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騎士さまと薬師さま

作者: 弾正

 むかし、むかし、あるところに騎士さまがいました。


 騎士さまはとてもつよく、ゆうかんです。

 こわい”まじゅう”も、騎士さまがけんをふるうと、にげていきます。


 ”わるいひと”も、騎士さまのなまえをきくと、どこかへいってしまい

ます。



 騎士さまは、くろいうまにのっています。

 そのうまはとてもおおきくて、あしがはやく、りっぱなしっぽをもって

いました。

 騎士さまは、そのうまといつもいっしょでした。



 あるひのこと、騎士さまはけがをしました。

 ”まじゅう”とたたかって、うでにきずをうけたのです。


「これはたいへんだ!」


 まちのひとたちは、おおいそぎで薬師さまを呼びにいきました。


『これくらいのきず、たいしたことはないのに』


 騎士さまはそうおもいました。

 ”まじゅう”のつめが、ほんのすこしあたっただけなのです。

 騎士さまはそれよりも、はやくもりにいきたいとおもいました。


『まだ、”まじゅう”がいるかもしれない』

『わたしは騎士だ、みんなをまもるのだ』


「いいえ、騎士さま」


 きゅうにはなしかけられた騎士さまは、おどろきました。

 いつのまにか、みたことのない薬師さまがそばにいたのです。


 ながくのばしたくろいかみは、騎士さまのうまとよくにています。

 はしばみいろをしたひとみは、まるでほうせきのようでした。


「騎士さまは、たいせつなおかた。どうぞ、おだいじに」


 そして薬師さまのこえは、それはそれはきれいなこえでした。




 それからの騎士さまは、いままでとちがいました。


『薬師さまは、とてもりっぱなかただ』


 騎士さまは、こまってしまいました。


 ”まじゅう”のあいてをしていても、”どろぼう”をつかまえても、薬

師さまのことをかんがえてしまうのです。


『わたしは騎士だ。しっかりするんだ!』


 そうおもっても、すぐに薬師さまのことがうかびます。

 てあてをしてくれたゆびさきや、しろいほほがうっすらとあかくなって

いるのをおもいだすのです。

 そのたびに、騎士さまのむねは、じくじくといたむのです。


『わたしは、びょうきなのか』


 騎士さまはなやみました。”まじゅう”のたおしかたはわかりますが、

こんなときにどうすればいいのかわかりません。


 もりでみかけためずらしいやくそうや、きのみをもっていくと、薬師さ

まがふんわりとほほえんでくれます。

 それだけで騎士さまはしあわせになれるのです。


 ですが、ほかのひとが薬師さまとはなしているのは、おもしろくありま

せん。


 騎士さまは、すっかりこまってしまいました。




 みじかいはるがすぎて、さらにみじかいなつがきました。

 なつには、たったいちにちだけ、たいようがしずまないひがあります。

 そのひは、おまつりのひでした。


 おまつりのさいごには、おどりをおどります。

 だいすきなひととおどるのです。


『薬師さまと、おどりたい』


 騎士さまはそうおもいました。

 ですが、薬師さまはだれにさそわれても、ことわるのです。


『ことわられたら、どうしよう』 


 騎士さまは薬師さまをさそうことすらできません。

 ことわられるのが、とてもこわかったのです。


 騎士さまは、かんがえました。

 おまつりのひに、どうしても薬師さまとおどりたいのです。

 騎士さまは、ねることもたべることもわすれて、かんがえました。




 おまつりには、たくさんのひとがあつまります。

 げきだんや、うたうたい、うらないしもやってきます。


 おまつりには”うまくらべ”もありました。

 おまつりにひつようなものを、”うまくらべ”であつめるのです。


 すべてをあつめておまつりのひにもどれば、ひとつだけねがいがかなう

といわれていました。


 ”うまくらべ”はとてもむずかしく、たいへんなものです。

 ずっとずっとむかしから、たくさんのひとがちょうせんしました。

 ですが、だれもおまつりのひには、まにあわなかったのです。


「わたしは、”うまくらべ”にでよう」


 騎士さまはそうおもいました。

 ”うまくらべ”でおまつりのひにもどってこられれば、薬師さまとおど

れるかもしれない。そうおもったのです。


 まちのなかは、おおさわぎになりました。


『騎士さまなら、できるよ!』

『いくら騎士さまでも、むりだよ』


 まちのひとびとは、あちらこちらでうわさをしました。

 薬師さまは、ただしずかに、そのはなしをきいていました。



 ”うまくらべ”は、おまつりのひの10かまえに、はじまります。

 10かのあいだに、ひつようなものをすべてあつめるのです。


 騎士さまは、うまにたくさんのえさをあげ、からだをていねいにふきま

した。

 つるぎをとぎ、たびのしたくをととのえました。


 そして騎士さまは、たくさんのひとにみおくられ、”うまくらべ”をは

じめたのです。






 騎士さまは、いくつものやまをこえ、たにをわたりました。


 ”まじゅう”とたたかい、きずつきながらもさきをめざしました。


 かわぶくろにはいったみずを、うまとわけ、ときにはにがいきのみをか

じり、すすみました。


 まちをでるころにはつやつやとかがやいていたうまも、やせてしまいま

した。


 うまがようやくとおれるようながけや、そこなしのぬま、ながれのはや

いかわが、騎士さまをとおすまいとしました。

 

 そんなとき、騎士さまは薬師さまのことをかんがえたのです。


『薬師さまに、あいたい』

『おまつりのひまでに、ぜったいにもどろう』


 ふしぎなことに、薬師さまのことをかんがえると、騎士さまはげんきに

なるのです。

 

