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011 帰り道にて

 急に告げられた集団下校の報せに、全生徒が一度に行動を起こせば当然混雑する。それを見越してか、春ちゃんは私達は他クラスより少し送れてその連絡をしたらしい。靴箱まで行く途中、他のクラスの生徒の姿は一度も見かけなかった。靴箱のあたりでようやく数人の生徒を見つけた程度だ。生徒の声のしない学内では下校を報せる放送がただむなしく響き渡っている。


「靴箱のあたり、もっと混んでいるものかと思ったけど想像以上に少なかったね」

「混雑してても良いことないからいいんじゃない?おかげで無駄な時間過ごさなくてもいいじゃん。こういうところまで考えて行動してくれてる春ちゃん先生様々だよ」


 靴を履き替えて校庭まで出ても、数えられるほどの人数しか残っていない。緊急の集団下校の報せだったため、普段であれば野球部やサッカー部などが大慌てで片付けをしているのだろう。しかし、今日は合唱コンクール一週間前だったこともあり、ほとんどのクラスが部活の前に合唱の練習をしていたらしい。結果として、全員が素早く帰宅することが出来たのは幸いだっただろう。



 私と叶恵が歩いていると、だんだんと楓が遅れていってしまう。気がつくと十メートルほど後ろでチョコチョコと歩いていたりする。


「楓ちゃーん、早く行こうよー。置いてっちゃうよ?」

「ちょ、ちょっと待ってよ二人とも……。歩く速度が速いよ」

「んー、そんなに速い?私はそうは思わないけど……」

「二人ともお喋りしながらすたすた歩いていっちゃうんだもん。そう急ぐわけでもないんだから、もう少しゆっくり歩こうよ」


 そう言われてしぶしぶスピードを落とす。私も叶恵も、そんなに急いでいるつもりはない。普段だってお喋りしながら歩いて帰っているのだ。別にいつもと違うことなんて、とここまで考えて原因に気づいた。


「ああ、そっか。普段は玲二たちに合わせて歩いていたっけ」

「二人は玲二君や泰助君と帰ってるんだよね。あの二人も歩くの速いと思うよ。二人ともあれによくついていけるなーとは思ってたんだ」

「本当?私達も全く気づいていなかったなー。昔は確かに歩くの速いなーと思ってたけど、いつのまにか慣れていたんだねー」



 他愛もない話をしながら、のんびりと楓の家へとむかう。といっても、私も叶恵も場所はわからないので、楓の案内についていくだけである。

 その案内の途中、あるものを見つけた楓の足が止まった。


「楓ちゃん、どうしたの?急に立ち止まって」

「……ごめん、二人とも。ちょっとだけ寄り道してもいい?」


 そういう楓の視線の先には、まるまる印のお弁当屋さんがあった。その店先のポップにはでかでかと「新作・秋の栗づくし弁当好評発売中!」と書かれている。


「……楓も好きなの?まるまる印のお弁当」

「もしかして実里も!?」


 ものすごい勢いで振り返った楓の目は、いつもよりキラキラしていた。まるで、水を得た魚のよう。普段の物静かなイメージとのギャップと、私に詰め寄ってきた楓の勢いに私は思わず仰け反る。


「いや、わ、私はそこまで好きじゃないんだけど、妹の大好物がここのすき焼き弁当なのよ」

「妹さんが?へー、まだ若いのに良い趣味してるねー。しかもすき焼き弁当が好きだなんて、まるまる印をよくわかってるよ!」


 中学一年生も十分若いだろうと突っ込む間もなく、楓はどんどん自分の世界を展開していく。おしとやかさなどとうに忘れ、次から次へと言葉が出てくる。


「あのすき焼き弁当はまるまる印の今の社長が就任して初めて販売を始めたお弁当なの。その頃のまるまる印グループは経営が火の車だったらしいんだけど、このすき焼き弁当が女性の心を掴んで大ヒットして業績もV字回復!その後もこの社長を中心にヒット商品を出し続けているんだよ!」

