらそう呟く先生に、私は少し戦慄している。あの目をしたときの先生の話は大抵が研究レベルの話で、中学生には難し過ぎる話が多かったからだ。


「玲二……。あれ、ちょっとまずくない?」

「今さらそんなこと言ったってどうしようにもないだろ。こうなってしまったら……」

 おとなしく話を聞くしかない。それは、みんな経験として分かっていた。

 好きなものに夢中になっている人間を止めるのは難しい。私達はこの先生のこの様子を見て、その事実を身をもって体験している。



「一問目は基本的な部分から聞いてみようか。言霊とは、どういった力のことを指すのか」

 これは先生の話のなかで何度か聞いたことがある。これなら私も答えられるだろう。ただ、一問目に出すレベルの問題ではないような、そんな気がしなくもない。


「さて、じゃあ誰に答えてもらおうか……」

「し、指名制ですか!?」

 動揺して思わず席を立ってしまった。

「だって挙手制にしても誰も恥ずかしがって手を挙げないでしょ? それじゃこっちも授業にならないから、今回は指名制でいきます。わかったら一旦席についてね」

「はい、分かりました……」


 これは非常にまずい。指名制となると下手すると何も分かっていない人間が当てられるかもしれない。そうなると、挙手よりもっと時間がかかってしまう。

 そういっている私自身も言霊学の成績はいまひとつだし、私よりも苦手な人間も何人かいる。そんな人たちには、難しい問題を答えることはまず無理だろう。


「そうね……。お、今日は珍しく覚醒モードの叶恵に聞いてみようか。叶恵、答えられる?」

 呼ばれた叶恵は、普段のどこか天然で抜けた感情とは違って、凛々しい顔をしていた。調子に激しい波のある叶恵の、調子のいいときの顔だ。クラスで「覚醒モード」と呼んでいるこのときの叶恵は、恐ろしいほどに頭が切れる。

「はい、大丈夫です」

 席を立つと、そのまますらすらと喋り始める。


「言霊は、言葉にしたことを具現化する力のことです。日本では古くからこの力について知られており、言葉にはその人の想いが宿ると言われていました」

「正解。流石は優等生ね。ありがとう叶恵、席についていいよ」

さも当然のように答えているが、普段の叶恵にとっては難しい問題のはずだ。こんな風にいつも調子がいいのであればいいが、そんな時はほとんどない上に自分で調子のコントロールもできないらしいから厄介なのだ。


「例えば、『軸先端に直径0.5ミリメートルの鋼球を内蔵し、鋼球の回転と同時に軸内の黒色油性インクを滲出させ、文字を書く文房具の一種であり、精密機器。通称ボールペンを生成せよ』っていうと、だ」

 畠山先生が教卓の上に手をかざすと、その手から突如としてボールペンが出現した。

「まあこんな風にボールペンが出てくるわけよ」

 なにもない空間から現れたペンを手に取ると、それをくるくると回し始めた。


「一つ注意しないといけないのは、言葉にしていないことは不確定のまま具現化されてしまうってところ。さっきのボールペンは黒色油性インクって色まで指定していたけど、なにも言わなかったら何色のボールペンが出てくるかまではわからない。場合によってはこれが大変なことになるから、忘れないようにね」

器用にペン回しを続けながらそう付け加える。


 テレポートは、なにも言わないと大変なことになる言霊の最たる例だろう。この日本だけでも、年に数件は座標指定を忘れてテレポートした結果、壁に埋まって動けなくなる事件が起きている。場合によっては死ぬこともあるはずだ。それゆえ、慎重に言霊は使わなければならない。これも、春ちゃんに口酸っぱく言われていることだ。



「今の事に関連して二問目。今みたいに、どんなことをするかを丁寧に説明していたら、時間がかかる。それに、ボールペン一本造り出すのに辞書を持ち歩かないといけなくなる。当然、そんなことをするのは面倒でしょ? そこで、これを避けるためにどんなことをしているか。これは……泰助、答えられそう?」