『もうすこしだ』


 あしもとのおぼつかないうまをひきながら、騎士さまはひたすらにさき

をめざしました。



 あるひ、騎士さまはうつくしいみずうみをみつけました。

 みずはきらきらとかがやき、とりがうたい、けものたちはおだやかにつ

どい、からだをやすめています。


「ありがたい、みずがある」


 騎士さまもうまも、のどがかわいていました。

 みずにくちをつけると、そのあまさがからだをいやしました。

 やせていたうまも、げんきになりました。


「ここは、どこだろう。まるでゆめのなかにいるみたいだ」


 おおかみとうさぎがのんびりとよこになり、さるがかれらのけづくろい

をしています。

 きつねはたぬきとあそび、くまといぬはとりのこえにききいっています。


 騎士さまは、みずうみのそばでぼんやりとしていました。

 もう”うまくらべ”など、どうでもいいとすらおもいはじめました。


 ここはへいわで、しずかです。”まじゅう”とたたかったり、”どろぼ

う”をつかまえたりすることもありません。

 とりのこえをたのしみ、おだやかなひざしをあび、あまいみずをのむ。

 それがとてもすてきなことのように、おもえました。


 つかれきっていたうまも、きもちよさそうによこたわっています。

 ことりたちがたてがみをついばみますが、うまはうっとりとめをとじた

ままでした。


『もう、およしになって』


 ぼんやりとみずうみをみつめていた騎士さまは、どこからかきこえてき

たこえにみみをすませました。


『ここではつるぎもいりません』


 つるぎのいらないせかい、それがとてもすばらしいものにおもえます。


『なにもかんがえず、しずかにくらすことができるのです』


 とてもすてきなことだ、と騎士さまはおもいました。


『どうか、つるぎをおすてになって』


 騎士になってから、つるぎをもたないひはありませんでした。

 こしにさげているつるぎが、なぜかとてもおもくかんじられます。


 騎士さまは、つるぎをはずそうとしました。ですが、ゆびがうごきませ

ん。


『わたくしと、しずかにくらしましょう』


 騎士さまは、つるぎをぬこうとしました。やはり、ゆびはうごきません。


「だれか、だれか!!」


 騎士さまはさけびました。うまは、騎士さまのこえがきこえないようで

めをとじたままです。


「だれか……」


 ここでいきていきたい、しずかなやさしいばしょで、すべてをわすれて

いきていきたい。


 騎士さまは、ようやくつるぎをぬきました。


『さぁ、はやく。そのようなもの、すててしまいましょう』


 やさしいこえがきこえます。騎士さまは、つるぎをおもいきり投げまし

た。


 つるぎはみずうみのまんなかに、おちました。

 騎士さまは”これでらくになれる”とおもいました。


『いいえ、騎士さま』


 どこかできいたようなこえが、きこえます。


『わたしは、まっています』


 騎士さまは、ぼんやりとしていました。そのこえは、きいたことがある

ようなきがします。でも、だれなのかは、おもいだせないのです。


『どうか、おだいじに』


 さらさらとおとをたてた、くろいかみ。

 きらきらとかがやく、はしばみいろのひとみ。


「ああ、あれはだれだったか……」


 騎士さまは、うまのとなりによこたわりました。なぜか、とてもねむい

のです。

「もういい。もういいんだ……」