「わ、わかった、わかったから近いって……」

「楓ちゃん、よっぽど好きなんだろうねー」

「ちょっとカナ!?そんな離れたところから見てないで助けてよ!」


 そんな私の叫びに対して、叶恵は笑顔で返事をする。要するに、助けるつもりはないらしい。


「特に、ここ最近の季節弁当シリーズの人気は高いんだよ!今回の秋の栗づくし弁当で第三弾になるんだけどね……」

「か、楓、そんなに人気なら早く買わないと売り切れちゃうんじゃない?」

「あっ、そう言われてみればそうだよね。ごめん、二人とも!ちょっと待っててね!」


 私が早口にそういうと、一目散にお店の方へと駆けていく。その勢いたるや、まるで敵に立ち向かう猪のようだった。


「あっという間にいなくなっちゃった……」

「ものすごく速かったねー。さすがにビックリしたよ。普段はおとなしい楓があんな風になるなんて、思ってもみなかった」


 ぽかんと口を開けている私の隣に、薄情な友人がそっと戻ってきていた。


「ちょっと、なんで一人で逃げたのよ。あのままだったら楓の気迫に押しつぶされちゃうところだったじゃない」

「いやー、ああいう風に他人にぐいぐい押されてる実里の姿はなかなか見られないなーと思って。いいもの見せてもらったよー」

「なにがいいものよ。ほんっとうに性格悪いんだから、全く……」


 にこっと笑ってこちらを見る叶恵に、悪意のようなものは感じられない。だからこそ、性質が悪い。

 ただ、その笑顔の先に見たくもなかったものを見てしまい、思わず顔をしかめる。


「実里、ごめんって。そんな顔までしなくたっていいじゃない」

「あんなことしたアンタがそれを言うかね……。いやまあ、カナが原因でこんな顔したわけじゃないんだけど……」

「ん?なにか悪いものでもー……ってああ、なるほどね。それにしてもそんな顔しなくたっていいと思うけどなー。可愛い顔が台無しだよ?」


 叶恵も振り向いたことで、そいつを認識したらしい。それと同時に、向こうもこちらに気付いたらしく、ひどく顔をしかめた。


「あ、向こうも気づいたみたい。しかもこっちに向かって歩いてきてるね」

「何だってこんなタイミングでアイツに出くわすのよ……」


 よりにもよって、楓と一緒に帰っているこの日に限って、龍之介に出会うとは、相当についていない。

 龍之介が引き起こしたあの出来事から一週間。ようやく楓が立ち直り始めた今、龍之介に会わせるのはあまりにまずい。


「これは早いところお帰り願ったほうが良さそうね……。楓が戻ってくる前にアイツをどっかにやらないと、また面倒なことになる」

「無視しておけば大丈夫なんじゃないの?向こうも予定があるだろうから、放っておけばいいと思うんだけど……」

「そんなことであれが反応しないわけないでしょう。ほら、どんどんこっちに来てるし」


 こちらに向かってきている龍之介は、制服から私服へとすでに着替えている。手をジーンズに突っ込んでこちらをにらみつけながら真っ直ぐに歩いてくるが、途中で信号が変わり、イライラした様子で立ち止まった。


「しっかし、この距離でよく気付いたね。何?好きなの、龍之介君のこと」

「冗談じゃない!あんなの好きになる奴なんてどこにいるのよ!!」


 顔を真っ赤にして否定すると、叶恵はわかった風な笑顔をしてくる。これは別に照れているのではない。あんなものを好きだと思われたことに対して怒っているのだが、そのことをちゃんとわかっているのだろうか。叶恵の場合、どちらの可能性もある。



 お互いににらみ合ったまま、二メートルの近さまで接近している。その状態で先に口を開くのは龍之介だ。


「よお。お前ら、まだ帰ってなかったのか?不審者が出てるって話なんだから、早く帰れよ」

「うっさいわね。アンタにどうこう言われる筋合いはないわよ。アンタこそ、のんきにお出かけする暇があったら歌の練習でもしてたらどう?」


 ま、どうせ私たちが勝つけど、と付け加える実里に対して、龍之介は鼻で笑う。


「あんなヘッタクソな歌で勝てるんだったら、カエルの合唱でも優勝できるさ」

「なによ!」

「事実を言ったまでだろ、化物集団」

「……アンタ、そんな見え透いた挑発に私が乗るとでも思ってるの?私だってそこまでバカじゃないわ」

「成績は悪いけどね」


 そう付け加える叶恵を睨み付けて威嚇する。


「まあ、こっちは色々と忙しいのよ。小物の相手をしている時間はないの。わかったらさっさとどこへでも行っちゃいなさい」

「お前らに言われるまでもなくそうするさ。なんせ、今日は大切な日なんだ。所属している反言霊活動団体のお偉いさんが、俺と直接話がしたいらしくって、わざわざ近くまで来てくれてるらしいんだ。いやー、俺も認められたってことかな」


 そんなことを嬉しそうに語る龍之介に、さすがの私たちも引いてしまった。なにせ、反言霊の活動団体はいくつもあるが、そのすべてがろくでもない団体で、いい噂を聞いたことが一度もないのだ。中にはテロ紛いの行為まで引き起こした団体さえ存在する。


