そして少年少女は変わっていく
耕太はその日、初めて無断で仕事を休んだ。帰宅すると同時に居間に倒れ込んだ。
そのまま時間は経ち、耕太は電気もついていない居間で一人、呆然と天井を眺めていた。親子三人で出掛けた山方家の面々は未だ帰ってきていない。
ふと携帯へ目を向けると、メッセージが届いているのが見える。しかし、耕太は携帯へ手を伸ばすこともできない。
「わしは・・・」
それに継ぐ言葉が出てこない。口は動いているのに声が出ない。
「・・・最低だ」
そしてやっと出てきた言葉は自分を蔑む言葉。
頭の中には自分を擁護するような言葉は浮かんでこない。自分を蔑み、自分自身を軽蔑するような言葉ばかりが浮かぶ。
「美紅先輩にあんな顔をさせるなんて・・・」
耕太に振ってくれと頼んだ時のあの表情。
泣いているのに笑っている。耕太は美紅が見せたあの表情が頭から離れなかった。
からかうことはあっても、耕太は心から美紅を尊敬していた。そして、大切な友人だと思っていた。だからこそ、美紅にあんな表情をさせた自分を許すことができなかったのだ。あの向日葵のような笑顔を壊した自分を。
「・・・」
「なにウジウジしてんの?」
「・・・シズ」
「仕事に来ないから心配してきてみれば・・・。なにこの状況」
いつの間に入ったのだろうか。耕太の隣には呆れた顔をした静音が座っていた。
「すまん。ちょっと体調が悪くて」
実際体調なんて悪くない。ただ、動く気力はないに等しかった。
「うそ。体調が悪くても耕太は来るもん。耕太はそういう人だもん」
「わしだって体調を崩すことはある・・・」
「私が言ってるのはそういうことじゃなくて、体調が悪くても何かしら連絡はするってこと」
「忘れてたんだろう」
「・・・」
「・・・」
二人の間に嫌な静寂が訪れる。
「西野先輩と何かあった?」
「なんで知ってるんだよ」
静音の言葉に耕太の語調がきつくなる。
静音はそれに一瞬肩を震わせたが、耕太から目を離さない。
「美桜さんから連絡があったの。西野先輩が帰宅するなり部屋から出てこないって」
「・・・!」
耕太は顔をしかめる。そして、悲しげな表情を浮かべた。
「やっぱり何かあったんだね?」
「何もない」
「うそ!なんでうそつくの!?目を見てよ耕太!」
「シズには関係ないだろ!ほっといてくれよ!」
「やっぱりあったんだね」
「・・・!」
いつもならば耕太が本気で声を荒げることなどほとんどない。そして、静音はそのことを一番理解していた。よっぽどのことがない限り耕太が人に敵意を向けることなどないのだ。
これまでも、明確な敵意を向けたことはあった。しかし、それは何かを守るため、大切な何かを守るためだった。自分に関わることは二の次であり、何かを守るためだけに敵意を向けてきた。しかし、今回はどうだろうか。自分の悩みを聞き出そうと自分の中に入り込んでこようとする静音に、耕太は明確な敵意を持って接していた。
正直、静音はこの耕太を怖いと感じていた。しかし、このような耕太を見たことがないからこそ、静音はここで引くわけにはいかなかったのだ。
「どうでもいいだろ!」
耕太は敵意と共に、焦りを感じていた。
このままでは静音を傷つけてしまう。今の耕太からは静音を傷つけてしまうような言葉が容易に出てしまう。耕太はそれを恐れていた。しかし、そんな自分を抑えようとする感情とは裏腹に語調はどんどんきつくなってしまう。
「どうでもよくない!話してよ!何があったの!?」
「話してどうなるんだよ!シズがどうにかしてくれるのか!わしの代わりに全部やってくれるのかよ!」
「そんなの意味ない!耕太がやらなきゃ意味ない!」
「だったらほっといてくれよ!シズに話す意味がないだろ!わしがどうにかするんだろ!?」
二人の語調は激しいものとなり、耕太は歯止めが効かなくなっているのがわかった。このままでは危ない。そう思った瞬間、耕太は口に出してしまう。
