向日葵の涙
向日葵。
キク科の一年草で、日輪草や日車とも呼ばれる。
花言葉は、『私はあなただけを見つめる』。
翌日、耕太は今日も今日とて行われる生徒会のため、畑農へと来ていた。
「・・・ふぅ」
生徒会室の前に立つ耕太は、小さく息を吐くと何かを決めたように扉を開く。
「おはようございます」
扉を開くときに起こる聴き慣れた音、耕太に挨拶を返す生徒会の面々、その全てがいつもと変わらない。それを確認した耕太は、生徒会室の一番奥、生徒会顧問である長妻先生が、いつも座る椅子の横にある机の方を見た。
「おはよう耕太君」
「・・・!」
少女は笑顔だった。
畑農では少女の笑顔をある花に例える。それは向日葵だ。向日葵のように明るく、鮮やかで、見るものを魅了する笑顔。それが彼女の持つ笑顔だった。それは今現在も変わらない。いや、いつも以上に輝いていた。
「耕太君、挨拶は?ちゃんと挨拶しなきゃ、めっ!だよ!」
少女はいつもと変わらない怒っているのか分からない注意をする。
その注意を聞いて、生徒会の面々も笑う。
そこには、いつもと変わらない生徒会の姿があった。
「耕太君?無視はいけないんだよ?」
「あ、えっと。おはようございます・・・」
「うん!おはよう!」
少女は前へと進んでいた。
なら自分はどうする?耕太は自問自答をしながらいつもの席へとついた。
その後、生徒会の会議は順調に進み、いつもより早い時間に終了した。
耕太と美紅以外の生徒会メンバーは、各々部活へ向かったり、帰宅したりしていた。生徒会室には耕太と美紅のみ、無言の時間がただただ過ぎて行くだけだった。
「耕太君」
「は、はい」
静寂を切り裂き、言葉を先に発したのは美紅の方だった。
美紅は小さく深呼吸をすると、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「私、負けないよ」
「え?」
「私、負けない。耕太君よりかっこいい人を見つけて、耕太君よりいい恋をするんだ!そして、いつか耕太君を見返してあげるよ!」
美紅の笑顔は崩れない。いや、崩れないように我慢をしている。精一杯抑えようとしている。そうして無理矢理に作り出された笑顔は、向日葵のように輝いていなかった。
「いつか旦那さんを自慢してあげるよ!それで・・・それで・・・」
崩れないように抑えていた笑顔は、徐々に崩れていく。美紅のパッチリとした目からは涙が溢れ、言葉にはところどころ嗚咽が混ざっていた。
「美紅先輩・・・」
「ねえ耕太君。最後に聞かせて?これを聞いたら私は前に進むから、これが最後だから」
美紅は、意を決したように前を向く。そして、耕太に問いかける。
「好きです。私と付き合ってください」
いつの間にか戻っていた向日葵、その向日葵には小さな雨粒が落ちていた。雨に濡れた向日葵は、不思議と綺麗に見えた。
耕太は迷わず口を開く。
「ごめんなさい。美紅先輩と付き合うことはできません。美紅先輩を恋愛対象として見ることはできません」
はっきりとなんの迷いもなく耕太は言い切った。
そして、二人の少年少女は別々の道を、別々のスピードで進んでいった。
「ただいま~」
「おかえりコウ!・・・?」
自宅へ帰宅した耕太を玄関で迎えた花は、不思議そうな顔をして耕太の顔を見つめる。
「ん?なんかわしの顔についてる?」
「いや・・・。ん~?なんかコウ変わった?」
「はい?どこが?」
「なんか、吹っ切れたー!とか、すっきりしたー!みたいな顔してる」
「・・・そうか」
耕太は花の言葉に不思議と納得できた。
昨日まではどこか重荷を背負ったような感情が渦巻いていた。しかし、今は意外にすっきりとしている。
「うん!かっこいいよ!」
「かっこいい?」
耕太は先程とは逆に、素直に納得することができなかった。
確かにすっきりはしているが、それがかっこいいにつながるとは思えなかった。
「うん!そうやって前を向いてるコウはかっこいい!ウチ達が初めて会った時みたいに、何かわからないものがあれば突き進んでいく。そんな感じがする!」
「突き進んでいく・・・か」