 騎士さまは、めをとじました。

 ここでしずかにくらしたい、そうおもいました。


『騎士さま』

『ここにずっといてくださいまし』

『騎士さま』

『つるぎなんて、あぶないもの。もうもたなくてもいいのですよ』


 ききおぼえのあるこえと、あまいこえがきこえます。


「ねむいんだ、ねかせてほしい」


 騎士さまはこどものように、からだをまるめました。


『……さま』

『さぁ、おやすみなさい』

『……ま』

『ほうら、きもちいいでしょう』


『騎士さま!!』


 騎士さまはめをみひらきました。

 あわててからだをおこすと、あたりはまっくらです。たのしそうなけも

のたちも、うつくしいみずうみも、どこにもありません。


「わたしは……」


 騎士さまのうまが、いきおいよくたちあがり、おおきくいななきました。


『あと、あとすこしだったのに』


 くやしそうなこえがきこえます。

 騎士さまはつるぎをぬこうとしましたが、さきほどみずうみなげてしま

いました。


「だれだ!」

『もうすこし、もうすこしだったのに!』

 こえは、騎士さまにとびかかりました。

「うわっ!」

 騎士さまは、たおれてしまいました。


『こうなったら、このままおまえをたべてしまおう!』


 めのまえに、おおきなくちがありました。騎士さまは、もがきながら、

にげようとします。くちは、どんどんちかづいてきました。


「ばけものめ!」


 騎士さまは、とっさに”さや”をつかみました。

 ”さや”をくちになげつけます。


 おおきなくちは”さや”を、のみこんでしまいました。


『さぁ、つぎはおまえのばんだよ!!』


 おおきなくちは、よだれをたらしました。騎士さまは、どうにかからだ

をおこそうとします。


『おとなしくおし!』


 くちがせまってきました。騎士さまは、うでをのばします。


「わたしは、もどる!」


 騎士さまは、くちのはしをつかみました。


「おまえに、たべられるものか!!」


 からだをおこした騎士さまは、はんたいがわのくちのはしに、あしをか

けます。

 くちはひらいたまま、とじられなくなってしまいました。


 騎士さまは、かくしていた”たんけん”を、くちのおくにさしました。


『ギャァァァァ!!』


 おおきなこえがして、つよいかぜがふきました。

 騎士さまは、じめんにころがります。

 くちは、かぜにまかれてきえてしまいました。


「あぶなかった……」


 騎士さまはたちあがります。うまも、ぶじです。

 さっきまであったみずうみは、もうありません。

 ただ、きらりとかがやくいしだけが、のこっていました。




 きょうは、おまつりのひです。

 いちねんにいちどだけ、たいようがしずまない、とくべつなひです。


 薬師さまは、ひろばにいました。

 みんながきかざって、おまつりがはじまるのをまっています。

 

 ”うまくらべ”にちょうせんしたひとたちが、おまつりにひつようなも

のをあつめ、かえってくるのをまっているのです。


 いままでかえってきたひとはいません。

 みんな、とちゅうでやめてしまうのです。

 でも、おまつりは、おまつりにひつようなものがなくても、できます。

 

 たいようが、いちばんたかいところにたどりつくまで。


 それまでにもどってこなければ、おまつりははじまり、”うまくらべ”

はおわりです。

 