「迷惑なんだよ!」
「・・・!」
耕太が口にした言葉を聞いた静音は言葉を失ってしまう。
言葉を発した耕太自身も何を言ったのか分からなかった。
「・・・シズ」
「・・・」
静音は俯き、徐々に肩を震わせる。
「お、おいシズ・・・」
「あああああああああ!もう面倒くさい!耕太のヘタレ!いつまでもそんなウジウジして!なんで美紅先輩を振った耕太がそんなウジウジしてんの!?ふざけないでよ!」
「・・・!な、なんでシズが知ってるんだよ!」
静音のこれまでに聞いたことのないような怒声に驚きながらも、耕太は叫ぶ。
「美桜さんが言ってた!耕太には言うなって言ってたけど、この際しょうがない!西野先輩の部屋からは大きな泣き声が聞こえてて、耕太の名前を呼びながら、大好き、大好き、諦められるわけがないよってずっと言ってるらしいの。そんなのまるわかりじゃん!」
「な・・・!」
「西野先輩がすっぱり諦めるとでも思った!?そんなこと出来るわけないじゃん!本気で好きになった人を簡単に諦められるわけ無いじゃん!私だって、南さんだってそうだよ!だから私達は耕太がちゃんと考えられるまで待ってるの!だけど、西野先輩はできないって考えたの!西野先輩いつも言ってた!私は待つのは無理かな、みんなは強いねって!でも、本当に強いのは西野先輩なんだよ!私達は先送りにすることで保険をかけてた。でも、西野先輩は自分から振られにいって、諦めようとした!好きな人に君は友達で、恋愛対象じゃないなんて言われるのなんか耐えらんない!だけど、西野先輩はそれを実行した!」
「だからなんだって言うんだ!なら、わしはどうすればいいんだ!美紅先輩と付き合えっていうのか!?」
二人の目にはうっすらと涙が滲んでくる。
「西野先輩はそんなこと望んでない!」
「なら!」
「でも、耕太がウジウジすることも、自分のことで悩むのも望んでない!」
「・・・!なら・・・!ならわしはどうすればいいんだよ・・・!」
「何もしなくていいんだよ」
「え?」
耕太は驚いたように顔を上げる。
「西野先輩のことを考えてウジウジしたり、どうすればいいか悩んだり、自分を変えようとしたり、そんなことしなくていいんだよ。何もしなくていいんだよ。ただ、耕太はそのままでいればいいんだよ」
「だけど!」
「西野先輩は今自分で解決しようとしてる。もちろん自分だけで解決するかどうかは分からない。でも、耕太がすることなんて一つもない。むしろ耕太が邪魔なくらい。西野先輩のことは、時間と耕太以外の周りの人が解決してくれる」
「わしは・・・」
「何もしなくていい。解決するのを待ってなさい」
耕太の怒りはそこにはなく、いつもより元気のない耕太がそこにあった。
「次の生徒会の日。西野先輩がどうなっているか、よく見ておくこと」
「・・・」
「私帰るね。・・・耕太」
「・・・」
返事はない。しかし、言葉は届いていると感じさせる雰囲気。静音は気にせず言葉を紡ぐ。
「耕太が変わりたいと思うなら構わない。私はどんな結果になろうとも受け入れてみせるから。じゃあね」
そう言うと静音は川島家をあとにした。
耕太は呆然と天井を眺める。
「変わる・・・」
そう一言呟くと、耕太はフラフラと外へ出て行った。
「美紅ちゃん・・・」
「・・・私、負けない」
泣き声の止んだ美紅の部屋からは、目を真っ赤に腫らした美紅がそう呟いていた。
「・・・わしは、変わる。前を向く。前に進む。だから今は何もしない」
少年は高台にある場所で、ただ前を見ながら何かを決心したように呟いた。
一人の少年と、一人の少女は変わること選択した。
続く
どうもりょうさんでございます!
更新遅れてすみません・・・
これからは頑張って書いていきますので、応援よろしくお願いします!
シリアスがだいぶ続いておりますが、耕太にとってターニングポイントとなるところだと思います!
それではまた次回お会いしましょうね!