「え、この問題を泰助に当てるのか……。あいつ、ちゃんとわかっているのか?」

「簡単な問題だから流石に大丈夫でしょ。……多分」


 泰助はバカだ。しかも、相当なバカだ。クラスはもちろん、学校を代表するバカである。クラス全員がわかる問題を、泰助一人がずっと悩んでいるということも珍しくない。

 本人は本人なりに努力しているらしいが、授業中には居眠りをする上、指名して問題を解かせても、悩んだあげくにろくな答えが返ってこない。先生達からはそう評価されている。授業が進まないからと泰助を指名しない先生もいるくらいだ。


 春ちゃんは泰助にも問題を解かせてくれている。これは先生なりの優しさだろう。ただ、こういう一刻を争うような状況ではその優しさも仇となってしまう。

「んー……何だろうな。俺、ドッカーンとか、バッコーンとかしか言わねえからな……。うーん……」

 案の定、わかっていなかった。自分が解きたかったとぼやく玲二にも納得する。


「わからないならわからないって言ってもいいのよ?わからないことそのものは悪いことではないんだから」

 先生も遠回しに諦めろ、と言っている。

「そうだ、思い出したぜ、先生!」

 皆が泰助に注目する中、突然席から立ち上がりそう言い出した。

「ショートカット登録だ! どうだ先生、今回は当たっただろ!」

 机から乗り出し、自信満々に大声で叫んだその答えに、皆が感嘆の声をあげる。


「おお、正解! 本当はもうちょっと詳しいことまで答えてくれればよかったけれど、泰助にしては上出来かな?」

 私も、これ以上の答えを泰助に求めるのは酷だと思う。そもそも、ちゃんと答えられるとクラスの誰一人として予想していなかったのだ。それを考えればすごいことだろう。


 当の本人はガッツポーズで喜んでおり、全く持って気にしていない。まるで、素直な小学生のようだった。

 誰かが泰助に拍手を送ると、皆が拍手を送りだす。こういったときのノリの良さは、他のクラスに誇るうちのクラスのいいところだ。


「はいはい、嬉しいのはわかったから騒がない。ほら、全員席に座って。追加の解説をするよ」

 そう言われると、拍手をやめて全員がすぐに着席する。楽しむときは思いっきり楽しんで、やるべき時にはきちんとやるべきことをする。担任からの教えだ。


「言霊のショートカット登録。本来時間がかかる言霊の詠唱を、ショートカットとして登録しておくことで短縮する。私もそうだし、みんなも使っている人が多いと思う。物体だったり、場所だったり、あるいは言霊そのものをショートカットにしていたりね」

 ショートカット自体はどんなものでも行えるため、基本的なものはショートカットに登録している人がほとんどだ。それに加えて、個人が好きなものや関わりのあるものを設定している。

 私の場合は、テレポート用に学校の座標を登録している。玲二であれば、空砲の言霊がショートカットだろう。


「でも、ショートカット登録にも限界がある。これは言霊の得意不得意と一緒で、人によって登録できる量に差があるって言われているんだけど……」

 ここまで話したところで、少し言い淀んだ。

「本当のところはどうかわからない、ってことですか」

 玲二の質問に、先生は首を縦に振った。


「ショートカットはもはや個人情報と言っていいほど、その人に関する情報が詰め込まれている。だから、いくら研究の為とは言ってもなかなかどんな情報をショートカットに登録しているかを教えてくれる人はほとんどいないのよ。仕方なく研究者達が個人で調べているけど、まだ研究の母数が少なくてね……」

 まだ結論を出せるほど情報がない。ということだった。



「大体、言霊を嫌う人間が多すぎるのよ、この国は。昔のことを言ったってどうしようにもないのに……」

 なんだか春ちゃんの様子がおかしくなってきた。だんだん、話している内容が愚痴っぽくなってきている。

「しかも、言霊の研究をしているってそれだけでいろいろと文句を言われるし、ご近所からは白い目で見られるし。研究することの何がいけないのよ!」

「先生、落ち着いてください! もう完全に愚痴になっています!」

 クラスの女子がそう言ったところでようやく我に返った。

「……えーと、ごめん。途中から暴走しちゃって。話を戻すと、ショートカットに登録するものは十分に考えてから決めたほうがいいということね。あんまりにもバンバンショートカットを使っているとすぐに溢れちゃうだろうから」