確かにそうかもしれないと耕太は思う。かっこいいは別として、花と初めて会った時、耕太は何かわからないことがあったり、興味をそそられるものがあればとにかく突き進んでいた。長く忘れていたのかもしれない。いつの間にか突き進むことを忘れていたのかもしれない。
耕太は小さく微笑んだ。
「なら、探検にでも行くか?昔みたいに!」
「うん!行く行く!昔みたいに一杯走り回ろ!」
「おうよ!」
「おじさんも連れて行ってくれよ!」
「おばさんもいいかしら!」
いつしか耕太の周りには笑顔があった。
耕太を中心に、耕太が走れば皆がついてくる。耕太が笑えば皆が笑う。耕太はそんな存在だったのだ。
「行くぞ!」
「「「おーう!」」」
「ただいまー」
「おかえり美紅ちゃん」
「あ、お姉ちゃん」
「・・・美紅ちゃん」
美紅を迎えた美桜は、心配そうに美紅を見つめる。
「お姉ちゃん、大丈夫だよ。私は前に進むから。耕太君にもそう言ったの。耕太君も私をちゃんと振ってくれた。なら、私もちゃんと振られてあげなきゃ!よーし!今日のご飯は私が作っちゃうよ!」
「美紅ちゃん・・・」
美紅の笑顔は向日葵のように輝いていて、鮮やかだった。
「お姉ちゃんも耕太君を諦める?今の耕太君を振り向かせようとしても無理だと思うよ?」
「そ、それは・・・」
笑みを少し暗くした美紅に言葉を詰まらせる美桜。しかし、それは一瞬のことで、すぐにいつもの表情へと戻っていた。
「諦めるわけ無いでしょ~。耕太君は私のものだも~ん♪」
「・・・はぁ。別にお姉ちゃんのものじゃないと思うんだけど・・・」
「ははは!」
いつもと変わらない美桜の様子に苦笑いを浮かべ、美紅は台所へと向かった。
「そっか・・・。私は耐えられるのかな?耕太君の言葉を聞いたとき前を向くことができるのかな・・・」
美桜は自分が美紅のように振られた時のことを考えていた。
今の状況で告白すれば、必ず振られる。美桜はそう確信していた。それは、先延ばしなどではなくて、本当に振られるということ。恋愛対象とは見られないということ。
そんな状況に立たされたとき、自分は美紅のように前を向くことができるのか。自分には無理だと美桜は考えてしまう。
「美紅ちゃん・・・。美紅ちゃんは強いよ。私達が恐れてできなかったことをやってみせたんだから。美紅ちゃんは弱くなんてないよ」
美桜は美紅が向かった台所を眺める。
「お姉ちゃーん!お皿だしてー!」
「はいはーい!」
翌日、耕太は山方家が三者懇談をしている間、校内を散歩していた。
今日は生徒会の集まりがないため、様々な場所を回ることができた。
「あ・・・」
「やっほ、耕太君」
耕太が廊下を歩いていると、一人の少女が教室から出てきた。
「こんにちは美紅先輩」
その教室は被服室、家庭部の主な活動場所だ。今日は生徒会の集まりがないため、家庭部に顔を出していたのだろう。
いつもはツインテールにしている髪は、後ろにまとめてポニーテールにしており、三角巾がついていた。薄いピンクのエプロンがよく似合っていた。
「調理実習ですか?」
「うん。お菓子作ってるよ」
「どうりで甘い匂いがすると思いました」
「いい匂いでしょ」
「はい、とっても」
何気ない会話。いつもと変わりがあるわけではない。しかし、これでいい。二人が導き出した距離はこのくらいなのだから。
「お菓子、食べてく?」
「もちろん!喜んでお呼ばれしますよ!」
「よーし!みんなー!耕太君が来たよー!」
向日葵のような笑顔で美紅は教室に入っていく。
耕太はそれを優しい笑みを浮かべながら見送った。
「私はこの距離から見てるからね。お姉ちゃんを泣かせたら承知しないんだから!でも、泣かされちゃうんだろうな~」
向日葵。
キク科の一年草で、日輪草や日車とも呼ばれる。
花言葉は、『私はあなただけを見つめる』。
続く
どうもりょうさんでございます!
更新遅れてすみませんでしたあああ!いろいろ忙しい時期ですので・・・。
さて、今回で美紅と耕太は前に進むことを決めました。
え?美紅サブヒロイン化?そうです。耕太の友人として頑張ってもらいます!いつか報われる日がくるでしょう。
美紅が好きだよーって思ってくれていた方がいたらすみません・・・。
それでは、また次回お会いしましょうね!