「……ま、どうしようとアンタの勝手だからいいけど。犯罪には手は出さないように気を付けなさいよ」

「お前に言われなくてもわかってるって。なんだよ、俺のこと心配してくれてるのか?」

「違う。アンタのことを警戒してるのよ」


 ヘラヘラと笑うその姿が、私にはあまりにも幼稚に見えた。まるで、自分だけは大丈夫などと考えていそうで、見るに耐えなかった。


「じゃ、そーいうことだから。暗くなる前には帰れよー」

「うるっさいわね……」

「余計なお世話だよー」


 悪態をつく私の横で、今まで黙っていた叶恵がさらっと毒を吐く。普段からさらっとひどいことを言う叶恵ではあるが、特定の人間に意図的に毒を吐くのは珍しい。この間の件には相当腹が立っているのだろう。ちらりと隣を見ても、にこやかな笑顔だが目が笑っていない。


「叶恵、やっぱり怒ってたんだ、この間のこと」

「そりゃもちろん。あそこまで言いたい放題言われて腹が立たない人間なんていないよ」


 そういいつつ、笑顔を絶やすことはない。虫も殺さぬその笑顔に恐怖心を覚えるのはきっと私だけではないはずだ。


「なんにせよ、楓が戻ってくる前に追い払えてよかったわ」

「でも、さっき言っていたことがちょっと気になっちゃうよね」


 龍之介が反言霊活動団体に所属していること。そして、その幹部に呼び出されたということ。聞いた瞬間から、胸騒ぎが止まらない。龍之介は声こそ大きいが、所詮は一中学生に過ぎない。そんな龍之介を呼び出す理由など、数多くは浮かばない。そして、そのどれもが嫌な予感を感じさせるものだ。


「あいつ、本当に大丈夫なんでしょうね……」

「心配?」

「ええ。あいつの巻き起こすことに私たちまで巻き込まれないか心配ね」


歩く龍之介の後ろ姿を見ながら語る。歩くその先には待ち合わせをしているであろう人の姿も見える。その人が手を上げると、龍之介がお辞儀を返す。どうやらあの人が例の人らしい。


「あそこの二人、焼き払ってしまえば不安は解消されるけど……」

「それはさすがに私が止めるよ。それに、実里には無理でしょ?あの二人を焼き払うほどの炎を出すなんて」

「もちろん本当にはしないって。まだ警察のお世話になる気はないよ」


 二人が合流し、近くの喫茶店へと入ろうとしたとき、ふとその横顔に見覚えがあることに気づいた。


「えっ……」

「実里?どうしたの?」

「あの人、もしかして西田さん?」


そう呟いたときには、二人はすでに店に入ってしまい、詳細は確認できなかった。だが、私にはその人の顔が西田さんそっくりに見えたのだ。


「見間違いじゃない?言霊使いの支援活動をしている西田さんがやっていることが真逆の反言霊活動団体に所属しているわけないよ」

「うん……そう、だよね」


 叶恵の言うとおり、あり得ない。私自身もそう考えている。だが、あの姿はあまりにも似ていた。本人でなければ、説明がつかないほどに。



 龍之介が消え、タイミングよく楓が戻ってきたのはそのときだった。


「ただいまー。いやー遅くなっちゃったよ。店長さんと新作弁当の話で盛り上がって……ってどうしたの、二人とも暗い顔して。何かあった?」

「ん、ああ、おかえり。何でもないよ。ちょっと考え事」

「……それにしても楓ちゃん、買った量が多くない?新作のお弁当ってひとつ……」

「うん、だから新作弁当をふたつと、すき焼き弁当をふたつ買ったの。やっぱりここに来たらこれは買わないとねー」


 ほくほくと笑顔で話す楓からは満面の笑みが溢れている。私たちはその両手に抱えられた大きな袋を見て苦笑いすることしかできない。


「あんまり食べ過ぎると太っちゃうよー?私なんて、気を抜いたらすぐにぷくぷくーって膨らんじゃうよ」

「え、そう?私、食べてもそんなに太らないし、身長も伸びないんだよ。本当はもっと背がほしいんだけど……」


 困ったなぁ、という楓は言う。その発言そのものが、私にとっては妬ましい。食べても太らないし、慎重もそれほど高いわけでもない。その栄養の行き先は、楓の体型を見れば誰もが一発で見抜くことができるだろう。


「……わたしもそれだけ食べれば大きくなるのかな」

「実里、止めた方がいいと思う。私たちだと、きっと胸じゃなくて腕とお腹にお肉がつくよ。それもたぷたぷの」


 羨望と嫉妬交じりの目でその胸を見ても、私の胸が大きくなるわけでもない。その縮まることのない差に虚無感を覚えながら、私達は再び帰路に着く。

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