 少し脱線したものの、なかなかいい話を聞けた。ショートカット容量の話など、研究者からでなければおそらく聞けはしない。こういう話を時々してくれるのは、うちの中学校では春ちゃんくらいのものである。



「よし、じゃあ三問目。言霊を使う人間のことを何と呼んでいるか。じゃあ今度は玲二で」

「言霊使い、です」

「はい正解。これは特に解説も要らないでしょう」

 もはや、周知の事実だった。言霊使いしかいない世界で、知らない人間などいない。

「昔は言霊使いじゃない人間がいたから、こういう言葉があったんだけどね。こんな世界になっちゃったから意味のないものになっちゃったね」

 十年前までは、言霊使いというのは人間の中でもごくごく一部、人数にして数百人いるかいないかしかいなかったらしい。今の私たちには考えられない事実だ。



「さて、じゃあ次の問題で最後にしようかな。実里、ちょっと難しいかもしれないけど頑張って答えてね」

「なんで私だけ事前指名!? まだ問題も聞いていないのに!?」

「大丈夫だよ、大丈夫。授業を受けていればわかる問題しか出さないから、ちゃんと授業を受けていれば解けるよ。ちゃんと授業を受けていれば、ね?」

そういって畠山先生は笑った。とてもいい笑顔だが、この顔は生徒に意地悪をするときの笑顔だ。私が授業中、たまに寝ていたことへの仕返しなのだろう。


「それでは問題です」

 まるでクイズ番組の司会者みたいに、ふざけながら先生は言う。

 そういわれた私はといえば、みんなからのプレッシャーに押しつぶされそうだ。これが最終問題だということもあって、みんなが私に視線を送る。決して言葉にはしなかったが、絶対に答えろよという思いがこめられていた。ただでさえ、私は朝連に遅刻して皆に迷惑をかけている。ここで私が答えないわけには行かない。皆が、わたしと春ちゃんの出す問題に注目している。

 その後に続いた言葉に、私を含めたクラスの全員が愕然とした。


「以前から、言霊の得意不得意はある特定の言霊について起こるのではなく、ある分野、ある系統について起こると言われている。で、最近になってようやく、その系統の分類が行われるようになってきたわけだ。ということで、現在採用されている言霊の分類法の名前と、分類の仕方を答えなさい」


 その問題を聞き終えたところで、一瞬だけ、クラスが静寂に包まれた。理解できなかったのだ。

 すぐに教室中がざわつき始める。

「おいおい、この問題……」

「やっぱり、習ってない……よね?」

 玲二も縦に首を振る。当然、クラス全員が習っていない内容だ。

 頭のいい何人かを除けば、さっき先生が当たり前のように語った事実でさえ、知らなかったのだ。クラス中がざわつくのも無理はない。


「お喋りしない、全員静かに。実里、大丈夫そう?」

 先生の言葉に、再度クラスは静まり返り、私を見る。ただし、先程とは瞳に込められた意味が違うようだ。あの目は答えられなくても仕方がない、運が悪かったという、同情の目。

 うちのクラスのほとんどの人がわかってないのだ。こと言霊学に関しては成績の悪い私にわかるわけがないだろう。


 きっとみながそう考えていたのだろう。

「先生、自信はないですけど……いいですか?」

 みんな声には出さなかったが、驚いているのが手に取るようにわかる。もちろん、目の前の玲二もだ。

「お、おい、実里!素直にわからないって言った方がいいぞ?」

「大丈夫。少なくとも問題の意味はわかっているから」

 小声で話しかける玲二に、私は応える。


 私も、自分の解答に自信はない。ただ、なにも答えないよりははるかにましだ。せめて自分の答えを言ったほうがいい。

 そう、私が思っただけだった。


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