「騎士さま、かえってこないね」

「さすがの騎士さまでもむりだったんだよ」


 薬師さまは、なにもいわずにひろばでまっていました。


『騎士さまは、きっともどってくる』


 なぜか、そうつよくおもったのです。


 まもなく、たいようがいちばんたかいいちを、とおります。

 ことしの”うまくらべ”も、おわりがちかくなりました。


「あっ!あれは、なんだ!?」


 やぐらにのぼっていたまちのひとが、おおごえでさけびます。


「なんだ、なんだ?」

「もどってきたのかい!?」

「騎士さまなのか?いいや、騎士さまにちがいない!」


 まちのひとたちは、やぐらのしたにあつまりました。

 薬師さまは、そのばをうごきません。ただ、ひろばにつづく”もん”を

みつめていました。


 とおくから、うまのひづめのおとがします。

 やがて、くろいうまがすがたをあらわしました。


 そのせには、騎士さまがいます。


 騎士さまは、つるぎをもっていませんでした。

 あちらこちらに、きずがあります。

 よろいも、ぼろぼろです。


 それでも、まちのひとたちは騎士さまをでむかえます。


「おかえりなさい、騎士さま」

「さすが騎士さま!」

「おかえり、おかえりなさい!」


 くろいうまにのった騎士さまは、ひろばまでやってきました。

 そのあとを、まちのひとたちがついてきます。


 騎士さまは、ひろばにつくられた”さいだん”のまえで、うまをおりま

した。


「ただいま、もどりました」


 騎士さまのかおは、よごれています。でも、まちのひとは騎士さまだと

わかりました。


「おまつりに、ひつようなものを、ささげます」


 騎士さまは、ぬのぶくろをあけます。

 まちのひとたちは、しずかにみまもりました。


「オーカーの、えだ」

 ふとく、りっぱなえだでした。


「ルールの、は」

 おとなのてのひらくらいもある、おおきなはっぱです。


「ナイセの、みず」

 ”さいだん”にそなえてあった”さかずき”に、みずがそそがれます。


「コハの、はなびら」

 ”さかずき”のみずに、あおいはなびらがいくつもうかびました。


「タウバーの、いし」

 まっしろないしが、”さいだん”のまんなかにおかれました。



 おまつりにひつようなものが、すべてそろったのです。

 これは、はじめてのことでした。


「これはすごい!」

「さすが騎士さま!」

「騎士さま、ばんざい!!」


 おとなもこどもも、騎士さまをよびます。おおさわぎのなか、騎士さま

は、ひろばのすみにいた薬師さまをみつけました。


「薬師さま」


 騎士さまは、そのまえにひざをつきます。


「わたしは、おろかものです」

 薬師さまは、しずかに騎士さまをみつめました。


「わたしは、おろかにもつるぎを、なげすててしまいました」

 そういえば、騎士さまのこしには、つるぎがありません。


「もう、あきらめようとなんどもおもいました」

 ”うまくらべ”は、けわしいやまも、ふかいたにも、はやいかわものり

こえなければ、なりません。


「でも、そのたびに、あなたのこえがきこえたのです」

 騎士さまは、薬師さまをまぶしそうにみあげます。


「あなたのために、ささげるつるぎを、わたしはもうもっていません」

 薬師さまは、騎士さまのひとみを、じっとみつめています。


「かわりにはならないかもしれませんが」


 騎士さまは、ぬのぶくろから、きらきらとかがやくいしをとりだしまし

た。


「いちどだけでいいのです。いっしょにおどっていただけませんか」

 薬師さまに、騎士さまはいしをさしだします。

 ひろばは、しずかになりました。


 薬師さまは、そのばにひざをつきました。

 騎士さまのてをつつみ、そのかおをのぞきこみます。


「騎士さま、わたしも、おまちしていました」


 すると、どうしたことでしょうか。ふたりのてにつつまれたいしが、き

らきらと、まぶしいひかりをはなちはじめました。


 ひかりは、たいようにまけないくらいかがやいて、そうしてゆっくりと

きえていきます。


「つるぎが……」

 騎士さまと薬師さまのてにつつまれていたいしは、つるぎにかわってい

ました。まえのつるぎよりもきれいな”さや”につつまれた、つるぎです。


「これは」

 騎士さまはおどろき、そしてうれしくなりました。

 つるぎがもどってきたのです。これで、薬師さまにつるぎをささげるこ

とができます。


「薬師さま」


 騎士さまは、つるぎをりょうてでささげます。

 薬師さまは、そのうえに、てをかさねました。


「どうか、わたしといっしょにおどっていただけませんか」


 薬師さまは、うなずき、やさしくほほえみました。



 むかし、むかし、あるところに騎士さまと薬師さまがいました。


 騎士さまのなまえは、イルマ。

 薬師さまのなまえは、ニクラス。


 ふたりは、てをとりあい、たくさんのこどもにかこまれ、いつまでもし

あわせにくらしました。


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